第5話 囚われの華
「嘘……だろ、まなみ……」
驚愕している初に、どこか虚ろな表情と声で呟いた一久の声が聞こえた。
目の前にいるのは確かに愛実のはずだった。
「愛実……」
ただひたすら愛実を求め、そして共にあることを望んでいた。二人の願いはささやか過ぎるくらい……。ただ、それだけだった。
「愛実ー!!」
悲痛なその叫び声に、初はかつてない憎しみを感じた。
「……」
静寂が部屋を支配している中、涙花が不意に顔を上げた。
「……お捜ししている方は、『愛実』様?」
どこか困惑したような表情で訊かれた言葉に、一久はすぐさま頷いた。
「あぁ、愛実――譲原愛実」
涙花の表情に何かを感じたのか、嵐が訝しげに訊いた。
「……見つけたのか?」
嵐の言葉に、涙花は視線をさまよわせ、顔を背けて言った。
「えぇ、居場所は判りましたが……」
躊躇いながら告げられた言葉に、誰よりも早く羽矩が涙花に訊いた。
「“あの場所”を見たのか?」
責めるような羽矩の言葉に、涙花は俯いて僅かに頷いた。
「はい。必要かとも思いましたので」
俯いていながらも、自分のやったことに責められる必要の無い――そんな声色で涙花はハッキリと羽矩に告げた。
「あの場所……まさか“黄泉の牢”か?」
訝しげな、そして驚愕の表情で嵐が二人に問いかけた。
「……」
しばらくの沈黙の後、涙花は毅然と顔を上げて答えた。
「はい、“黄泉の牢”で数名、女性の気配を感じました」
その言葉に安堵したのも束の間、続けられた言葉に部屋の空気が凍りついた。
「けれど生死は不明です」
「生死、不明……?」
呆然とした、どこか虚ろな一久の声に、その場にいた人間はやっと涙花に告げられた言葉の意味を悟った。
「……黄泉の牢だな?」
僅かな沈黙の後口を開いたのは、固い決意を瞳に宿らせた嵐だった。
「はい」
止めても無駄だと悟っているのか、涙花は躊躇いなく嵐の問いに答えた。
「私は八咫鏡を使用してみます。羽矩は……」
不安気に問いかけられた涙花に微笑み、羽矩は草薙剣を手にした。
「行って来る」
言葉少なく答えた羽矩に涙花は一瞬だけ悲しそうに微笑み、告げた。
「行ってらっしゃいませ」
××××
涙花に送り出されて黄泉の牢に向かったのは、羽矩と嵐。そして制止を振り切った初と一久の四人だった。
涙花と嵐から制止されたのと同時に、何か思うところがあったのだろうアリアは、涙花の手伝いをするために邸に残った。
初達が邸を出る時、初の耳元に「……気をつけて」とだけ言葉を告げて。
「初、ここからは“黄泉の牢”に繋がる“漆黒の祭壇”だ。気をつけろよ?」
心配性の嵐らしい言葉に初は心の内で苦笑し、それだけ危険な場所だと再認識して頷いた。
『央雅』という水無鬼を治める長一族の邸の裏側――獣道のような場所を通り、それほど長くはないトンネルを抜けたところにその場所“漆黒の祭壇”と呼ばれる場所があった。
名前とは裏腹に、その場所は様々な花が咲き乱れ、『漆黒』とは似ても似つかなかった。
「ここが、“漆黒の祭壇”……?」
そんな初の様子に気づいた嵐は困ったように微笑み、羽矩に視線を向けた。
「この場所はこの村の災い。虚無湖と地下迷路、そしてその地下迷路の入り口にある黄泉の牢に立ち入る唯一の場所――祭壇という意味で漆黒の祭壇と名付けられた。ここに在る花は漆黒の祭壇内で絶えた者たちへの手向けだ」
さらりと告げられた知りたくもない事実に、初と一久は足を踏み出そうとしていた態勢で固まった。
「羽矩……」
そんな羽矩に苦笑し、二人を安心させるように嵐は苦笑しながら微笑んだ。
「大丈夫だよ、漆黒の祭壇の入り口で亡くなった人はいないから。でも……ここは『そういう』場所なんだ」
寂しそうに微笑む嵐に、初は胸が痛むのを感じた。
「嵐……」
「いつまで話しているつもりだ?」
嵐に呼びかけようとした初の言葉を遮り、羽矩は正面の薄暗い洞窟の前に立っていた。
「あぁ、今行く」
嵐はそう言うと、再び初と一久に振り返った。
「一応、灯りは持って行くけど洞窟――螺旋階段の中は暗いし、下りの階段になっているから気をつけて」
そういうと羽矩に続いて洞窟の中に足を踏み入れた嵐をみて、初は未だに固まっている一久を引きずりながら洞窟の中に足を踏み入れた。
螺旋階段はその名の通り、螺旋状の階段だった。
一段一段はそれほど段差を感じさせなかったが、螺旋状になっているうえにかなりの段数を降りた。
狭くはなかったが、土がむき出しの壁、そのうえ頭上からも時々パラパラと土が降ってきていた。
地下に潜っているというくらいは理解できたが、どのくらい深くまで降りてきたか初には判断が出来なかった。
「何……ここ」
困惑したような初の声に返ってきたのは、困ったような嵐の声だった。
「自然に存在していた段差のある空洞に少し手を入れて階段にしたのがこの場所なんだ。黄泉の牢自体は罪人を捕らえておく場所だから、ここはあまり重要視されていない」
「へぇ、何で牢獄かと思っていたんだけど……だから“黄泉の牢”なんだ」
嘘ではないが本当でもない嵐の言葉に、羽矩は苦笑していたが、最後尾にいる初がそれに気づくことはなかった。
「ここが最下層だ」
先頭にいる羽矩の言葉に、初は息を呑んだ。
先ほどから嫌というほど感じる、ベタベタと絡みつく気配。それが一層濃くなったような気がした。
「「本当、よくこんな所に……」」
呟いただけの初の言葉は思いのほか大きく、螺旋階段――いや、黄泉の牢に反響した。
目を丸くして驚いている初に、嵐は苦笑しながら言った。
「地下迷路になっているとはいえ自然の洞窟だから、声、かなり響くんだ」
どこかほのぼのとした二人の会話を打ち破ったのは、錆び付いた鉄の扉に触れていた羽矩だった。
「嵐」
真新しい、何かを引きずった時に出来るような後が残る土の前にある扉を羽矩が示した。
「あぁ、間違いない、ここだ」
嵐の言葉に頷くと、羽矩は持ってきていた天雲叢剣――草薙剣で扉を切断した。
ガタン
大きな音を立てて崩れ落ちた扉の先にある光景を見て、一堂は息を呑んだ。
「……っ」
闇の中に存在しているのは、バラバラに切断された白い女性の四肢と――
「愛実!」
左肩から手を失っている、血まみれの愛実の姿だった。
「嘘……だろ、まなみ……」
驚愕している初に、どこか虚ろな表情と声で呟いた一久の声が聞こえた。
目の前にいるのは確かに愛実のはずだった。
「愛実……」
ただひたすら愛実を求め、そして共にあることを望んでいた。二人の願いはささやか過ぎるくらい……。ただ、それだけだった。
「愛実ー!!」
悲痛なその叫び声に、初はかつてない憎しみを感じた。
To be continued...