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狐の亜人として

 朝の日差しと共に目が覚め、いつも通りに支度をする。


 この世界に飛ばされて、もうどれくらい経っただろうか。それすら考えるのも面倒くさくなっている。

 何も感じなくなってから、どれくらいの朝を向かえたのか、もう分からない。


「おはよう。ロータスさん」


「おぉ、おはよう。サクラちゃん」


「サクラちゃん、今日も早起きね」


 年老いた老夫婦にかくまってもらって、この生活にも少し慣れた。僕の仮の名前である「サクラ」にも、ようやく違和感が無くなってきた。


「水汲み行ってくる」


「すまんな、客人なのに」


「良いよ」


 足腰の衰えた老夫婦。日々を生きるのに精一杯。それなのに、なんで僕を助けたのだろう。


 この世界に来て1ヶ月。


 最初は訳も分からず、手たあり次第に声をかけたけれど、それが失敗だった。いや、分かる訳ないんだよ。僕みたいな存在が、忌み嫌われているなんてね。


「よいしょっ……と」


 桶を両手に持ち、小高い山を少し降りる。その先には、山を流れる小川があった。

 涼しくていい気持ち。朝にこの場所に来ると、凄く気分が良くなる。ただ、それがどういった気持ちなのかは、良く分からない。


 気分が良くなるから良いけれど、それ以上は何も沸いてこない。


 川に映る自分の姿を見ても、それが自分だなんて、まだいまいちピンと来ない。


「……僕は男だったはずなんだけどな」


 頭に付いた耳を動かし、お尻に付いた尻尾を振る。

 そして胸の膨らみを見て、股間の消失感を確かめる。これは、ここに来てから毎日やってることで、どうしてもこれが、現実に起きた事だなんて信じられないでいる。


「女の子……うん、確かに僕は、女の子になっている。そして今日も戻らないや」


 川の水に映るのは、獣の耳と尻尾の生えた、綺麗な女の子。目はパッチリしていて小顔で、鼻と口も美少女らしいパーツで出来ている。髪も、腰までの長い狐色の髪。癖っ毛も無し。胸は割りとある感じで、大きめだね。僕が男のままだったら――いや、何も感じないか。

 今でも、これが自分だとして、女の子の身体に全く興味が沸いてこない。


 いつからかな。こんな風になったのは。

 ここに来る前からなんだけど、あれかな……両親が死んでからかな。


「よっ……と」


 とにかく、水を運んでしまわないと、朝食にならない。

 この世界は、なんでこんなに不便なのか……と思うけれど、あの老夫婦の口振りからして、こんな生活をしているのは、あの人達だけらしい。


 服もお手製で、麻布から作った簡素なものだ。着られたら何でも良いけどさ。


「――っ」


 う~ん、ちょっと入れすぎたかな。重すぎて運ぶのが大変だ。しょうがない。


「……ふぅ。えっと、こうやって……よっ、と」


 僕は桶に手をかざし、深呼吸して集中すると、頭の中で桶が浮かぶイメージをした。すると、イメージした通りに、フワフワと桶が浮いた。

 これは、この世界に来た時に使えるようになった、不思議な力だね。


 魔法とは違う。妖術とか神通力とか、そんなものに近いような気がするけれど、イメージしただけでその通りになるなんて、ちょっと都合が良すぎるというか、そういうのは妖術でも神通力でも、あんまり聞かない。だから、違うかも知れない。


 もしくは、この世界に来る前の、僕の家系と何か関係があるかも。


「考えても仕方ないし、どうでもいいか」


 ただ日々を生き、死ぬ時がきたら死ぬ。僕はそれで良かった。


 だからあの時、街で追い回された僕は、そのまま殺されるものだと思ってた。

 だけど、運良くこの山に辿り着き、さっきの老夫婦に匿って貰えるとようになった。何故かは分からない。


 そんな事を考えながら戻っていると、さっきの老夫婦の家に、誰かが来ていた。朝早くからなんて、ご苦労様だね……と思ったけれど、どうもこれは隠れた方が良さそうだ。


「おい、お前達。我等王都兵が来た理由は分かるか」


「はぁ……いえ。わざわざ麓で一泊してまで来られる理由は、サッパリですが」


「ふざけるな。亜人を出せ。ここで姿を見たと、報告が上がっている」


 王都兵。フルフェイスの甲冑を着ている、動きづらそうな人達。

 僕が手当り次第に声をかけた時、こいつらを呼ばれて大変な事になった。かなり横暴で、勝手な判断を押し付けてくる。


 現代社会なら、炎上して叩かれて終わり。そんな奴等が鼻を高くして、街を闊歩してるんだから、あんまりいい世界ではないよね。


「いえいえ、そんな方はおられません」


「そうか……家の中は、ジジイの貴様と、パバアだけか」


「はい、そうです」


 数人の王都兵が家の中を覗き、状況を確認した。水汲みに行っていて良かった。


「ふん、なるほど。しかしなぁ、貴様等も問題だ。知っているだろう? 老人は生きるな。教会によって、そういう決まりになっている。長生きは罪だ。そうだろう?」


「そ、そんな。私達は誰の迷惑もかけずに、ここでひっそりと――」


「いいや、迷惑だ。よって、死ね」


 横暴極まりない。いったいどんな教会なんだろうね。

 それでも、僕は怒りとか理不尽だとか、そういう感情が沸いてこなかった。だから、こういう行動をするのも、悪いわけではないはず。


「……ごめん」


 桶をその場に置き、僕はその場から立ち去ろうとした。


 林の陰だったから、まだ僕の姿は見られていない。面倒な事になる前に、ここから逃げよう。

 助ける義理はあるだろうけれど、自分の身を危険に去らしてまで、助けなきゃいけないのか? 正直、この世界でハンデを持って生きるのは、地獄でしかないよね。


 ここで命を終えた方が、楽になれるんじゃ――


「おいおいおい、王都兵さん達よ~相変わらず横暴なもんだなぁ。あ?」


 そんな時、王都兵達の後ろから、野太い男性の声が響いた。


「なんだ、貴様は?」


 そいつは、狼のような人間。いや、殆ど狼だ。ただ、二足歩行だし、人間の言葉を喋っている。

 そうか、あの人が獣人と言われている人達か。亜人の元になった、獣と人のハイブリット。


 その能力の高さから、人々には恐れられている。亜人が迫害されているのも、それが原因らしい。


「獣人ごときが、人を助けるってか? 魔の者と手を組み、人々の敵となっていた貴様達が!」


「そりゃ何十年前の話よ。人ってのは、ずいぶんと昔の事を根に持ってんな。俺達はもう、前に向かっているってのに、お前達はずっと、過去にいるな」


「うるさい!! そいつを捕らえろ! 老夫婦も生かすな! 殺せ!」


「あ~仕方ねぇな~」


 そういうと、狼の獣人の男性は、背中に担いでいた大きな槍を手に取り、前方にいる王都兵達を睨み付けた。


 まさか、一人でやる気なのかな。相手は5~6人。ただ全員――


「加護を展開! 炎よ捕らえろ! ファイアバインド!」


「ぬっ!!」


 女神の加護を受けている。


 この世界には、何体かの女神が存在していて、その加護を受ける事で、あんな風な事が出来る。言わば、魔法みたいなものだね。

 炎が兵達の足元から出たと思ったら、縄のようになって、男性に向かっていく。が――


「どっせ~い!!」


 大きな槍を扇風機みたいに回して、吹き飛ばしちゃったよ。


「どうした! この程度か?! んん?」


「くそっ、相変わらずのバカ力が! 構わん、囲め! それと、動かすな!」


「あ、てめぇら!」


 気が付くと、王都兵の一人が、老夫婦を家から引きずり出し、炎を纏わせた剣を首に当てていた。


「はははは! そうだ、動くなよ! こいつらの首が飛ぶぞ! どのみち死ぬがな!」


 本当に、どっちが悪なのか分からない。いや、多分明白だ。王都兵達が悪者だよ。

 どんな理由があったって、あんなやり方は、正しい人間がやるようなものじゃない。


 とにかく、巻き込まれる前にここから――


「ん? なんだ貴様は」


「あっ……」


 別の隊が、この家の周りを探っていましたね。


「貴様、亜人!? そうか、この辺りで見かけていた亜人は貴様か!! 街にも出たと聞いていたが、それもお前だな!」


「こんこ~ん。いいえ、僕はただの狐です」


「ただの狐が喋るか」


「やっぱ駄目か」


 尻尾の感じや耳の形からして、僕の姿は狐っぽいんだよね。妖狐というわけにはいかないけれど、誤魔化すためにと真似てみた。そりゃ無理だよね。


「出ろ!」


「あわっ!」


 質素な槍で突き飛ばさないでくれるかな。向こうの獣人の人の槍の方が、大きくて装飾もあって、凄く立派なものに見えるよ。


「む? そいつは……やはり匿っていたか。貴様等」


「いいえ~僕は今さっきここに辿り着いたのです~」


 と誤魔化しても、この老夫婦の処刑を回避するのは不可能か。何せ、処刑理由はこれだけじゃないからね。


「狐の亜人か? お前、何故逃げなかった」


「あなたのせいです」


 逃げようとしたんだよ。だけど、あなたが登場しちゃって、つい気がね……もしかしたら、逃げなくても良いかもなんて、そんな甘い考えが出ちゃいました。


 そして、僕の前にも剣が突き付けられた。もちろん、燃える炎付きだね。


「あっついです」


「ふん、これはラッキーだな。人に仇なすものを、一気に葬れる」


「僕は仇なすつもりはないですよ」


「俺もだぜ」


「黙れ!! お前達は存在事態が悪だ! 教会がそう決めたのだから、そうなのだよ!」


「敬虔なクリスチャンですね」


「なんだと?」


「何でもないです」


 とにかく、1人だけフルフェイスじゃない、この髭面のオッサンが、王都兵達の纏め役だろうね。隊長とかではないにしろ、任されてはいそう。それなら――


「あの、剣を離して貰えますか?」


「なにを言っているんだ? お前はこれから、死ぬんだよ!」


「そんなのでですか?」


「そうさ、この華麗な花束で――何で!?」


 はい、剣を花束に変えました。全員ね。ついでに汲んできた水を使って、槍を数本こしらえます。水の槍って、実際ものすごい威力なんですよ。


「な、ななな! なんだ?! お前の力は!?」


「さぁ、僕にも分かりません。というわけで、えい」


「「「「ぎゃぁああああ!!!!」」」」


 まだ魔法のようなものを使える王都兵が、それで僕を殺そうとしてきたので、水の槍でお腹や足を貫いておきました。

 あ、ちゃんと致命傷にはならないようにはしているけれど、出血は酷いから、下手したら死ぬかもね。


「ぐっ、うぅ……」


「早く撤退して治療しないと、死ぬよ?」


「おのれ……魔の者の手先が……」


「どういうわけですか? 僕はそんなのじゃ――」


「黙れ!! それならせめて、こいつらだけは!」


「あっ……」


 髭面のオッサンは、かなりタフでした。他の人達は気を失ったけれど、こいつだけは意識があって、最後の力を振り絞り、老夫婦の家に向かって、特大の火の玉を放った。


「くそっ! しまった……!!」


 火の玉は老夫婦に当たり、一気に燃やし尽くしてしまった。家も、何もかも、一瞬で。


 その時僕の脳裏には、あの嫌な記憶が甦った。リビングを焼く火の海の中で、僕の両親が、血の海に倒れている光景を――


「うぅぅぅ……!!」


 無意識に閉じ込めたのに、火への恐怖も、自分の感情ごと閉じ込めていたのに。それなのに――


 そのまま、僕は目の前が真っ暗になった。

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