第4話 御伽噺
「あまり無茶はしないでくださいね?」
それでも気遣うようにかけられた涙花の言葉に、羽矩は苦笑しながら言った。
「努力する」
「……でも本当に助かった、情報は欲しいけど薮蛇はごめんだったし、誰が敵で誰が味方かなんて、今の俺には判らないから」
いまいち理解しがたい不思議な嵐の言葉に初が首を傾げていると、涙花がクスクスと微笑んだ。
「ふふ、それでは森の入り口で気づいて良かったですね。ここにはしばらく滞在できます?」
「どうかな……?」
曖昧に言葉を濁す嵐に、何かを感じたのか涙花は首を傾げた。
「“誰か”に“何か”ありました?」
きょとんとしながら首を傾げる様子の涙花は同じ村人とは言え、今朝の茨麻とは受ける印象が全く違った。
それ以上に、人と違うものとは少なくとも初には思えなかった。
ふんわりと微笑む涙花に、一久が真面目な表情で言った。
「――俺は一刻も早く愛実を探したい」
単刀直入に涙花に要望をぶつけた一久に、アリアと初は思わず涙花から見えないところを殴り、穏やかに物事を運ぼうとする嵐にすら睨まれていた。
「愛実……女性の方ですか?」
涙花の質問に一久を睨みながら溜息をつき、涙花に向き直って嵐は言った。
「年齢は俺より二コ下。髪は金に近い茶色で長さは肩の辺りまで。全体的に色素が薄くて小柄な方……茨麻に攫われてきた」
要点だけをまとめて告げた嵐に、涙花は僅かに驚いて首を傾げた。
「茨麻に……?」
訝しげなその声音は、明らかに茨麻がそんなような事をする青年ではないと涙花が言っているようだった。
「あぁ、茨麻がこの村を指定した。助けたければ“彼女”と共に来い。と……」
嵐の言葉に、涙花は先ほどより驚いて嵐を見、横に座っていた初を凝視した。
「まさか……」
「あぁ、俺はそう判断した」
肝心の主語を飛ばして放している二人は理解していたが、何もわからない初は涙花に見つめられて少したじろぎ、アリアは眉根をよせ、一久は苛立っているようだった。
「では茨麻は……」
涙花の言葉に頷き、嵐は淡々と告げた。
「俺は“カレン”派だと判断している」
“カレン”派
嵐が告げたその言葉。知らないものにとっては特別意味の無い言葉なのかも知れない。
けれどそれを訊いた初は、嫌な動悸に襲われるのを感じた。
「……カレン?」
ポソリと呟かれた初の言葉は、小さすぎたために幸か不幸か、誰にも聞き取られてはいなかった。
「分かりました、茨麻を探させてみます。もしも茨麻の目的が『そのこと』なら、私も居場所が分かるかもしれませんし」
そう言って涙花が立ち上がると同時に、部屋の妻戸が開いた。
「涙花……」
部屋に入ってきたのは先ほど涙花と共に森で出会い、この邸――部屋に通されてからどこかに行ってしまっていた羽矩だった。
「羽矩?」
羽矩は右手に一冊の文献を持ち、左手に木箱を抱えていた。
「最長老と予見詩人に話を通して、八咫鏡と草薙剣の使用許可を貰った」
羽矩の言葉に涙花は呆れたような表情をつくり、一つ溜息をついた。
「長からの許可は頂きましたの?」
困ったように訊いた涙花に、羽矩は視線を逸らせて溜息をついた。
「……掴まらなかったから、事後承諾」
その言葉に、涙花と嵐は示し合わせたように同時に溜息をついた。
「あまり無茶はしないでくださいね?」
それでも気遣うようにかけられた涙花の言葉に、羽矩は苦笑しながら言った。
「努力する」
××××
八咫鏡、草薙剣。
どちらも三種の神器として古くから『日本』に存在しているはずの宝のはずだった。
驚愕しながら木箱から出された八咫鏡と草薙剣を見ている初達に、嵐が苦笑しながら言った。
「この村には古くから三種の神器と同じ名前の付いた“至宝の道具”があるんだ。それも力のある」
嵐の言葉に、アリアは眉を寄せて訊いた。
「力のある……って、まさか未来を見るとか、見えないものを斬るとか?」
幽霊などを信じていないアリアの言葉に、涙花は困ったように微笑んだ。
「信じる、信じないはその方の判断です。ですが私達はこれらの力を信じていますし……何より実績がありますから」
少しだけ悲しそうに、微笑みながら言った涙花の言葉に続けて、神器を凝視していた初がポツリと呟いた。
「予知――不確定な未来を確かに伝える至宝の鏡。八咫鏡。瘴気を断罪する唯一の、そして諸刃の宝剣。天雲叢剣」
その部屋に静に、けれど確実に落とされた初の爆弾ともいえる発言に真っ先に飛びついたのは、神器を部屋に持って来た羽矩だった。
「お前、これを知っているのか?」
羽矩の言葉に、初は少し困惑したような表情になり、しばらく躊躇った後小さく頷いた。
「私の姉様……吉原に住んでいて、行方不明になったんだけど……その人が、よく聞かせてくれた」
「それ、瑞花姉様?」
アリアの言葉に、初はまた頷いた。
「アリアも、聞いたことがあると思う……瑞花姉様の、お伽話」
――思い出してみれば、簡単な事だった。
瑞花――初の姉である蒼羽瑞花は、遊郭で仕事をする初の母とアリアの母代わりに、二人の面倒を見てくれていた。
その彼女が、いつものように聞かせてくれていたお伽話。
この村――特に今まで出てきた名前は、それで聞いたことがあった。
初は、大分昔に聞いた覚えのあるそのお伽話を、ポツポツと語り始めた。
××××
その村は、深い森に閉ざされた村。
山深い森と、切り立った崖。大地の恵みを僅かに受け、人より優れたその一族は、ひっそりと居を構えていた。
瑞花が語るお伽話。
それでも初は不思議で、話の間によく質問をしていた。
「なぜ、村から出てこないの?」
初が思った疑問に瑞花は微笑み、ゆっくりと“お伽話”の続きを話した。
村には災いが眠っていた。
“人”では決して封じる事のできぬ災い。彼らは古くからずっと、一族の中に生まれる災いと戦っていた。
「人では封じれないのに、その人たちは封じる事が出来るの?」
初の言葉に瑞花は優しく頷き、髪を梳きながら話を続けた。
かの一族は、人でありながら人ではない一族。人より持てる器が大きくなった存在。彼らは、災いである“カレン”と“虚無湖”を滅ぼすために、その村を閉ざした。
「姉様、その人たち、辛くないの? 寂しくないの?」
初の言葉に目を丸くし、瑞花は微笑んだ。
「そうね、彼らは初みたく思ってくれる人がいるのを知っているから、だから辛くはないの。初や、私達を守ることが彼らの使命――生まれたときから定められている約束だから。だから、寂しくもないの」
伝承は語る。いずれ一人の少女が村を救うと。
かの少女が村を訪れた時、すべての運命が動き出すと。
「うんめい……」
思案気に呟いた初に微笑みかけながら、瑞花は最後の言葉を紡いだ。
八咫鏡、天雲叢剣、八坂瓊曲玉――至宝の神器は、災いを封じる。
『……だからその時を待って、彼らはずっと――』
「『闘い、続ける』って……」
初から訊かされたその“お伽話”に、部屋は静寂に包まれた。
To be continued...