第15話 想いは、泡沫の幻に消えて。
「憐花ーっ!!」
ぶつけられるのは憎悪か、怨嗟か。
水無鬼に――央雅の血脈に生まれたことを不思議に思うほど、穢れ無き純真な心根を持った『漆黒の焔を操る姫君』に、憐花は狂ったような微笑を浮かべた。
平常心なくして従える事のできるはずの無い焔――それも制御が最も難しいとされている「再誕の焔」をいとも簡単に使役している初花に、憐憫にも似た気持ちを抱きながら。
――この胸を苛むような切なさは、“憐花”のための想い。
次々と向かってくる『瘴気』に、初花は生み出した漆黒の焔をぶつけてその場を浄化していた。
「村を出ていたとはいえさすが“央雅の三姫”――瘴気では叶わないというのなら……」
初花が除瘴を行っているのを目にしながら、憐花は楽しそうに笑いながら右手の手のひらを初花に向けた。
「っ!!」
瘴気に気を取られていた初花は咄嗟に腕で顔を庇い、憐花から放たれた力を致命傷に与える事はしなかった。
「くっ」
顔を覆った両腕は細かい裂傷がいくつも走り、深くないとはいえ傷から血が流れ出していた。
「央雅の姫が司る焔には、こういう使い方もあるのよ」
初花の焔の使用法が偏っている事に気づいた憐花は、悠然と微笑みながら初花を見下していた。
「そして、こういうことも出来る」
命のやり取りではない。一方的な虐殺を楽しもうかとしている憐花は、焔に意識を集中させてその形を刀に変えた。
バッ
振り下ろされた刃から慌てて距離をとった初花の頬にも風圧で裂傷が走り、まるで火傷を負ったときのようにピリピリとした感覚が走った。
「っ」
焔の使い方を感覚だけでしか知らない初花は、僅かに瞠目した。
「“央雅の姫”の能力において焔の稀少さはさほど重要ではない――持つ能力でどれだけの事が出来るかで優劣が決まるの」
楽しそうに微笑みながら初花に告げ、憐花は舞うように刀を繰り出した。
パッ
繰り出される剣技をギリギリのところで交わしながら初花は漆黒の焔をぶつけていたが、初花の生み出す焔は憐花に届く前に相殺されていた。
――なんで……?
その間にも頬に幾筋もの裂傷が増えていた初花は、追い詰められている事も手伝って焦燥感を抱き始めていた。
ピッ
何度目かの剣が初花の頬を掠った後、憐花はどこか不満げに溜息を吐いた。
「あまり同じことやっているのも、飽きてきたわ」
同じ事を繰り返す事しかできない玩具には興味がないといわんばかりの声音で呟くと、憐花は初花から距離を開けた。
「私をあまり、失望させないで欲しかったわね」
どこか残念そうに初花に投げかけると、憐花は幾つもの焔の刃を空に生み出し、初花を四方から囲った。
冷えた視線で初花を射抜き、憐花はそれを初花に付き立てた。
――いや、付き立てようとした。
「初花っ!!」
パンッ
甲高い音が辺りに木霊した後、四方を焔の刃に囲まれていたはずの初花は無傷でその場に立っていた。
「へぇ……修練もなしに結界を……」
どこか感心したように呟く憐花の声を聞きながら、憐花の焔の刃を弾いた初花自身も呆然とその光景を見ていた。
「な……に?」
驚いて自分の手を見つめていた初花は、右手の辺りに陽炎のような漆黒の刀があることに気がついた。
「刀……?」
その刀は初花が意識すればするほど形を形成してゆき、しばらく見つめていると質感や重さまでもはっきりと認識する事が出来るようになった。
「何がなんだかわからないけど……はぁっ!!」
ポソリと呟くと数メートル先でどこか楽しげに驚いている憐花に、初花は切りかかった。
ガンッ
刃が競り合う甲高い音が響いた瞬間、憐花はどこか恍惚とした表情で微笑んだ。
「さすが『カノン』の愛娘といったところかしら……末恐ろしいわね」
ポツリと、まるで独り言のように呟いた憐花は、横から近づいてくる気配に気づき、後ろに跳んだ。
「憐花っ!!」
ヒュンッ
ようやく纏わりついていた瘴気の除瘴を終えた羽矩が、憐花に切りかかろうと刃を振り下ろしたのだ。
「もう少しは持つと思っていたのだけど……」
「甘く見るな! 央雅の姫ほどではないとはいえ、瘴気に対抗する術くらい持っている!」
どこか嬉しそうに微笑みながら呟く憐花に、羽矩は睨みつけながら叫んだ。
そんな羽矩を見ながら憐花はくすくすと笑みを零すと、持っていた刀を地面に突き立ててその手から瘴気を放った。
「ちっ」
舌打ちして草薙剣を構えた羽矩の前に初花は足を踏み出し、瘴気を切り裂くように刀を振るった。
パンッ
「“央雅の三姫”に瘴気が効かないって言ったのは、貴方だよ?」
真っ直ぐに、ただ憐花だけを見据える初花は憐花から視線を逸らさないまま続けた。
「羽矩、憐花の相手は私にやらせて」
「……っだが」
憐花の“器”が愛実であることを考え、初花の言葉に躊躇うように掛けられた言葉に、初花は強い意志を宿して言った。
「お願い」
初花の言葉に羽矩は溜息を一つ吐くと、その場から下がった。
「ありがとう」
「“央雅の姫”の『お願い』には慣れてる」
不本意そうに深く溜息を吐いた羽矩に一瞬だけ視線を戻して微笑みかけると、初花は真剣な表情で憐花に対峙した。
「――生贄とか、村の事とか私にはよくわかんない。私は何も知らなかったから」
初花の言葉に、憐花は表情を消して初花を見つめた。
「“無知”である事はこの世で最も罪だわ。「知らなかった」「聞いた事はあるけれど理解は出来ない」それで済まされる事など何も無い」
淡々と初花に告げると、一久を示すように一瞬視線を投げかけた。
「知らない、理解しない。ではなく、そもそも知ろうとしない、理解しようと努力すらしない――そこの男のように」
「っ」
憐花の言葉に表情を歪めた一久を横目で見ながら初花は頷いた。
「うん……それはいけない事だと思うし、愛実の事は「知らなかった」で済まされることだとは思わない――でも貴方も」
初花はその視界に憐花だけを入れ、一瞬の逡巡の後口を開いた。
「貴方も知ろうとはしない……花恩が、おか……瑛花が、曖花姉様が貴方へ寄せた想いを。願いを――貴方は、確かに花恩に護られていたのに!」
鋭く刻み付けられる、慟哭のような言葉。
初花の泣くような、悲しさに満ちた言葉に憐花はうっすらと微笑さえ浮かべた。
――知っていた、そんな事
憐花は気づかれない程度に一つ溜息を吐くと、突き立てていた刀を握りなおした。
「初花、勝負をしましょう」
その言葉に訝しげな表情を浮かべる初花に、憐花は微笑んだ。
「最期の、決着を――」
一方的に宣言すると、憐花は全ての力を刀に託した。
ガンッ
今までより一層大きな、金属同士がぶつかり合う音が辺りに響き渡った。
そして……
To be continued...
先代の央雅一姫→花恩、ニ姫 憐花、(元)三姫 瑛花、四姫 曖花
花恩の娘(第一子)一姫 涙花、ニ姫 結花、三姫 初花というのが正式な順番です。
ちなみに継承権は基本的に一姫が央雅を継ぎ(能力にもよりますが)一姫の妹、娘(大抵年齢順)に並びます。
まぁ大抵一姫が継いで子供が生まれると、妹達は継承権放棄する傾向が強いですが。




