なんか邪魔してくるので潰しておいた
身体が何かに揺すられている。
眠っていた自分が、その感覚に目を覚まし、いったいどうなったのか確認を――
「いたっ!」
しようとしたら、思い切り頭を壁にぶつけてしまった。何かに乗り上げたような感触で、その勢いで身体が浮いちゃって……ということは、僕は何かに乗せられている。捕まったのかな、僕は。
「おぉ、目が覚めたか」
「目が覚めたじゃなくて、思い切り叩き起こされました」
「はは、そうか。いや、仕方ないさ」
ガタガタと揺れるこの感覚は馬車っぽい。そして目の前には、あの狼の獣人さんが居た。ということは、王都兵には捕まっていなか――
「静かにしろ、貴様等。王都兵に逆らった罪は重い、王都にて極刑だ!」
捕まっていました。思い切り捕まっていました。
「いや、あの……なんで?」
「お前が気絶するからだろう? お前を庇いながらだなんて、戦いづれぇよ」
「えぇ……なんで僕を置いて逃げないの?」
「出来るかよ。それと、あの老夫婦を助けられなかった詫びもある」
「ん、あぁ……そっか」
あの人達、死んじゃったんだ。本当に、なんて横暴なんだろう。
「なんだ? 悲しくないのか? 世話になっていたんだろう」
「あぁ、そうですね。悲しみよりも、嫌な事を思い出しちゃったのがね」
「チッ、変わった奴だ。助けなきゃ良かったか」
「そうですね、助けてなんて言ってません」
「なっ……このガキ」
「ガキじゃありません」
「ガキだよ、ガキ。見た目的に、まだ十年とちょっとくらいしか生きてなさそうだろうが」
そうですね。この狐娘の姿は、どちらかというと幼い。まだ10代かそこらの容姿です。美少女とはいえ、幼いのはこの人の射程外であってほしいかな。
「貴様等、無駄口を叩くな。あの隊を壊滅させた者として、しっかりと民衆の前で処刑してやる!」
そういえば、馬車を操っているのは、襲撃してきた王都兵達とは違う。
あれから助けでも呼んだのかな。それまでに逃げたら良いのに、あの髭面のオッサンが何かしたっぽいね。
そしてしばらく揺られていると、突然馬車が止まり、僕達の乗る荷台のドアが開いた。
「降りろ、王都に着いた」
とにかく、逃げるタイミングを見つけないと――
「ほら、こっちだ。歩け」
「よそ見をするな! えぇい、民衆達は退け! 後でタップリと見せ物にしてやるから、今は我慢しろ!」
「よし、そのまま繋げ!」
「…………手早」
「のんきだな、お前」
あっという間に、数人の王都兵に囲まれ、広場に連れて行かれて、そこに作られていた台の上に引っ張られて、丸太に固定されました。
もう処刑? 普通は牢とかに閉じ込めて、日を跨いでからにしない? 早い、仕事が早すぎる。早いのは配達だけで十分です。
ろくに王都の様子は見られなかったけれど、レンガ造りの家々が見えたし、人々も割りと裕福そうで、興味津々に僕達を見ていましたね。
さて、困りました。コッソリと脱出しようと思っていたのがパァじゃん。
「それではこれより、魔の者と手引きしている獣人、ならび亜人の処刑を開始する!!」
「くそっ! 弁明すらなしか! 相変わらず手早いなぁ! ルース教会は!」
ルース教会。それが問題の教会の名前ですか。
「そんなに必死に、何を隠したいんだ? あ?」
「黙れ、獣人! 教会の言葉は絶対だ! 神の石の忠言通りにすれば、我々は永遠の繁栄を約束される! その忠言が『獣人』『亜人』を許すなだ! 良いか、お前達は存在自体が、神の敵だ!」
「神の敵、神の敵。だからお前達は、異端だと恐れられているんだろうが!!」
「我々の思想を計り知れないバカ共が、異端もクソも――」
うんうん、そういう細かい事はどうでも良いです。とにかく逃げないと、獣人の人と王都兵が言い争っている内に、コッソリと逃げましょう。
丸太を柔らかくして、ロープをたゆませて……うん、ただ、皆の目に付きすぎている。今は獣人の方を見ているから、逃げられるかな……。
「こらこら、そんな口汚い言葉で罵らない方が良いですよ。程度が知れてしまう」
「こ、これは教祖様!」
権力でブクブクに肥え太った、立派な教祖様のご登場ですか、ヤバイヤバイ。早く逃げないと。
「獣人君、君の言うことにも一理ある。だがね、神の石に刻まれた言葉は、何より絶対だ。それとね、君達が居ると、人々が怖がる。人間は、いつまでも恐怖を覚えて居ますからねぇ」
「それが下らねぇってんだよ。いつまでも恐怖しやがって、いい加減――」
「でも、それが良いんですよ、その恐怖は、良いスパイスさ。そこから熱心な信徒にも変わる。そうやって、我々は信徒を増やしてきた。そして、教会への寄付金もねぇ。うふふへへ」
「下衆やろうが」
「何とでも言いなさい。さぁ、魔に与する恐怖の権化、狼の獣人と、狐の亜人の処刑を――って居ない!?」
あっ、しまった。というか、なんで今までバレなかったの? 獣人さんに集中し過ぎですね。
丸太から脱して、そのままトンズラしようと思ったけれど、良いところでバレちゃった。
「あそこだ!!」
「うわわわわ、そのまま語らい続けたら良かったのに、もう~」
処刑台から少し離れた所で、王都兵に見つかってしまったよ。
正直、この世界の事に興味はないんだよ。単純に、のんびり穏やかに過ごせたら、僕はそれで良かったんだ。それなのに……。
「邪魔しないで」
「なっ!?」
「なんだこの力は!」
僕の安寧の地を壊した責任は、取って貰いたかった。別に取れなくても良かったけれど、ちょうど良いですね。
地面を大きな人型の銅像に変え、家も何もかも、獣の形に変化させる。そして、それを暴れさせた。
「うわぁぁあ!!」
「と、止めろ! 王都兵、止めろぉぉおお!」
街は大パニック。ここに住む人達に罪はないし、新たな恐怖を植え付けてしまうことになるけれど、今の状態で処刑を免れるには、これしか方法が無かった。
「や、やめろ! わ、私の努力が、せっかく人々の恐怖の中に、希望を植え付けさせたのに……教会への信望を集めたというのに!!」
「ついでにお金稼ぎもでしょ? その教会も潰しておきます」
そして僕は、この街の中心から少し奥に行ったところに建っていた、大きな教会も変化させ、羽の映えた馬にさせました。ついでにそれを足踏みさせて、辺りをならしておきます。
なんか変な石みたいなのもあったけれど、それも壊しておきます。
「あぁぁぁあ!! 神の忠言石がぁあ!!」
あれがそうだったんだ。ちょっと大きめの、ダイヤモンドの原石みたいなものだったね。壊しておいたけど。
「ぁぁぁあ……ぁぁぁ……わ、私の努力が、私の教会がぁ……」
王都兵達は人型の、言わばゴーレムでポイポイと放り投げて、一般の人達は獣の形のゴーレムで囲っておきます。
「さてと……それじゃあ、逃げて良いよね?」
そう聞いてみたけれど、この街の人達も教会の人達も、僕の言葉なんか聞こえてない程に、呆然としちゃっていました。
王都兵は全員気絶したし、太っていた教祖は、何故か一気に剥げて、一気に痩せこけていましたね。どういう原理というか、精神的ショックによるものかな。
「お前な……やるならやるって――」
「あれ? 生きてた」
「俺までやる気だったのか?!」
あんまりあなたの事は考えていなかったね。良く巻き込まれなかったよ。
「お前な……ここまでやる必要はなかったぞ。街ひとつ壊滅って……お前、何が目的だよ」
「のんびり過ごしたい」
「あっ、そ……」
何故か獣人さんはため息をついた。
ともかく、これでしばらく僕の邪魔はしないだろうし、一応あの老夫婦の仇は取っておいた形になるし、胸のつっかえもなく、気軽に生活出来るね。
「そうだ。この辺にさぁ、のんびり過ごせるところない?」
「いや、まぁ、あるにはあるが……その前に、騒ぎを聞き付けた王都兵が――消えた?」
「まだゴーレムは動かしているし、土地自体を変形させたから、そこら中落とし穴だらけです」
なんだか「王の威光を汚す者達」って聞こえたけれど、そのさきは聞こえなかったね。落とし穴に落ちたから。
「お前の能力はなんなんだ?」
「僕にも分かりません」
適当に作った、土の造型達をその場に残して、のんびりと生活出来る安寧の地を探して、僕は歩き出した。
今度こそ、のんびりと生活出来たら良いのにな。