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楽園の花  作者: 悠木おみ
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第8話 再誕の焔

 夜の帳が包む中、初の悲鳴に呼応するかのように闇よりもなお暗い漆黒を纏う焔が瘴気を燃やし尽くした。

「まさか……再誕の焔、なの……?」

 どこか呆然としたような驚愕に目を瞬かせる涙花の声に、焔を見て驚愕していた面々が硬直を解いた。

「落ち着け――初!」

 藍の声に初は身体をピクリと震わせて、その場に崩れ落ちた。

「初!」

 慌てて初に駆け寄るアリアの横で、涙花は呆然と呟いた。

「カリンの凝縮した、強い能力――“再誕の焔”を使えるのは、央雅の姫の中でも初花だけ……」

 瘴気を祓うために使う焔は全部で三種類。赤、オレンジなどの暖色の色彩を持ち、瘴気の浄化を促す「浄化の焔」

 青白い色彩を持ち、うつつに存在するものも燃やす事の出来る「消失の焔」

 そして――焔の中で唯一癒しと再生をも司り、従える人物の意思で燃やすものを決める事の出来る漆黒の焔「再誕の焔」


 これらは央雅に生まれた能力の高い姫が持ち生まれる、稀有なる能力。

 そして央雅史上使いこなしたものが存在しないという漆黒の「再誕の焔」をある程度自在に使う事が出来たのは、瑞花たちによって村から連れ出された『初花』だけだった。



「私が、央雅初花……」



 言われる事を理解していたのだろう。早朝、目覚めた初は落ち着いた様子で涙花の説明を聞いていた。

「“蒼羽瑞花”と名乗っていたのは、自ら行方をくらませた央雅曖花おうがあいかで間違いないと思います……彼女は、もう一人の姉、瑛花えいかを唆して生まれたばかりの妹を連れて逃亡した。と、長達は考えているようですし」

 淡々と語る涙花の言葉に、初は深く溜息をついた。

「つい二日前までは、血が繋がらなくても仲がよく、居心地の良い村と家族に囲まれて、誘拐された村娘達を健気に探しているいたいけで平凡な“村長の孫娘”だったはずなのに……」

 ブツブツと何事か呟く初の言葉に、涙花が首を傾げた。

「村娘が、誘拐……ですか?」

 眉を寄せて訝しげな表情をした涙花に気づかず、初は頷いた。

「そう、水無鬼の話は噂で訊いていて、誘拐された村娘は水無鬼にいるとか聞いていたから……どんなものかなぁとか、潜入するか――とか考えてなくもなかったけど」

 深く深呼吸すると、初は空気を吸い込んで一気に続けた。

「私は平凡な村の男と平凡な出会いをして、平凡な結婚生活を送りつつも村を支えて生きていくというささやかな夢があったのに!」

 半分投げやりに答えた初の耳に、爆弾とも思えるような言葉が聞こえたのはその瞬間だった。

「……誘拐された方というのは『真理子』様と『香歩子』様という方ですか?」

 偶然といったら恐ろしすぎるように符合した名前に初は硬直し、その言葉をしばらく自分の中で反芻した後、涙花に襲い掛かるような勢いで聞いた。

「そう! 高原真理子と香歩子……姉妹なんだけど、知ってるの!?」

 驚愕しながら訊く初に、涙花はのんびりと答えた。

「はい、今朝早くに村の男性に“妻”として紹介していただきましたから」

 サラリと告げられた言葉に、初は目を見開いたまま固まった。

「つ、ま……?」

 驚きすぎて情報の処理能力がついていっていないような初と、まるで当たり前のように微笑んでいる涙花を見て、羽矩が深く息を吐いた。

「この村では長の一族である央雅は女系だが、央雅の血が混ざっていない村人達の間に生まれる子供は男系なんだ。理由は定かではないが……。だからある程度成長した男性は、村の外から妻を迎えるのが風習になってる」

「は?」

 淡々と語った羽矩の言葉を聞いて声を上げたのは、すでにフリーズしてしまった初ではなく、それまで黙っていたアリアだった。

「結婚って意味わかってる? 拒否権なしの誘拐で、イキナリ村から攫われて! それで妻? 一体人のことを何だと思っているのよ!」

 珍しく声を荒げて怒っているアリアの言葉に、涙花が不思議そうに言葉を挟んだ。

「あらあら? 拒否権無しではありませんよ? それに、村に来た皆さん、とても幸せそうですし」

 ポツリと落とされた言葉に、今度はアリアも固まった。

「は?」

 どうもイマイチ噛み合いきれていない会話を繰り返す四人に言葉を挟んだのは、それまで傍観者と徹していた藍だった。

「初、アリア。この村は他の村に比べて生活水準が高いというか、豊かなんだ。……多少の問題はあるけれど。誘拐されたのが年頃の娘――つまり二人と同い年。見目麗しい男に迫られて、無下には出来ないんじゃないか?」

「う……」

 どこか自信に満ちたように告げられた言葉に、二の句が告げられなくなったのはアリアだった。

「そういうものなの……?」

 一方、藍の説明でとりあえずは理解した初は、後半――見目麗しい男に迫られての―部分に疑問を浮かべながら藍とアリアに交互に視線を送った。

「そういうものなんだろ。アリアの様子から」

「そうなの、アリア?」

 二人の言葉に、アリアは額に手を当てて盛大に溜息をついた。

「そうね、普通はそういうものよ――初は別かもしれないけれど」

 ポソリと呟いたアリアの後半部分の言葉は掻き消され、初は首を傾げながらも話を元に戻した。

「……で、結局“初花”だとしたら私はどうなるの? 村にはもう帰れないの?」

 初の言葉に、涙花が困ったように微笑を浮かべた。

「他の方はともかく、“初花”というのなら……。央雅の姫は水無鬼にあるのが理。それに、『再誕の焔』を使える貴方を最長老たちが手放すはずはないと思います」

 涙花の言葉に、羽矩と藍もその場で同意した。

「それが妥当だな。元々焔を従える『央雅の姫』自体貴重なんだ。その上央雅史上、誰一人として従える事の出来なかった『再誕の焔』を従える姫を手放すわけがない」

「……それに」

 ポソリと、微かな声で付け足すように口を開き始めた涙花は、突然その言葉を止めて天井の一点を凝視した。

「涙花……?」

 困惑した様子の藍の言葉にも反応せず、涙花は目を天井を見つめたまま目を見開いた。

「な、ぜ……」

 驚愕している様子の涙花に、羽矩は草薙剣を握り締めながら立ち上がった。

「涙花!」

「この気配は……曖、花……?」

 困惑しながら開かれた涙花の言葉に羽矩は驚いて庭に面している妻戸を開け、初は困惑を顕にした。

「な、んで……?」

 驚愕したような藍の言葉に、緊迫した部屋の様子をぶち壊すような声が掛かった。

「何が?」

 声を掛けた人物は涙花と瓜二つと言ってもいい――

「結……いえ、曖花様ですね?」

 央雅結花の器を持つ、曖花――初の姉だった。

「懐かしい顔ぶれね……まさか涙花と初が同じ部屋にいるところなんて、見られるとは思っていなかったわ」

 血が、通ってはいないように思えるくらい青白い肌に、どこか違和感のある気配。

 それは生きている人間と言える存在ではなかった。

「ほんとに……瑞花姉様なの?」

 呆然と呟かれた初の言葉に、結花の外見を持つ曖花は微笑んだ。

「瑞花姉様……」

「随分と久しぶりね。アリア、初」

「姉様……」

 自然と涙を零した初を横目に、涙花は厳しい声で訊いた。

「お久しぶり。いえ、初めましてと言ったほうが正しいのでしょうか、曖花様。一体何の御用ですの?」

 睨みつけるような視線と厳しい声で訊いた涙花に、曖花は悲しそうに微笑んだ。

「涙花……」

「まさか亡くなっていたなんて思いませんでした……その上、結花の身体を使って蘇るなど」

 曖花と涙花の間に羽矩が入り、草薙剣を手にしながら曖花の視線から涙花を庇った。

「羽矩……」

「貴方はあの時“吉原”で命を落としたはず。現世にいかなる用があるのかは知りませんが、今更この村に――涙花の前にその姿で現れるなんて、無神経にも程があると思いませんか?」

 慇懃無礼とも思えるような態度で、まるで威嚇でもするかのような好戦的な視線で告げられた言葉に、曖花は微笑を消した。

「確かに……私は央雅の姫としての責務を放棄したばかりか、その全てを涙花に押し付けたかもしれない。けれど――」

「言い訳はいらない! そればかりか貴方は三姫を傷つけ、四姫――初花までをもこの村から連れ出した。貴方の罪も、これから起こる出来事も、見過ごすことは出来ない」

 その鋭く抉るような言葉に、曖花だけでなく、その場にいたものは口を出す事が出来なかった。







To be continued...

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