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愉快な令嬢の遊び 後編

初めてのダミアンによるロットの初恋応援計画の実行日を迎えた。ララとダミアンが避暑に行き、夕方にはロットが訪れる予定である。

ミーアは侍女として同行するため友人の家に泊まると両親に伝えアリバイ工作もバッチリ。上機嫌な両親、特にいつもは小言ばかりの父に不気味なほど明るい笑顔で見送られる。「しっかりな」と手を握る父にこれからの愉快な時間を怪しまれないように「もちろんですわ」と綺麗な笑みを浮かべて公爵邸を後にした。


ダミアンと合流したミーアは支度を整える。

ミーアはララに自分でアピールできないヘタレなロットを売り込む気満々である。ララに公爵令嬢のミーアと見つかり警戒されないように、綺麗ではなく可愛さを強調した化粧に直し、一つに纏めている髪をほどき、緩い三つ編みをつくる。侍女の制服を着て鏡に映るおさげ髪の幼い少女姿に口角をあげる。ミーアの中ではダミアンのお手付き侍女設定である。ララに女好きのダミアンに失望させ、優しくロットに慰められ一夜を共にしてハッピーエンド。ヘタレなロットは酒豪のダミアンが酒に酔わせてフォローしてくれると信じるしかない。伯爵令嬢との縁談にロットの両親が難色を示すなら全力で協力して説得する心意気もある。ミーアはロットに敵わないが長い付き合いの侯爵夫妻なら懐柔し説得できる自信もある。意気込むミーアは、ダミアンの計画は一切知らない。


「ダミアン様、楽しみですね。私がしっかりお世話しますわ」


ニコッと愛らしく笑い腕に抱きつくミーアの手をダミアンがサッと引き剥がす。ロットから恐ろしい事実を聞き、接触は控えたかった。


「ミア、お前にはララ嬢の世話を頼むよ」

「かしこまりました。お仕事終わったら約束ですよ」


お手付き侍女設定はミーアが勝手につけたもの。甘えるミーアにいつもならふざけて、目元に口づけるダミアンは今後は絶対にしないと決めていた。ノリの悪いダミアンに首を傾げながらも、ミーアは緊張して表情の固いララに向き直りニコリと邪気を一切感じられない笑みを浮かべる。素のミーアが絶対に浮かべない笑みを。


「ララ様、よろしくお願いします」

「はい」


ララは恋するダミアンに避暑に誘われて浮かれていたのに馴れ馴れしい侍女の存在に戸惑っていた。ダミアンは馬車に乗らず馬で移動を選んだ。馬車の中にはララとミーアとサナだけ。ララは隣に座る恋の味方のサナの力のない笑顔に応援されていると勘違いして、力強く頷き勇気を出してダミアンの侍女に扮するミーアを見つめる。


「ダミアン様との関係は?」

「私の初めてを捧げた方です。昔は唯一でしたが、今は」


頬を染めてうっとり微笑むミーアにララは膝の上で拳を握りしめる。自分より幼い、顔にそばかすのある愛想しか取り柄のなさそうな身分の低い侍女が恋人になれたなら、自分にも希望がある気がした。ダミアンの恋人は美人ばかりで悩んでいたララはミーアの容姿を見て、前向きになる。恋に恋するララの思考がおかしいと突っ込むものはいなかった。


「どうすれば、私もその一人になれますか!?」

「可愛らしいララ様には間違った道をお勧めできませんわ。貴方には相応しい方がいらっしゃいます」


ミーアは不満げに自分を見るララに無邪気な笑顔を浮かべながらダミアンのネガティブキャンペーンとロットのポジティブキャンを始める。ララは無邪気な笑みで夢中に語るミーアに引きながら耳を傾ける。優しく話し上手なダミアンが悪ガキに、物腰の柔らかな穏やかなロットは小煩い小姑にイメージが変わり、ララの持つ憧れがどんどん崩れていく。ミーアの作戦はある意味成功していた。サナは心の中でもララに謝罪しながら笑みを浮かべて温かく見守るフリをする。どんなに綺麗な言葉を選んでも真面目で堅物で細かく口煩くつまらないと社交界で評価の高いロットに散々な評価をする手のかかる婚約者を持つロットに同情しながら窓の外に広がる澄んだ青い空に視線を向け、目的地に着き馬車が止まるのを待っていた。サナはミーアへの突っ込みを我慢して乗馬を選んだダミアンを恨めしく思いながらも職務を真っ当していた。

避暑地に着いたミーア達はダミアンの誘いで散策する。ミーアはララの幻想を崩すために、ダミアンの腕を抱いて悪戯を仕掛ける。ミーアが寄り添えばうさんくさい笑顔で口説いて周囲の反応を楽しむのに、いつもと違いノリの悪い表情が固いダミアンに首を傾げる。


「ダミアン、具合悪いんですか?」

「悪いけど、触るな」


腕を解かれたミーアはパチパチと瞬きをしてニヤリと笑い、ダミアンの頬に手を伸ばす。


「酷いですわ。…嫌がられるとつい」


ララはダミアンのいつもと違う様子を戸惑いながら見ていた。ダミアンは令嬢に常に優しくエスコートし、冷たい姿も迷惑な顔もしないはずである。


「サナ、私は優しいダミアン様に憧れていたの。目の前にいるのは」

「ダミアン様です」


目の前の笑顔で抱きつくミーアを引き剥がし湖に落としたダミアンを見ながら虚ろな瞳のララにサナは容赦なく答える。

子供の頃からミーアとダミアンは水遊びが好きだった。

ミーアは仕返しにダミアンに水を容赦なくかけるが、ダミアンが躱す。

水遊びに厭きたミーアは湖から上がり、髪の乱れに気付き髪を解く。

濡れた体でノリの悪いダミアンに近づき、首に手を回し抱きつき、瞳を濡らして、切ない声を出す。ララは愛らしい少女が突然色気を醸し出す姿に頬を赤くして開いた口を手で隠す。


「私とは遊びでしたの…。私の初めてを奪ったのに」

「ミア、今は気分じゃない。やめろ」

「ララ様の幻想を壊さないといけませんの。口づけでもしたら諦めますかね」


ノリの悪い迷惑そうな顔のダミアンの耳元で囁いていたミーアの体ふわりと浮かぶ。


「何をしているの?」


抱き上げられたミーアは予定よりも早いロットの訪問に驚きを隠して上品な笑みを浮かべる。


「お仕事お疲れ様です。ロット様、お荷物を」

「荷物はすでに置いてきた。行くよ」


ミーアはロットとララを二人っきりにしたいのに、抱き上げられた腕から逃げようともがいても腕は決して緩まない。


「私はダミアン様の」


ダミアンは寒気に襲われ、ミーアがこれ以上ロットの機嫌を損ねないように言葉を遮る。


「ミア、ロットのもてなしを頼むよ。ララ嬢は俺が」

「ダミアン様、私というものがありながら、ララ様に手を出したら許しませんわ」


甘えた声で拗ねた顔をするミーアを腕に抱いているロットは笑みを浮かべつつもダミアンに冷たい瞳を向ける。


「ダミアン、俺は彼女にもてなしてもらうからごゆっくり」

「ダミアン様、酷いですわ。貴方が」


ダミアンはさらに襲われる冷気にミーアを売ることを決め、心の中で謝罪する。

ダミアンを憂いを帯びた顔で見つめ出したミーアはロットの顔を見ていないため不機嫌なことに気付いていない。


「侍女は主の命令は絶対だろう?もてなしを頼むよ。大丈夫だよ。うまくいっているよ」


ミーアはダミアンの策を教えてもらえなかったのでこれも策の一部ならと頷き、ロットに顔を向ける。


「ロット様、邸までご案内しますわ。お客様に抱かれるなど」


ロットは大人しくなったミーアを降ろして、警戒されないようにいつもの笑みを浮かべ濡れた体に脱いだ自らの上着をかける。


「暑くても着て。風邪を引くよ」

「かしこまりました」


ミーアはいつもなら断るが、今は侍女なのでロットに従う。ミーアと気付かれないようにと願いながら無言のロットを邸に案内する。


***


ミーア達が離れてロットの冷たい視線から解放され震えが止まったダミアンは安堵の息を吐く。そしてじっとりとした嫌な汗を流すため湖に飛びこんだ。これから襲う悪友の悲劇に心の中で謝罪しても自分の命が大事なので助けるつもりはなかった。自分の保身第一なところは悪友二人はそっくりである。

ダミアンは一泳ぎして満足したため、サナからタオルを受け取り頭を拭きながら目を丸くしているララに近づく。



「ララ嬢、迷惑をかけた。帰ろうか」

「え?」

「君、俺にもロットにも興味ないだろう?俺は君とロットとの仲を取り持つために近づいたが君には公爵夫人は務まらないよ」

「どうして?」


さらに目を丸くするララにダミアンは笑う。ダミアンはたくさんの遊び相手を持つが真剣に観察すればララに向けられる視線の意味もわかる。ダミアンはサナのように鈍くない。

ララの友人はダミアンの遊び相手の一人。ララは恋に憧れている子供で、友人の話に羨ましくなっただけとわかっていた。

またララは純真なためダミアン達の遊びも理解できずに、貴族としての顔の使い分けもできない平凡が似合う貴族の騙し合いも知らない平民に近い下位貴族の令嬢と評価していた。


「それがわからないから駄目なんだ。お詫びに君に合いそうな男を紹介してやるよ。俺は遊びの恋には付き合うけど本気な子と子供は相手にしないんだ。悪い相手に騙されないように気をつけな。俺より怖いやつもいるけどな・・」

 

意味がわからず目をパチパチさせているララの肩をサナが労わるように叩く。サナはダミアンの女癖の悪さも、人の心を動かすのが好きな愉快犯ということもよく知っている。そしてララの侍女達が遊び人に純真なお嬢様を近づけたくなかったことも。ロットが来たなら二人の遊びが終わる。だがいつもその場で説教するはずのロットの様子がおかしかった。


「ダミアン様は男として最低ですからおすすめしませんよ。見つかったんですね。お嬢様は大丈夫でしょうか?」

「明日の朝には絶叫が響き渡るよ。サナはミーアに付いてやれよ」

「サナ?ミーア?」


ララは状況が一切わからない。ダミアンにミーアと呼ばれるのは淑やかで美しい公爵令嬢だけで、ララは声を掛けられたことがない。そしてサナがダミアンと親しそうなのも。

サナが現状を認識できていないララに頭を下げる。


「ララ様、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。後日正式に謝罪に伺います。私はミーアお嬢様に仕えております」

「貴族の遊びだよ。遊びの最後が気になるなら見届けてもいいけど。部屋は余っているし」


ララは訳がわからず頷く。

ダミアンはララの手を取り邸に戻り部屋に案内した。巻き込まれた本人が望むなら最後まで付き合わせる。子供であろうと自己責任と思いながら悪友の無事と幼馴染の機嫌が直ることを祈りながら侍女にララの接待を命じた。馬車から降りて散策に行ったのは時間稼ぎ。事情により避暑地への訪問にいつもより多くの侍女を控えさせていた。


****


ミーアは肌寒さを感じ目を覚ます。ベッドで寝ている姿に首を傾げていると頬にグラスをあてられる。暗闇の中、ミーアが手を伸ばすとグラスを渡されたので、乾いた喉を水で潤す。飲み終わると手の中のグラスが片付けられる。肌寒さに服を纏っていないことに気付き、暗闇の中、ミーアの世話を無言でできる相手は一人しか心当たりはなかった。


「ダミアン、状況は?」


ダミアンなら自分の服を剥いで事後に見せる位はするので、ララの幻想を打ち砕く作戦だと思っていた。

自分の隣にもぐりこんだ体に暖をとるために抱きつく。抱きついたミーアは腰に回される腕やいつもと違う感覚に目を見張る。

幼い頃より共に育った悪友の体はよく知り、もっと筋肉質でがっしりしている。好奇心旺盛なミーア達は最高の遊び相手で玩具。本で見た知識を試すのはいつもダミアンと一緒だった。


「上手くいったよ。おめでとう」


真っ暗で顔は見えない声の主はダミアンではなく、ミーアは冷たい汗を流し声色を変える。


「ロット様、どうされました?」


抱きついた腕をほどき離れようとしても腰に固定された手が解けない。


「僕はきちんと責任をとるよ。もちろん許可は取ったよ」

「ロット様?」

「ミーア、僕の初恋に協力してくれるんでしょ?」


ミーアはごまかすことを諦め笑みを浮かべる。そして初恋応援計画がバレた動揺を必死に隠す。


「もちろんですよ。」


ロットはミーアの赤い唇をそっと指で撫で、形のいい顎に指を滑らせ唇を重ねる。そして甘さを宿す瞳で抵抗せずに目を見張るミーアを見つめ顎から頬に指を走らせる。夜目のきかないミーアはロットの顔が見えず、お説教の始まりかダミアンの策なのか悩んでいた。


「僕、実は独占欲が強いんだ。妻が他の男と口づけをかわし、抱き合うなんて許せないんだよ。だからもう我慢するのやめたんだ。妻は僕だけを見つめて傍にいればいい。もう引っ越す準備も終えている。父上から王都から離れた領地をもらったよ。今日から僕達は領主夫妻」


首を傾げ悩むミーアの頬にかかった長い髪を弄びながら暗闇の中でロットはうっとりと微笑む。

ミーアやダミアンが見たら恐怖に怯える笑みで。


「主人公は善良な男と婚姻し幸せに暮らした。悪役令嬢は婚約者の怒りを買って、強引に婚姻させられ僻地に追放された」

「ロット、先ほどから何を」

「ミーア、愛しているよ。僕から逃げるなんて許さないよ」


ロットの聞いたことのない声色に戸惑い、ダミアンの策への違和感に悩むミーアは触れるだけの口づけではなく、真面目でヘタレなロットからの深い口づけにさらに目を見張る。口づけられ仄かにワインの味を感じ酔ったロットに貞操の危機を感じた時にはミーアはすでに手遅れだった。思考がどんどんぼんやりし、体が熱いのに、もっと熱が欲しくてたまらなくなる。身体に触れる指と与えられる快楽に思考できなくなったミーアは本能のままにロットの熱に溺れ、しばらくして再び意識を手放した。


***


ミーアが目を覚ますと辺りが明るくなっていた。顔をあげるとロットの顔がある。そして真面目なロットが服を着ないで、自身を抱き締めている姿に冷たい汗が背中に流れる。

恐る恐る自身の体を見ると夜着を纏わず、体に刻まれた無数の痕、腰に初めての痛みを感じ現実と知り息を飲む。ダミアンとの遊びでも一線を超えることはなく、愉快犯でも公爵令嬢のミーアは貞操、純潔は婚姻までは守るつもりだった。ミーアの脳裏にダミアンのニヤリとする顔が浮かんだ。

ダミアンはロットに一服盛ると言っていた。

まさか相手を間違えた? この状況が親に見つかれば、責められロットと婚姻。このままではミーアは悪役令嬢への道が・・・。

状況証拠だけでもまずいが、記憶を思い出すとぼんやりとロットに抱かれた記憶があり、もう逃げるしかないと覚悟を決める。そっと腕から抜け出そうとするとロットが目を開けており、ミーアの全身に冷たい汗が流れる。


「ミーア、体は?」

「お、おはようございます」


ミーアはいつもと変わらない穏やかな顔のロットから、目の前の惨状をごまかし、どうにかなかったことにして逃げ出したい。ロットは真っ青なミーアに笑いかける。


「おはようかな?両公爵には婚姻の許可をもらって手続きも終えているよ。式はミーアが成人してから領地で。僕の初恋を叶えるために感謝するよ。成人まで待つつもりだったけど、ミーアが覚悟してるならいいかなって」


ミーアは成人するまではダミアンと遊んで楽しく過ごす気満々だった。

ロットは真っ青な婚約者ではなく妻の頬に手を添え、下を向いた顔を持ち上げる。ミーアは現実を理解することを、頭が拒否しパチパチと瞬きをした後に、覗きこまれる瞳に見つめられる。


「出会ってからずっと君だけを想っていたよ。ミーアがダミアンを好きでも渡すつもりは微塵もない。手のかかるミーアを僕が面倒見るって言ったら公爵はその場で婚約を許してくれたし。全てが計画通りだったはずなんだけどね」

「ロット?」

「ミーア、子供の時間は終わりだよ。これからは僕がいくらでも遊んであげるよ」


ミーアはロットがダミアンに怪しい薬を盛られたのかと、疑い始める。いつも嗜め説教するロットはミーアに遊んであげるなんて言わない。


「ロットはララ様が」

「バカだな。ありえないよ。髪色と身長はミーアに似ているけどそれ以外に惹かれるものはない。悪役令嬢?ミーアが僕に勝てる訳ないのに可愛いよね。これからも僕が世話してあげるよ」


ミーアは頬をロットの両手に包まれ視線を逸らすことを封じている目の前で笑っているロットに寒気が止まらない。現実を受け入れたくないため脳が拒否するロットの言葉はミーアの耳をすり抜け、頭に残ったのは最後の一言だけ。


「ひ、ひとをペットみたいに」

「辺境の領地をもらったんだ。弟に公爵は譲るよ。何もないからやりたい放題だ。煩わしい貴族の付き合いもほとんどいらない。ずっと一緒にいられるよ」

「なんで・・・」

「貴族の遊びはそろそろ卒業させないと」


ミーアにとっての死刑宣告に顔を真っ青にして、ロットの腕から抜け出し、ベットから起き上がる。寝室を飛び出そうとするミーアの腕をロットが掴む。


「服」


ミーアは全裸と気付き、慌てて置いてある服を着て、乱れた髪のま裸足で部屋を飛び出す。和やかに食事をしているララとダミアンを見つけて、ダミアンの襟首を乱暴に掴み睨みつける。


「ダミアン、なんて恐ろしい間違いをしたんですか!?」

「ミーア、間違ってない。ロットの初恋相手はお前だ」

「騙されませんよ。ありえませんわ。あれのどこに初恋要素が」

「俺も知らなかったよ。ロットの趣味の悪さに同情する」


悪戯を失敗した時と同じ顔をするダミアンにミーアが気づいた。ダミアンのミーアにとっての、戯言よりも大事ですぐに確認すべきことに頭の中が支配される。


「いつ裏切りましたの!?」

「夜会。ミーアだって俺を売っただろう?お互い様。婚姻おめでとう。新婚旅行で一週間休んでいいって。あと社交の予定は全部ロットに伝えてあるって」

「ありえない!!おかしいですわ」

「ロットがまさか悪だくみするとはな。あのロットが」

「まだ遊びたかったのに!!成人前に婚姻なんてありえません。醜聞ですわ」


悔しそうに騒ぐミーアにダミアンはニヤリと笑う。ロットの怒りに触れたのに騒ぐ元気のあるミーアにダミアンはほっとしていた。


「その辺の外堀はロットが得意だろう」


ララは騒いでいる二人を見て憧れがどんどん崩れていく。社交界で多くの貴族が憧れる上品で美しい公爵令嬢が胸ぐらを掴み仔犬のように吠え、侯爵子息は悪魔のような笑みを浮かべている。


「サナ、私は夢を見ているの?」

「よくあることです。上位貴族は二面性が激しい方ばかり。まさかロット様までお嬢様達の悪影響を受けていたとは」


悲しみにくれるサナにロットがいつもの穏やかな笑みを浮かべて近付く。


「サナはついてくる?ミーアはこのまま引っ越しだけど」

「私はお嬢様付きですから。お嬢様のお気に入りの王都から離れるなんて…」

「好物は取り寄せてあげるよ。僕の目を盗んで色々してたみたいだし」


サナはミーアがロットの目を盗んで繰り広げていた遊びがバレてしまい説教される姿が脳裏に浮かんだ。ロットに論破され、遊びを取り上げられ、拗ねる主をダミアンなしでどう宥めるか悩み始める。

ロットの綺麗な笑顔を見てララは寒気に襲われていた。

弱小伯爵令嬢のララにとって上位貴族は化物ばかりと思いダミアンに向いてないと言われた理由がようやくわかった。ララにはこんなに顔の使い分けはできない。そしてどれが本当の顔かわからない人間は怖かった。

後日、ロットがお詫びにララの家の事業の後見を、ダミアンが誠実な伯爵子息を紹介した。

ララは平凡な容姿でも誠実な子息に心が癒やされた。ダミアン達と過ごした怒涛の時間はトラウマになっていた。

ララは社交界でダミアンとミーアを見ると震えが止まらず、隣で心配するパートナーに心が慰められる。ミーアはララの怯えに気づかず、久々に会ったダミアンに貴族の美しい笑顔を浮かべて不満を語る。ロットは相変わらず二人の世界を広げる様子を笑みを浮かべて見守る。ミーアは嫉妬に狂う夫に抱き潰される未来が待つのに気付かない。


***

貴族の子女が集められるお茶会で幼いロットはミーアに一目惚れした。

ミーアはいつも従弟のダミアンと遊びロットが話しかけても素っ気なく全く相手にされない。ミーアのほうがロットよりも家格が高いので無礼も許されていた。挨拶以外でロットに視線を向けず、ずっとダミアンと楽しそうにしている姿を見て、ロットは笑みを浮かべてダミアンに話しかける。ダミアンはロットよりも家格が低いため、丁寧に応じる。そうしてロットはダミアンと友達になり、それから3人で過ごすせるようになった。

ミーアはダミアンに夢中でもダミアンの友達のロットに話しかけられたらきちんと視線を向けて反応した。ロットは二人に近づき情報を集めた。しばらくして駆けまわるミーアとダミアンに付き合い、二人を諫め捕まえられる方法を覚える。二人が問題を起こすと、ロットがいつも収める。

大人に諫められても反省せず、おすまし顔や悪魔の笑顔で論破する二人もロットのお説教は静かに受け約束は守るようになる。ロットは早熟で計算高い子供で集めた情報を元に、二人に対して飴と鞭の使い方を覚えていた。大人達は二人にはロットが必要だと痛感し、ロットとミーアの婚約を結ぶ。

二人の扱いを覚えたロットは悪戯も事前に止められたが、問題を起こすほうが都合が良かったので止めなかった。ミーアに必要とされなくても、周囲にミーアに必要と思われればロットの勝利である。

ダミアンとミーアが遊ぶのを側で見守るのがロットの立ち位置。

婚約してもミーアはロットとダミアンならダミアンを優先する。無理に引き離してミーアに嫌われたくないロットは二人の邪魔はしない。計算高く二人の扱いは覚えていても、恋する少年は憶病で慎重だった。

年と共にお互いに役目も増えて3人で過ごす時間が減っていく。ダミアンに女遊びを教えたのはロットの友人である。ダミアンに友人が増え、ミーア以外に関心が向けば空いた時間はロットのものだった。

社交界ではロットがミーアを大事にしているのは有名だった。ロットはミーアに親族以外の異性が近づくのは許さない。ロットの前でミーアに声をかけないは同世代の男の中では常識だった。ただダミアンとミーアだけはロットの本音を知らなかった。ロットはいつも自分の持つ色をミーアに纏わせ、常に隣にいたのも独占欲。

ミーアを褒めロットの機嫌を損ねたくない者はロットの色を纏う姿やお似合いの二人を褒める。傍から見れば美人で淑やかなミーアと爽やかな好青年のロットはお似合いだった。



ロットが悪だくみを怪しんだのはミーアの見舞いに訪ねた時。健康優良児なミーアが体調不良と聞き、仕事を放り出して会いにいくと元気な姿にほっとした。そして見覚えのない書類に視線を向けるとダミアンの書きかけの書類。ミーアはダミアンと筆跡がそっくりでもロットは見分けられる。ミーアは利がなければ動かない。ダミアンの仕事をミーアが代行するのは何かあるとしか思えなかった。

違和感はもう一つ。ミーアは理由を伝えずに早く帰れとは言わない。ミーアはロットがいても気にせず、好きなことをする。ロットはいつも側で見守る立ち位置だった。

仕事を放り出してきたため、時間がなく問い詰めるのは後日に決めた。


ミーアの父はロットを信頼し参加する夜会は常にロットにエスコートを任せていた。ミーアの夜会の予定は公爵と相談したロットが組んでいた。

ロットの転機はミーアから誘われた初めての夜会。

夜会でいつもロットの隣で社交に付き合うミーアが離れたいと言うのは初めてだった。

強引に離れた楽しそうなミーアを追おうとすると邪魔が入り、見失った婚約者は楽しそうにダミアンと踊っている。

ミーアはロットをダンスに誘わない。昔からいつもダミアンとばかり踊っていた。

ダミアンとミーアは視線を集めていた。ロットはダミアンとミーアの噂は聞きたくない。二人が噂さえも楽しむのは知っていてもロットは嫌でたまらないが口には出さない。

強引にミーアと踊るとミーアの変化に歓喜する。鈍いミーアが自分の恋慕に気づくとは思わず引かれないのも嬉しかった。

二人っきりの馬車で口づけると頬を染めるミーアに顔が緩み、母に自分の好みを聞く姿に嬉しくてたまらなかった。

ようやく変化した関係に期待して出向くと一気に地獄に落とされる。自分好みに着飾られた令嬢とダミアン好みのドレスを身に纏い抱きついているミーア。

ダミアンから計画を聞いて笑ってしまった。意識されてないのは知っていた。まさか他の女と仲を取り持とうとされるとは思ってもみなかった。

ロットの恋慕を知り怯えるダミアンを巻き込んだ。

父親には誰もが嫌がる領地を治めるから、ミーアとの特例での成人前の婚姻を願った。

ミーアの父には領主に任命されたから婚姻を早めて連れて行きたいと頼みロットなしのダミアンとミーアに頭を抱える公爵は快く了承した。

全ての手続きを終えて、ダミアンに命じた場所に行くとミーアがダミアンに迫っていた。慣れた様子であしらうダミアンに嫉妬が抑えきれず、強引に引き剥がして邸に行き、侍女に濡れたミーアを任せた。湯浴みをさせて準備を整えたミーアの望み通り薬を盛って抱く。

既成事実さえあれば婚姻から逃げられない。起きたミーアがダミアンの名前を呼ぶのも面白くない。それでもようやく手に入れた初恋に笑みを浮かべていた。


****

外堀を埋められ諦めたミーアはロットに従う。王都から離れた誰も友達がいない領地での生活を送るしかなかった。

ロットの隣で仕事を手伝い、お目付け役とずっと一緒にいるのはつまらない。ミーアにとっての愉快な事が一切無く時々遊びに来る友人とダミアンとの時間だけが楽しみだった。


「帰りたい?」

「婚姻したので役目は果たしますわ」

「そう」


ロットはミーアと婚姻しても心は満たされない。婚姻前のほうがミーアはよく笑っていた。それでも手放す気はなかった。

二人の関係が変わったのは子供が産まれてからである。

ミーアは変化を愛する人間である。


「ロット、見てください!!」


赤子の目まぐるしく成長がミーアには新鮮で楽しかった。新たな発見をしては嬉しそうにロットを訪ねるミーアを笑みを浮かべて出迎える。乳母ではなくミーアがほぼ世話をしていた。赤子だけでなくミーアはロットの変化も楽しんでいた。赤子を抱きながらミーアは楽しそうに笑う。


「最近のロットは楽しいですわ」

「え?」

「慌てたり、照れたり、馬から落ちたり…。完璧でいつも同じ顔をしていたロットより好きですわ」


ロットがミーアに好きと言われるのは初めてだった。ロットは、にやける口元を手で隠す。


「ダミアンより?」

「ダミアンは弟ですから比べられませんわ」

「従弟だろ?」

「ロット知らなかったんですか?ダミアンは双子の弟ですわ。双子は不吉なので、公では叔母様の次男になってますが、小さい頃はうちに住んでいましたのに…」


ロットが訪問するとダミアンはいつもミーアの部屋にいた。同じベッドで寝ている日もありダミアンを何度も踏みつけた記憶もある。


「嘘だろ?僕、ずっとダミアンに嫉妬して」


ミーアは手を顔で覆ったロットに肩を震わせて笑う。控えていたサナはロットが気づいてなかったことに目を丸くして驚く。二人は中身がそっくりで、見つめ合って頷くと悪戯開始の合図だった。そして顔立ちは似ていなくても表情の作り方も性格もそっくりだった。


「ずっとミーアはダミアンが好きだって」


呟かれた言葉にミーアとサナが見つめ合う。ミーアはお腹を抱えて笑い涙を指で拭い、サナは必死で笑いを堪える。


「恋はするものではなく、見るものですわ。ダミアンに恋?そこまで趣味は悪くありませんわ。際どい恋の駆け引きを楽しむダミアンを見るのは楽しいですが、抜けてるロットも愉快ですわ」


「ロット様も教えてくだされば協力しましたよ。まさかお嬢様に惚れられるなんて。悪趣味と思いますが」

「そうですわね。ロット、私を好きならこれからも楽しませてくださいませ。満足したらご褒美あげますわ」


ミーアはロットには敵わないと思っていたが、自身を好きなら形勢逆転である。恋は惚れたほうが負けであり、惚れされたら優位にたてることをよく知っているミーアはロットに妖艶に笑いかける。

この日から愉快犯のミーアと策略家のロットの攻防戦が始まる。ロットの味方にサナがついたため、ロットの勝率が上がっていた。

ミーアを楽しませればロットの勝利である。ミーアはロットが刺激をくれるので充実した時間を、ロットはミーアが隣で嬉しそうに笑っているので幸せな時間を過ごせた。


ロットは冷静で常に穏やかな笑みを浮かべる貴族らしい男だった。特にミーアの前では。そんなロットは変化を愛するミーアにはつまらなかった。ミーアにとってロットは幼馴染でありお目付け役の口うるさい婚約者。ロットが素直に感情表現すれば、また関係は変わっただろう。公爵令嬢のミーアは自分の役目がわかっていたのでどんな相手でも婚約者に不満は言わず、家のために尽すつもりだったので成人までは家に害のないように好きに遊ぶと決めていた。

サナはロットが器用貧乏だとを知り日頃の感謝を込めてロットの味方についた。幼い頃から二人を知るサナさえロットは面倒見の良い真面目な少年と思い、ミーアへの恋慕に一切気付いていなかった。外堀は完璧に埋めるのに肝心なところが抜けている姿が滑稽だった。サナは気付いていないがしっかりミーア達の悪影響を受けていた。


領主夫妻は幸せに暮らした。領主の攻防戦に領民も巻き込まれるため笑いのたえない明るい領地になった。

広大な公爵領で特徴のないお荷物だった辺境領が観光名所になるのはしばらく先の話。

ダミアンがふざけて贈った2匹の小猿は領主夫妻がどちらが多くの芸を仕込めるかの勝負に使われた。調教師顔負けの芸を仕込み、ミーアとロットは正体を隠して小猿と共に大道芸対決が行い小金を稼ぐ。ロットはサナのアドバイスで時々ミーアに見つからないように勝ちを譲ることを覚えた。ロットに勝てる現実にミーアは笑みを浮かべる。成人してからロットはミーアにとって幼馴染から遊び相手に変わった。

ミーアにとっての遊び相手は最上級の褒め言葉である。ミーアの父はロットまで悪魔の双子の悪影響を受けたと悲しみ、ロットの家族は成果さえあげれば気にしない。そして性格が悪いのは生まれつきなので何も言わない。

ミーアが王都から離れて、刺激が減った友人達は変わった辺境領を訪ね、堂々と愉快なことをするミーアに悪のりする。ロットはミーアの悪友達を利用して容赦なく金を巻き上げ、領を豊かにする。社交界で評価の高かった公爵令嬢と公爵子息は変わり者の領主夫妻となり、領民に愛され幸せに暮らした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

ブックマ、評価、感想、誤字報告もありがとうございます。


後半は主人公がロットに乗っ取られました(苦笑)

悪魔の双子に手をやく大人にとってロットは救世主でした。

双子は別々にすると両家で悪戯して被害が拡大するので、一緒に育てられていました。


ロットが婚約したいと言ったのをミーアの父は子供の冗談と思っていましたが、救世主を逃したくない公爵は喜々としてロットの両親に婚約を打診しました。

ロットの恋慕に気付いていたのはミーアに近づき制裁や牽制を受けた経験のある同世代の子息達と関係者だけ。ダミアンはロットの恋慕の噂は鼻で笑って本気にしていませんでした。

ミーアは恋愛は見る物なので、興味はありません。遊びが大好きなミーアとハイスペックなのに恋愛音痴なロットのお話でした。

おまけでもう一話だけ。愉快ではないミーアのお話を許していただける方のみ覗いていただけると嬉しいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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