やっぱりこいつはムッツリです
それから数日、この辺りの事はだいたい分かった。
麓の草原には、果物のなる木と、食べられそうな野草の群生地があった。そのちょっと先には川も流れていて、お魚が沢山いた。山には、固い肉が自慢のロックボアーに、鶏肉のような旨味のある、蛇のシーフボアが居た。
それ以外はいないから、もうちょっとお肉のバリエーションが欲しいけれど、それは恐らく、草原の先にうっすらと見える、森の方に行かないといけないかな。結構距離がありそうで、まだ行けてない。
そして――
「今日も川の魚を沢山釣ってきたぞ~」
いつまでも居座るルドルフ君。
「君、いつまで居るんですか?」
「なんだ? 邪魔か?」
「邪魔ですね」
「そうか」
いや、そう言ってさ、僕が寝転んでいるソファの横に座らないでくれるかな。
「この座り心地良いものは、君の国にあったやつかい?」
「ん~まぁ、そんな所ですね」
僕が、この世界とは違う世界から来たなんて言えないし、その世界に有るものとも言えない。
いや、それなら作るなって話だけれど、作れたんだから作って悪い? 便利なんだもん、ソファ。
それと、僕の居るリビングには、大きめのローテーブルと、キッチンも備わっていて、ダイニングテーブルもしっかりとあります。作るなって言われても、作れたんだし、こういうのあると便利なんだから良いじゃん。
異世界の情勢がどうのとか、そんなの僕の知った事じゃない。のんびりと過ごせたらどこだって良い。
「豊かな国から来たんだな。全く、羨ましい」
「そうですか?」
羨ましいそうにしているルドルフを見ると、なかなか厳しい環境で生きてきたのかなって思うけれど、身なりからしてそうでもなさそう。
服はちゃんと来ているし、革のブーツに、ジャケットらしきものも持っている。カッターシャツみたいなものを着て、ジーンズのようなズボンを穿いている。これは、相当良い生活をしていたんじゃないのかな。
僕が最初に居たあの老夫婦や、その近くの街の人達は、麻布の服と、着心地の悪そうな革のズボンだったよ。
そういえば、服も作れるのかな。実は、まだ麻布のワンピースのような服なんだよね。あとで試してみよう。
「……このまま、食べては寝ての生活でもするのか?」
「そのつもりですが?」
「…………その力、この世界の人達の為に――」
「使う気ないです」
「即答かよ。少しは――」
「僕にも考えはありますよ。僕がこの万能の力を使ったところで、エゴにまみれた人間達に、良いように利用されるだけ。それなら、人に見つからないようにして、こういう所でのんびり生活した方が良いに決まってるでしょ」
「……そうか」
残念そうな顔をしても駄目です。
僕はこの万能の力を、世のため人のためで使いたくはないです。絶対に、それを利用してやろうと画策する、悪意ある人間が出ますからね。
「それにしても、目のやり場に困る。座り方は気を付けろ」
「うん?」
あぁ、そういえば女の子だったっけ。ついつい男っぽい座り方していたよ。そのせいで下着見えた? 別に見えても良いけど。
「ふ~ん、ムッツリスケベだね~」
「なんの事だ? だいたい言っている事は分かるが、俺はお前みたいな奴は好みじゃない」
「……あっ、そ」
面白くない奴だな。
しかしそれにしても、服に関しては早急に何とかしないといけないね。いつまでも、こんな安っぽいやつじゃなくて、ちゃんとした服を着たいね。材料さえあれば作れるだろうけど、あとは服の想像だね。これが難しい。ファッションには無頓着だったからね。
その後、完全に夜も更けてきて、満腹感からまた眠気がきたので、フカフカベッドで寝ようとしたところで――
「あ~ら、こんな所に亜人と獣人? しかも美味しそう~」
「なっ……! 人喰い魔女だと?! こんな所に何故……」
人ならざる姿をした、まるで木の根が人の形をしたような奴が、家の外に現れた。
魔女? 僕のイメージする魔女とは、凄くかけはなれているけれど、とんがり帽子を被っているから、魔女っぽいのは魔女っぽい。
しかも、その蔦のような腕を伸ばしてきて、僕達に襲いかかってきたよ。これから寝ようとしているのに……。
「邪魔……しないで」
このまま家を潰されるわけにはいかないから、外に出て相手をするけれど、相手が木なら、一気に縦に引き裂けばいいじゃん。
そう思って力を入れると、一瞬相手が驚いただけで、びくともしなかった。
「あれ?」
「なに~? この小娘。ちょっと強めの魔法放ってくるじゃない。魔法? いや、違うわね。良く分からないけれど、この魔女を甘く見ないことね」
ラスボス級とか、そんなレベルじゃないですか。僕の力に対抗するなんて。
仕方ない。ここにも岩とかは沢山あるし、それでゴーレムでも作って……と。
「あら、ゴーレム作成? 凄いわね~でも、ドッカーン」
「へっ?!」
ゴーレムごと、辺りの岩が爆破されてしまった。こんなに粉々になってしまったら、使おうにもかき集めないといけない。
「う~ん……」
地面を動かして、また落とし穴とか、大きめの砂の怪物でも……と思ったけれど、先手打たれてた。
魔女の木の足から、根っこが辺り一面に伸びていて、しっかりと地面を抑えられていました。これじゃあ操れないな。
「さぁ、観念して、私の養分に……」
「くそっ。逃げるんだ、サクラ!」
僕の、この世界での仮の名前は教えたから、ルドルフがそう言ってくるけれど、何だかその名前で固定しそう。まぁ、いいか。
彼は焦っているようだけれど、別に操るだけが全てじゃないからね。
「はぁ……もう。せめて苦しまずにって思ったけれど、こんなに抵抗されたら仕方ないね」
「なに強がりを――」
魔女が勝ち誇った顔をする中、僕は指をパチンと鳴らす。
「あぎゃぁっ!!」
その瞬間、魔女の顔の目前で、大きな爆発が発生した。火を使うのは頭が痛くなるから止めておいて、発破みたいな感じで、破裂だけさせた。
それで体勢を崩した相手の上から、雷を叩き落とす。これも燃えないように、加減しないとね。
「ぎぃやぁあああ!!」
危ない、燃える一歩手前だった。プスプスと焦げた臭いが辺りに漂っていて、ちょっと気分悪くなるかも。ただ木が燃えた臭いじゃない……なんだこれ。
「ぃ……や、やってくれたわねぇぇ……」
「う~わ、まだ生きてる」
倒れる寸前で踏ん張り、ゆっくりと身体を起こしてくる。見た目と違って、タフなものだね。あとはもう、切り刻むしか。
「――がっ!!」
そう思っていたら、隙を伺っていたルドルフが、相手のこめかみに大きな槍を突き刺した。
「これだけ弱っていれば、俺でも倒せるな。消えろ、人喰いの魔女。魔の者達による副産物よ」
「あ……いや、いやぁぁぁあああ!!!!」
その魔女は、大きな叫び声を上げながら、その身体を燃やし、縮んでいく。
火は止めて欲しいな……毎回それで、とても嫌な事を思い出しちゃうんだよ。
「……あぁぁぁ」
だけど、案外早くに燃え尽き、その場には、裸の女性が横たわっていた。どいうことだろう。
「あれは?」
「言っただろう。魔の者の副産物だと。知らないのか? 黒いモノに触れた人間は、あのように、魔の者の末裔、魔女へと変貌する。あの娘は恐らく、黒い木に触れてしまったのだろう。かわいそうに」
「え? 死んでるの?」
ルドルフの説明に、ついあの人の心配をしてしまった。僕自身には関係ない事なのに。
「ん~魔女になっている期間が短ければ、恐らく……」
そう言うとルドルフは、ゆっくりと彼女に近付いていく。僕も、恐る恐るその人に近付いていく。
「ん、んん……」
声がした。つまり、まだ生きているわけだ。
「良かった……」
「なんだ、そのくらいの感情はあるようだな」
「いや、普通ですけど。これくらいは普通ですよ~」
とにかく、ルドルフがその娘を担いだけれど、その人裸じゃん。率先して行ったよね、このムッツリが。
「やっぱり、ルドルフはムッツリだな」
「だから、なんだその言葉は。それと、何か勘違いしていそうだが、人命救助だから、今は仕方ないだろう」
「そうですか。僕なら浮かして運べるよ、わざわざ君じゃなくても――」
「戦闘を行って疲労しているレディを、働かせるわけにもいかないだろう」
「んなっ」
素で言ってるのか、それともわざとか? 女性を担いだルドルフは、俺に対してあり得ないことを言ってきた。
獣人の姿なのに、紳士ぶって……何だか良く分からなくなってきたよ。人間も獣人も、何も変わらない。
それなのに、あの街の人間達からの忌み嫌われ様は、ある意味異常だった。
だからって、調査したりとかはしないけどね。また僕の安寧の邪魔をするなら、吹き飛ばすだけです。
女性を介抱するルドルフを見て、これからの自分の行動を再確認した僕だった。