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1 最期の言葉

 この世界は「仮面」に満ちている。


 右を見ても嘘偽り、左を見ても虚言虚実。


 本音と真実はいつも押し殺されている。嘘はいけないと教えられるはずなのに、言葉や行動を偽られるのを嫌がるはずなのに、そうしなければいけないのがこの世界だ。


 だからこの世界は狂っている。歪んでいる。


 根本的に間違っている。


 幼いころにそう言った一人の女の子がいた。


 そのときは意味がわからず、今になってもそれはただの戯言に過ぎないと、藤宮ネルは思っている。だけど、いつになっても彼女が紡いだ言葉を忘れることができなかった。


 ナイフのように胸に突き刺さり、今もまだ抜けずにいる。


「ネルくんは幸せ?」


「しあわせだよ。わからないけど、たぶん、そうだよ」


「そうなんだ」


 彼女はそう言って無邪気に笑った。


 きっと幸せを喜んでくれたのだろうとネルは思った。だからネルも笑顔を返した。彼女といるのは心地よかった。なぜだか他の人といるときとは違う。風の感触も、見える色も違っていた。


「わたしは幸せなんかじゃなかったよ」


 それが彼女の最期の言葉だった。


 そのとき気付いたのだ。彼女の笑顔こそが、彼女の言う「仮面」だったことに。言葉は正直者でも、表情が嘘吐きだった。


(僕も嘘吐きになったよ……)


 他人の顔色をうかがうようになり、両親の言うことをきちんと聞いた。我儘一つ言わずに、その期待に応えてきた。やりたいことも、続けたいこともあった。けれど、それらすべてを犠牲にして他人からの評価を得た。嬉しくなくても嬉しいと言い、悔しくなくとも悔しいと振る舞い、怒りを隠し、悲しみを堪え、徹底的に自分を殺した。


 褒められたかっただけならどんなによかっただろう。その見返りで心が満たされるのだからこんなに悩むこともなかった。


 自分を嫌いになることも。


 ネルは全身で感じていた冷たさと温かさが消えていくことに気付いた。子供の泣きじゃくる声も、強く声をかけてくる低い声も、周りのざわつきも消えていく。


 視界はとっくにぼやけていた。赤く染まったアスファルトとトラックのタイヤの区別がつかなくなるほどに入り混じっている。


 どうしてこんなことをしたのかがわからない。


 どうして自分の身を顧みずに子供を助けようとしたのか。


 いや、答えは出ている。そうやって生きてきたのだから、この最期はふさわしいと言えばふさわしい。行儀のいい偽善だ。


 だけど。


(これが、本当の僕であって欲しいなあ……)


 利益や損得を考えて行動したのではなく、考えることもなく救いたいと思ったから救ったのだと信じたい。救えるかもしれない命に手を伸ばしたのだと。


 そう信じたかった。


 もしもそれが本当の自分なのだとしたら、彼女の言葉も戯言だと切り捨てることもないのだから。

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