ドラゴン退治なんてイベントは発生させません
男の時は、岐津咲哉という名前で、ごくごく普通の、一般的な家庭で生活していた。
学校も普通に卒業して、大学も卒業して、就職して、皆がいう社畜とかいうのになって、身を粉にして働いた。
それはそれで何も身に付かなかったし、倒れる寸前だと自分で気付いた。出向先から一週間帰れないなんて、ざらにあったよ。嘆いても、皆一緒だった。
このままだと駄目だ。そう思っていた矢先、眠っている自分の部屋に誰かがやって来た。
「――ところまでは覚えているんだけどなぁ」
「その先は覚えていないのか」
「残念ながら」
気が付いたらこの世界にいて、こんな狐娘の姿になっていましたよ。彼女も出来た事ない自分としては、女になるなんて刺激が強すぎた……が、一週間で慣れた。自分の身体だからね。
そして今は、安寧の地を求めて、この獣人さんと一緒に移動中。というか、なんで一緒に居るんだ、この人は。
普通に沈黙が続いていたから、身の上話をしちゃったよ。是非話してくれと言われたし、話した所で害はないだろうから、軽く話しておいた。
当然、学校とか社畜とか、その辺は分かってなかったけれど、それに気を配る程、僕はお人好しじゃない。
「それで、君の方は?」
そして、僕が話したんだから、この獣人さんも話すべきだと思い、歩きながら聞いてみた。
「あぁ、俺はルドルフ。旅の獣人だ。強者を求めて、あちこち旅しているだけだ」
「ふ~ん、それでたまたまあの場に?」
「そういうことだ」
何か引っ掛かるけれど、別に良いか。仲良くなろうとか、そういうのはあんまり考えてないから。
とにかく、彼の言う安寧の地の候補に案内してくれたら、それでさよならだからね。
そんな風に、時々雑談を交えて歩くこと3日。
いや、長すぎたよ。直ぐに着くものだと思っていた。交通の便がないとか、不便極まりないよ。作っちゃおうかな……。
そこは大きな山の麓で、所々に小屋がある程度で、集落等はなかった。
「ふ~ん。なるほど」
集落がないのは、あとで色々と不便になりそうだけの、しばらく住む分には問題がなさそうだ。
人目に付きにくく、食料になりそうな獣も居た。木々はあんまらだから、果実は期待出来ない。ちょっと降りた所に草原が見えるから、そこまで行くしかないかな。
「この前、ここで暴れていた竜種を退治するのに見つけたが、どうだ?」
「なんて?」
「いや、だから、竜種」
山と言えばドラゴンって? ベタだなぁ、もう。だけど、そいつはもう退治されてるよね。
「もう居ないなら別に良いけど」
「居ないとは言ってないぞ」
なんか嫌な事を言うね。ルドルフが凄くしたり顔をしているのを見て、嫌な予感どころじゃなくなってきた。
「いや、でも……」
「退治に来たとは言ったが、退治出来たとは言ってない」
その瞬間、僕達の真上から小石や大きな石が落ちてくる。嵌めたね。
「ルドルフ君。僕を騙したね」
「騙しては居ないぞ。なに、お前の力が凄いから、ついでに退治して貰おうと思ってな」
「僕はのんびり過ごしたいんだ」
「それなら尚更、こいつを退治すれば、この土地はお前が自由に使える」
そして、上から物凄い咆哮が響いていくる。更に、僕達の所に大きな影が現れた。
飛んでいる竜でも、風で煽られてどこかに行ってくれないかなぁ……。
「グォオオオ!! また来たのか、狼野郎! 俺の縄張りを、お、俺の――俺の縄張り……を、ちょっ、風が!!」
「しゃべる四つ足ドラゴンとか、とってもファンタジー。だけど、僕はのんびりしたいので、ドラゴン退治のイベントなんかノーサンキューです」
良かった。思いの外暴風には弱かった。というか、油断していたからだろうね。ドラゴンなんだから、風の流れを読まれると思って、めちゃくちゃな乱気流にしておいたから。
「あぁぁぁあ!! 目が、目が回るぅぅうう!!!!」
「か、風まで操るとか……もはや神の領域だぞ」
「そんなの知りませんよ。3日も歩いたから、疲れているんです」
こんな疲れは、仕事をしている時に死ぬほど経験したよ。もう僕は、疲れることなく、日々をのんびりダラダラ過ごしたいんだ。
「ぐぇぇ……!!」
グルグルとドラゴンを回した後、遥か彼方へと吹き飛ばしておきます。
これでやっと静かになりますね。
早速僕は、小屋の方もこの力で作り直し、ちょっと大きめの家にすると、その中に入って、これまた大きめのベッドに横たわります。
胸がちょっと邪魔だったけれど、今は疲れているんだ。少し寝よう。そして、起きたらご飯にしよう。そしたらまた寝よう。それで十分だよね。
◇ ◇ ◇
目が覚めて、辺りは少し薄暗くなっていた。だいぶ寝たのか、頭はスッキリしている。だけど、かなりお腹が空いた。
「ふわぁ……う~ん、寝すぎたかな。身体の節々が……」
何だか、寝疲れを起こしたような気もしなくもない。とりあえず伸びをして、尻尾と耳の毛を整えて……って、忘れがちだけど、僕は今は狐娘とかいう、変な身体になっていたんだ。
いけないけない、もっと気を付けないと、野盗に襲われたら大変だよ。
家から出て、とりあえず食料を探そうとすると、その前の小屋にあいつが居た。
「やぁ、おはよう。いや、もう夜か。しかし、良く寝ていたな」
「ルドルフ君。なんで居るの?」
「おいおい、女を一人ここに残して行けるか?」
「…………」
「安心しろ、襲ってねぇ」
身体を隠すような仕草をしたら、察してくれた。確かに、身体に違和感はないから、何もされてなさそうだ。
ただそれはそれで、僕の今の身体に魅力はないのかって思うけれど、そんなので腹が立っていたら、まるで女の子だよ。いや、女の子の身体なんだけどね……。
ルドルフは、小屋の方で何かのお肉を焼いていたけれど、丁度良かった。今から取りに行くのも面倒だから、ちょっと貰えないかな。
「あの、ルドルフ君。そのお肉……」
「あぁ、そうだな。欲しけりゃ、それなりの態度で――」
「ルドルフ様、お願いします。そのお肉を、是非とも女々しい私にお恵み下さい」
「君にプライドはないのか!?」
「ありません」
土下座に近い感じでお願いしたけれど、足りないのなら、もっと誠心誠意込めた感じでやるよ。
「全く。最初から君にも上げるつもりだったよ。何せ一週間も寝ていたからね」
「わ~ありが――一週間?!」
そんなに寝ていたのですか。これは、目覚まし時計を作った方が良さそうだ。いや、要らないか。
「あんな強力な能力をポンポン使っていたんだ。疲れは来ていたんだろう。すまないな、その辺りはもう少し考えるべきだった」
「いや、良いけど……凄い、そんなに寝られたんだ。あはは、やった」
一週間も、何も考えず、ただ寝てた。
排泄とかどうしていたんだろうと、一瞬よぎったけれど、家を作るときに作ったトイレが、どうも使用されていた感じだったから、寝ながら行ったんだろうね。
「ふふ、今度は寝ながらご飯を食べる技術を身に付けないと」
「なんの役に立つ、そんなの」
「分かってないなぁ。四六時中寝るための技術だよ」
「時間の無駄だ。ほら」
「おっと、と……」
呆れたルドルフから、焼き立てのお肉を放られ、慌ててそれをキャッチした。美味しそうな匂いがして、直ぐにかぶりついたけれど、筋が固い。何ですか、このお肉は。
「ギギギ……うぎっ! う~固いなぁ……もう。何ですか、このお肉は」
「この辺りに生息する、ロックボアの肉だ。岩のようなこいつらの肉は、歯ごたえ抜群でな。俺達獣人の間では――」
僕は亜人ですよ……と言った目でみたら、気まずそうにしてきたね。ついでに、その無駄にお洒落な前髪を、全部切ってきたらどうだろうね。
「はぁ……他にないから、頑張っていただきます」
明日からは、ルドルフに物乞いなんかせず、自分で自給自足出来るようにしよう。
そう思いながら、この山の麓での1日が終わった。