第14話 護るべきもの
「憐花はやはり、禍々しき者――カレンだったのだ」
中央の間、と呼ばれるその場所。
一族の主だったものが集まっている場所で発言された言葉に、一人の少女は毅然と顔を上げた。
「いいえ。憐花は確かに“カレン”に属する能力を多く内包していますが、決してカレンではありません」
憐花の対として生まれてきた、次代の長である花恩の言葉に、部屋にいた者たちは口を噤んだ。
その会話を、偶然中央の間の前を通りかかった憐花が聞き、そのまま逃げ出したことは誰も気づくことはなかったけれど。
「ふ……っ」
夜も大分更けたころ、央雅のある一室で一人の少女が声を殺しながら涙を流していた。
その手元にあるのは未来を映すという八咫鏡。
少女は、この鏡に映った未来を覆す事が出来ないという事を――未来を覆すのがどれほど危険かを知っていた。
「……っく」
自分が泣く事をあまり良く思っていない一族に知られる事のないように、塗籠に篭って泣いていた少女は、不意にその扉が開かれ、誰かが塗籠に入ってきた事を知った。
「っ誰です!?」
咄嗟に出した毅然とした声もそれまで泣いていた為に僅かに震え、漆黒が包む中少女は侵入者が何者であるのかを気配で探ろうとしていた。
「一人で……泣いていたのですか?」
「蒼……茨?」
几帳を挟んで掛けられた声に少女は驚き、掠れた声を出した。
「一人で泣かないでくださいと、あれほど申し上げたでしょう?」
どこか困ったように言われた言葉に、少女は八咫鏡を握り締めた。
「……」
「理由を言えなどとは言いません。けれど一人で泣かないでください」
困ったように、けれども優しく掛けられた言葉に、少女は几帳から飛び出し蒼茨に縋りついた。
「蒼茨……」
縋りつき泣き始めた少女の背を優しくなで、蒼茨は少女を抱きしめた。
「花恩様」
守人と彼らに護られる主。
そうして出会った二人だったが、恋に落ちるのに時間はかからなかった。
だから……。
「蒼茨――」
躊躇いながらも告げられた“八咫鏡”に映った未来に蒼茨は微笑み、花恩を強く抱きしめた。
「私の命は貴方のものです。貴方の為に生まれたのですから……」
花恩にとってそれは本位ではない答え――
花恩は困ったように微笑み、口を開いた。
「私の想いは、永遠に貴方と共に――」
××××
闇の祭壇に立つのは、長い栗色の髪と翡翠の瞳を持つ少女――花恩と瓜二つの容貌を持つ憐花は無表情だったが、心が、涙を流しているようだった。
「――なぜ、ですか?」
花恩と同じような口調……それは憐花が「憐花」であるための鎧だった。
「私は、結花を愛しています」
告げられた決定的――絶望的なその言葉に、憐花は目を見開いた。
「貴方は……」
言葉を途中で切り、憐花は首を振って青年から視線を逸らした。
「いいえ……“だから”なのですね」
憐花の言葉に青年は軽く目を見開き、口を開きかけた。
「憐」
「分かりました」
青年の言葉を意図的に遮り、憐花は持っていた小太刀で長い髪を切断した。
そして妖艶に微笑み、青年の影に隠れていた少女を見据えた。
「結花、貴方にも私と同じ絶望を」
「憐花お姉様!」
愕然とした表情で“叔母”を見つめた結花は、彼女から発せられた“瘴気”に全身を包まれた。
「きゃっ」
「結花様!」
結花の悲鳴と、驚愕に満ちた青年の声。
混乱が辺りを支配する中、結花は暖かな気配を感じて閉じていた眼をゆっくりと開いた。
「お父様!」
結花の目に飛び込んできたのは、結花を抱きかかえるようにしていた想い人の拓水と、二人を庇うように刀を構えていた蒼茨の姿だった。
「兄上!」
「拓水、結花を連れて逃げろ!」
視線を憐花に向けたまま、蒼茨は切羽詰まったように叫んだ。
「しかし、兄上は……」
拓水の言葉に蒼茨は僅かに微笑を浮かべた。
「大丈夫だ……結花を、頼んだぞ」
微笑みながら告げられた言葉に、拓水は結花を抱きかかえてその場から逃げることしか出来なかった。
全ては結花を護るために。
「邪魔立てしないでいただけませんか? 蒼茨様」
以前は決して聞いた事のなかった冷たい声に、蒼茨は憐花を睨みつけた。
「……憐、花」
辛そうに言葉を紡ごうとした蒼茨に、憐花は瘴気をぶつけようと手を上げた。
パンッ
放つはずの瘴気がすぐさま相殺され、憐花は驚いて辺りを見回した。
「何……?」
「憐花……」
憐花を哀れむように……悲しそうな表情で蒼茨の背後から現れたのは、憐花の半身である花恩、その人だった。
「姉上……?」
訝しげに花恩に視線を送る憐花に、花恩は悲しそうに言葉を紡いだ。
「何故、貴方は自らその道をたどるのですか?」
花恩の言葉に、憐花は自嘲気味に微笑んだ。
「貴方には関係の無いことよ……やはり貴方はあの時、殺しておくべきだった。蒼茨様も、拓水も……私から奪っていくなんて」
「憐花!」
悲痛そのものの花恩の叫びに憐花は微笑み、漆黒の瘴気を放った。
「今更何を言ったって遅いわ!」
「焔よ……我、意のままに」
自らの司る深紅の焔で瘴気を駆逐していた花恩は、瘴気と共に刀を手に向かってきた憐花に気づくことが出来なかった。
ガンッ
刃の拮抗する音が辺りに響き渡り、憐花が悠然と微笑んだ。
「刀では貴方に叶わない。でも……」
微笑みながら瘴気と、そして以前は瘴気を駆逐するために使っていた赤の焔を放った憐花は、その二つに一瞬気を取られた蒼茨の心臓を貫いた。
「ぐっ」
「焔にはこういう使い方もあるのよ?」
微笑みながら、そして花恩の目を見て告げられた言葉に、花恩はそれまで押さえ込んでいた自らの能力が暴発するのを感じた。
「憐花っ!」
「っ……コレは!?」
油断――というより、誤算だったのだろう。
あまりにも強大すぎる暴発した花恩の能力に呑まれた憐花は、一瞬の内にその場から消失した。
そして彼女は言葉を紡いだ。
最期の言葉を。
「……お願い、します。殺して、ください」
“彼”を――蒼茨を想っていたのと同じ時間だけ延ばした栗色の長い髪をなびかせて、紫の瞳を涙で潤ませた花恩はポツリと、後を託した妹達に向かって言った。
花恩の膝には、彼女の愛した蒼茨の頭が乗せられていた。
その胸から、血を流して。
「姉、様……」
辛そうに、困惑した様子で告げられた名前に、花恩は儚く微笑んだ。
「お願い、します……」
その後、瑛花と曖花は幼い初花を連れて村から去った。
結花と拓水は結ばれる事なく、結花が命を終えるのはそれから間もなく。
それは、憐花が知ろうとはしなかった事実。
花恩は憐花を、他の妹や娘達と同じように愛していたのに……。
××××
「憐花ーっ!!」
愛実の体を器としている憐花に向かって、初花は自らの焔をぶつけた。
To be continued...




