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5 敵対国ブランドア

 アンリが提供した血清のおかげで、二人の容体は落ち着いた。顔色はまだ悪いもの、呼吸は安定した。横たわっていた男の方は、傷口が深く、それ故に侵入した毒も多く、回りも速かったようだ。


「『骸コブラ』の脅威は毒もそうだけど、牙と鱗もそうなの」


 と、彼ら同様に無知なネルに、アンリは告げた。


「あんな薄っぺらな防具くらいなら牙は貫通するし、鱗で削り取ることもできるわ。どんな外敵にも確実に毒を注入できるように、刺し込む牙と削る鱗が進化した。余程の相手じゃなければ、巣に飛び込んだら死んだも同然。その点で言えば、彼らはとても運が良かったわね」


「どうして『骸コブラ』って名前なの?」


「彼らは暗く、狭い場所でしか睡眠をとらないの。だからどこにいても睡眠ができるように、殺した小動物の頭骨を常に所持しているわ。カタツムリみたいなものよ」


 温厚な性格というよりは神経質な性格なのかもしれない、とネルは情報の整理に区切りをつけた。


 ネルたちはアンリの小屋まで戻ってきていた。騒ぎに気付くことなくミリアは眠り続け、今もベッドで眠っている。起こすのは悪く、まだ両親については聞けていない。


 木製の丸テーブルを囲んでいるのは、ネルとアンリ、そしてノノリルだ。果実酒で飲みながら、落ち着いた時間を過ごしているところである。


「しかしあれだねぇ」ノノリルはグラスを指で弄んでいた。「相変わらずトリルはお人好しだったね。まだ《ブランドア》の奴らを助けてるとは」


「ブランドア?」


「ノワルゲートと古くから敵対している国よ」


「えっ? あの人たち敵だったの? てっきりノワルゲートの人なのかと思ってた」


「肩のプレートにエンブレムがあったぞ。太陽のやつ」


 そうだっただろうか、とネルは思い出そうとする。彼らは『骸コブラ』に襲われたために、装備のほとんどが破壊されていた。肩のプレートも同様だったと思う。知らなければ、ただのデザインにしか思えない。わかれと言う方が困難だ。


「敵なのに助けていいの? 見た感じ兵士みたいだったし、トリルたちが襲われちゃうんじゃあ……」


「それがあの村が掲げた方針なの。困っている者は誰でも助ける。それがたとえ敵国の兵士だったとしても。トリルがあの店に勤めるようになってかしらね、そうなったのは」


「珍しいことじゃないんだよ、後輩くん。場所が場所だけによくあることさ。今更気にしたって、注意を促したって仕方ない。それでも滅んでも彼女たちも本望だろ」


「そんなこと――」


 そんなことあるだろうか。助けた者に滅ぼされて本望だと、果たしてだれもが口を揃えることができるだろうか。絶対にできるはずがない。二人の兵士を心配そうに見守る彼らの顔を思い出す。まるで他人事とは思えないといった表情をしていた。彼らを村の一員だったかのように見ていた。


 その善の心は本物なのだろう。誰もが村の方針を受け入れている。


 しかしそれでも滅ぼされていいとは思っているわけじゃない。きっと彼らは敵対国と――その他多くの国とも友好な関係を築き上げたいと思っている。本望と言うのなら、そっちの未来に辿り着くことだろう。


「ネルの気持ちもわかるわ」アンリの瞳が向けられる。「彼らもわかっている。わかっていても動いてしまうのよ。あなたと同じ。もしもあのとき中にいたのがミリアじゃなかったら? 仮にミリアだったとしてすでにミリアではないモノになっていたとしたら? そんなことを考えずに、あるいはそんな考えを放棄して、あなたは飛び出した――違う?」


「……違わない」


「そういうことよ。気にするだけ無駄。いくら言ったところで、彼女たちはネルのように心のままに動くわ」


「ま、ノワルゲートの人間なんて、みんなそんなもんだよ。今までも、それでこれからも。私も、後輩くんもね」


 と、ノノリルは笑って、グラスを傾けた。


 そんな姿に、ネルは初めてノノリルを「先輩」だと思えた。言っていることはなんでもないことなのに、不思議と包容力を感じたのだ。


「でもね、ネル」ノノリルの陽気な声とは反対に、アンリの声はいつも涼やかだ。「彼らがなんと思おうとも、ブランドアは敵なのよ。ブランドアにとっても、わたしたちは敵。わかるわね?」


「それはわかるよ」


「わかるならいいんだ」ノノリルが立ち上がる。「さあ、後輩くん。仕事だ」


「仕事?」思わぬ言葉にきょとんとしてしまう。


「敵国の兵士がいたんだ。だったら私たちのすることは一つ」


 殺すだけ。


 ノノリルは陽気に、そして無邪気に、まるで子供が外に遊びに行くかのような爛漫さでそう言ったのだった。

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