第3話 水無鬼
「こんな所に、村が……」
「……本当にあったのか」
驚いて目を見張っているアリアと一久に、嵐は目を細めて村の方を見据えながら言った。
「あぁ、天然要塞の異名を持つ人でないものの棲む“水無鬼”村」
トクン
その村を見て、初はどこか懐かしさを感じた。
初がこの村を見たことなど、無いはずなのに……。
「愛実ー!!」
「……まさか、水無鬼に……」
血を吐くような一久の絶叫にようやく我に帰った初は、ポソリと落とされた嵐の言葉も拾っていた。
「嵐、何か知っているの?」
初の言葉に、少し躊躇いながら嵐は口にした。
「愛実を連れ去った茨麻は――朝、噂の話をしただろう? あの話、水無鬼に住んでいる“人ならざりし存在”なんだ」
「……本当に外部を隔絶する村なんて存在するの?」
驚いて訊くアリアに、嵐は首を振った。
「完全に外部を隔絶している訳じゃない。でも村の者以外は“入り口”に気づけないから、そう錯覚している」
嵐の言葉に何か違和感を感じた初は、訊いた。
「それで、嵐は知っているの?」
初の言葉に溜息を一つ落とすと、嵐は頷いた。
「俺は昔、水無鬼に……行った事があるから」
嵐の爆弾ともいえるような意外な発言に飛びついたのは、意外というか当然というか、最愛の恋人を誘拐された一久だった。
「嵐、案内してくれ」
その瞳に宿るのは真剣そのものの光。
「でも一久……」
気持ちは理解している。
嵐はそういった感情に人一倍敏感で、それが理解できるくらい聡明である事はこの場にいる全員が知っていた。
その嵐が戸惑うという事は、それだけ“何か”があると言うことだった。
「嵐がそういう時は危ないときかも知れない。でも愛実をあのまま放ってなんて置けない。頼む、知っているなら教えてくれ」
頭を下げて頼む一久に、嵐は困惑しながらも言った。
「分かってる。でも色々準備が必要な場所なんだ」
溜息を吐きつつ告げられた言葉に、アリアが反応した。
「何、どんなものが必要?」
アリアの発言に男性二人は驚き、一久が訊いた。
「お前も来るのか?」
「もちろん。初も行くんでしょ?」
さも当然のようなアリアの発言に、初は一瞬考えて頷いた。
「村の仕事――特に書類整理くらいならお祖父様でもどうにかなるだろうし、上手くいけば他の人も助けられるかもしれないから」
初の言葉にアリアはにっこりと微笑を浮かべ、嵐に詰め寄った。
「ホラ、何が必要?」
「アリア、初も……」
言っても絶対に無駄だと悟ったのか、一人二人を諌めようとしている一久を無視して、嵐は盛大に息を吐いた。
「山登り道具。と、念の為野宿の準備も」
「おっけ」
必要なものを嵐から聞き出すと、アリアは諌めようとする一久を完全無視して家に直行した。
「初」
まだ何か喚いている一久と、千代子を気にしてか嵐は会話が届かないような場所まで初を連れ出した。
「……なにがあるの?」
「何か」ではなく「何が」
勘の鋭い幼馴染に嵐は苦笑し――誰も聞いていないとは解ってはいたけれど――声を潜めて初に告げた。
「正直言って、何が起こっているのか、何が起こるのかは分からない。俺は“村”から出て大分経っているから。でも何かがある。そしてそれは……初に、関わりがあるかもしれない」
嵐の言葉に、初は溜息をついて困ったように微笑んだ。
「そう、ありがとう」
××××
「こんな所に、村が……」
「……本当にあったのか」
驚いて目を見張っているアリアと一久に、嵐は目を細めて村の方を見据えながら言った。
「あぁ、天然要塞の異名を持つ人でないものの棲む“水無鬼”村」
トクン
その村を見て、初はどこか懐かしさを感じた。
初がこの村を見たことなど、無いはずなのに……。
「……で、これからどうするの?」
いつも自信ありげで強気なアリアだったが、何しろ人とは違うものが住むと噂されている村。水無鬼を見つめながら、アリアは珍しく不安気に嵐に聞いた。
「とりあえずは情報収集だろうな。まず――」
「誰……そこにいるのはどなたですか?」
嵐が説明を始めようとしたとき、奥の森から少女の声が掛かった。
「涙花、誰かいるのか?」
茨麻とは異なる、けれども耳に心地よい低い声で少女を呼んだのは、青年の声だった。
とたんに初達は緊張し、すぐにでも逃げられる態勢をとった。
「はい。誰かいるみたいなのですけれど……」
「待て、俺が様子を見る」
ガサガサッ
どうやら近づいてこようとしながら戸惑ったように告げる少女――涙花を制し、森の奥からは一人の青年が姿を現した。
青年は茨麻と同じ漆黒の髪に、琥珀と新緑のオッドアイ。
そして、茨麻と瓜二つの顔をしていた。
「何だ、お前達は?」
不愉快そうに眉を顰め一同を見回した青年の視線が嵐に止まると、青年は軽く目を見開き、訊いた。
「ラン、か……?」
青年の問いに嵐が答えるより先に、涙花が嬉しそうな声を上げて、隠れていた森から姿を現した。
「ランがいるのですか?」
青年の背中に掴まりながら恐る恐るといった感じで出てきた少女は美人というよりとても可愛く、栗色の長い髪を後ろで一つにまとめ、その珍しい紫苑の双眸には誰もが目を奪われた。
「羽矩と、涙花……?」
驚いたように二人を凝視する嵐に、涙花はにっこりと微笑んだ。
「お帰りなさいませ、ラン」
To be continued...