女の子扱いは止めてください
それからしばらくして、まだ僕は、この獣人王の館で生活している。
といっても、油断出来ない生活なんだけどね。
「おはようございます。サクラ様」
「ん~もうちょ――」
「それでは顔を洗っていただき、メイクをして貰い――」
「もうちょっと! もうちょっとって言ったよね?! 僕!」
朝から給仕服を来たメイドさん達が、僕を叩き起こして世話してくる。パワハラだよ、パワハラ。
それと、メイクなんて言ってきた? ちょっと待って、それは流石にやりません。
「メイクはしない、メイクはしない! それとベッドに戻させて!」
「それでは、お次は着替えを――」
「聞いてる? ねぇ、聞いてる!?」
数人のメイドさん達が、まるでロボットのようにテキパキと仕事をこなしていく。
こんなのが毎朝なので、正直のんびりと寝続ける事が出来ない。規則正しい生活で、頭はシャキッとしてますけどね。
だけど、ルドルフに文句を言わないと、これでは話が違う。
◇ ◇ ◇
食卓に付くと、僕は早速横に座るルドルフに文句を言う。
「ルドルフ君。自堕落な生活が出来るって言ったよね、話が違うよ」
「ん? それはお前、俺と結婚してからの話だ。今は候補でしかないから、しっかりと女性として――」
「女の子になるなんて言ってない」
そうは言っても、自堕落な生活は魅力的だ。どうする? どうするんだ僕……というのを、あれから毎日自問自答している。
結論はまだ出ない。だけど、容赦なく女扱いするのだけは止めて欲しい。
「そうか。メイドには言ってるが、やっぱり早く俺に結婚して欲しいらしいな。ずっと俺の世話をしてくれて、思うところがあるのだろう」
それはそれで、僕にとっては迷惑だ。
ルドルフは、歯応えのある肉を食べ、野菜に丸ごと齧り付き、狼らしい食事をしながら、僕の文句に答えてくる。
ちなみに、僕にはお肉のシチューとパン。それと切り分けられたサラダが、前に並んでいる。
コトコトしっかりと煮込まれたのか、このお肉はとても食べやすくて、味がしっかりと染み込んで、スープもまたしっかりとした味付けで絶品だよ。胃がもたれそうな感じじゃないから、朝からでも大丈夫だね。サラダもみずみずしくて、とっても美味しいね。
「それでもさ、僕の中身はまだ男なんだよ。戸惑いあるの、分かる? 君が女の子になったらって、考えてよ」
「そうだな。確かに戸惑うし、いきなり嫁にというのは、嫌なものだな」
「そうでしょう。だからさ、あんまり女の子扱いしたり、女の子にさせようなんて、しないでくれるかな?」
「演技をするのではダメか? 自堕落な生活は欲しいだろう。交換条件だからな」
「ぐぬぬぬぬ……でも跡継ぎ……子作り……というか、なんで僕?」
「惹かれたからだ」
「好みじゃないとか言っときながら、それは卑怯だよ」
「そうか」
なんて僕達の会話を、メイド達は微笑ましい目で見てる。
違うからね。何だか勘違いしていそうだけれど、違うからね。仲が良いとか、そんなのじゃないからね。
◇ ◇ ◇
朝食が終わり、ルドルフは公務をしに、僕は相変わらずメイド達から、女子力講座をさせられようとしている……が、とんずらしてます。
意外と広いこの館で、逃げ回るのは簡単さ。
ただ、ルドルフの兄弟とか、その妃候補はどこへやらだね。食卓にも居ないんだもん。本当にシルエットだけで、あっという間に表舞台からご退場だなんて。暗殺とか目論見されると嫌なんだけど……。
「居た! サクラ様!」
「おっと、と」
廊下をブラブラ歩いていたら見つかったよ。急いで廊下の窓から飛び出て、別の場所に向かわないと。
「よいしょ……っと」
「うげっ!?」
あれ、何かふんずけた。窓の傍に居たら危ないってば。主に、僕が飛び出してくるから。
「ちょっと、君?」
猫のような獣人の、まだ子供みたいな男の子が、僕の下で気絶していた。
猫というか、この子は何だかちよっと違う。柄が入ってて黄色い。それと、虎と違ってスラッとしている……って、これはピューマとかその辺りだ。
獣人ということは、そっちの能力が色濃く出るから、とても速そう。ちなみに、シーブも速い。割りと体格良いのにね。
「それにしても、何でこんな所にいるんだろう?」
館の中じゃなく、外に居て、しかも窓の傍に居た。つまり、コッソリと入ろうとしたか、誰かを覗いていたかって事になる。
「どっちにしても犯罪っぽいな……ルドルフに言うか」
担ぐのは無理だから、仕方ないのでそのままルドルフを呼びに行こうとすると、僕の足をその子が掴んできた。
「あ、起きた?」
「見つけた」
「へっ?」
「この国に来た、ルドルフさんの妃。万能の狐亜人……サクラ」
「妃じゃないよ、まだ妃じゃ――」
「僕のお母さんを助けて!」
「えっ?」
何だかめんどくさい事になりそうだよ。僕は、そういう人助けを趣味にはしてないからさ。何か見返りがないと、とてもじゃないけれどやる気にはなれないよ。
何でもかんでも、こうやって万能の力に頼っていたら、危機感もなくなっちゃうからね。
という建前もあるし、何とか断って……。
「お母さんが、お母さんが……」
「うん、待ってストップ。話は続けさせない。僕は人助けを趣味にはしてないし、そんな事をするつもりはない。自堕落に生きたいからね」
「そんな……」
ウルウルと泣いてもダメ。子供特有の可愛らしさを出しても駄目なんだよ。
「だから、諦め――」
館に戻ろうとしたら、窓からメイド数人と、この先の道にも数人が通せんぼをしていた。
この場から立ち去る
↓
メイド達からなんて酷い人なんだと、ルドルフに報告
↓
ルドルフ幻滅
↓
からの妃の話は無かったことに
↓
自堕落な生活が出来ない
と、素早く脳内で組み立てると、早速その獣人の子供に向かって、スマイル100%の笑顔を向けた。
「お母さんがどうしたの? 助けが居るのなら、僕に任せて」
「お姉ちゃん……何か弱味でも握られてるの?」
「ぐっ……君は知らなくても良い、大人の世界の事情だよ~」
「え~なんかダメな生活を送るために、男に媚びへつらって、それでも自分の自我だけは必死に守ろうとしている、情けない人みたいな素振りだよ」
この子、僕の脳内でも覗いたのかな? 的確に大人の世界の事情を突いてきて……なんか可愛くないのと、あんまり切迫した状況じゃなさそうだよ。
「そんな事言うなら、助けて上げないよ」
「……っ、ひっく……お母さん……でも、あと4人お母さん居るから、代わりは大丈夫。でも、やっぱり。僕を産んでくれたお母さんの方が……」
なんか野生動物のテリトリーみたいな感じになってる。この国、一夫多妻制? あれ……そうなると、ルドルフにも他の妃が居るんじゃないの? 僕にこだわる必要なんて……。
「あ、王族はお母さん1人だから。後継争いとか、跡継ぎ問題とか、ややこしくなるからって言ってたよ」
「君~僕の頭の中でも見てる?」
「そういう顔してた」
「うそっ!?」
慌てて顔を押さえたけれど、自分じゃ自分の表情が分からないや。とにかく今は、このこの子の問題を解決してあげないと駄目なんだよね。王族の妃として……って感じかな。
「とにかくさ、君のお母さんの事を――」
「あ、お母さ……あぁぁぁ」
その子から話を聞こうとしたら、低い唸り声と共に、館の塀に何かが現れた。
それは、黒いピューマの女性の獣人で、刺々しい骨のようなものが、全身から突き出て居た。
これはつまり――
「魔女化……君のお母さん、何か変なもの触った?」
「うぅ……飾りにするために、野生動物の骨とかを探しに行ったけれど、そのままこんな姿になって戻ってきたの」
つまり、途中で黒い骨を触っちゃったとか、そんなところだね。とりあえず、動きを止めてルドルフの所に連れていかないと。倒せたとしても、僕には魔女化を治す力はないんだよ。
あれ……だけど、今日のルドルフの公務って、ここから距離のある、港の反対側に位置する街に行って、地震の被害を受けた人達の、今後の生活やら何やらってのを、こなしに行ったんじゃ……帰りは夜遅くになるとか……。
あぁ、当然槍も持っていっている。威厳が出るからね。いや、置いていっても問題ないと思う。
他は……良く分からない。とにかく、このお母さんを抑えても、魔女化を治す方法が、今はない。
メイド達にその事を伝えようとしたら、とっくに全員退散していました。僕も逃げようと思ったけれど、既にロックオンされている。
せめて、メイド達が助けを呼びに行ってくれていれば良いんだけどね。




