第12話 はじまりの場所
「なぜ、貴方は……」
呆然と呟くように紡がれた涙花の言葉にその少女は、本来の少女ならば決して浮かべないような微笑を浮かべ、手を差し出した。
「っ!」
それに続く行動を理解した瞬間、涙花は息を呑み慌てて簡易結界をはり、少女の攻撃から自分の身と囚われていた茨麻を護った。
「彼女は何の関係も無い、普通の少女だったのに!」
悲痛な涙花の叫びにも少女は意に介さず、結界をはり護られている茨麻に手を出す事も出来ないのを悟ると、その場から消えた。
精神体でいる涙花は両腕を頭上で拘束され、気を失っている茨麻に深く結界をはると、彼を助けるために一度自らの肉体に戻った。
幽体離脱。未来を視るだけではない、彼女の能力。
そして目覚めた涙花は、これまで行方知れずとなっていた初花が持つ能力が、自分の対極にあるものだと知った。
それと同時に、結花の遺体が見つかった事も。
全ては、すでに動き出していた。
目覚めた涙花の説明で、黄泉の牢に向かった初花、羽矩、藍の三人は、その場所に革紐で両腕を頭上で縛られ、意識を失っていた茨麻を見つけた。
「茨麻!」
驚いたように声を上げた藍に、初花は漆黒の焔を出現させて革紐だけを焼き切った。
「なんで、こんな所に……」
革紐を焼きながら呆然と呟いた初花に、羽矩は眉根を寄せて苦々しげに口を開いた。
「……まさか、憐花がここまでするなんて……」
吐き捨てるように言われた言葉に初花が首を傾げていると、羽矩は「今は気にしなくていい」とだけ言い、革紐から開放された茨麻を担いだ。
「……」
「……初?」
この世のものとも思えぬ美青年が、同じ顔の青年を担いで部屋を出る図に見惚れていた初花は、目の前で藍に手を振られてようやく現実に意識を戻した。
「ね、藍……藍も、羽矩と茨麻も央雅の血が入っているんだよね?」
羽矩との間が開き過ぎない程度に螺旋階段を上っていた初花は、僅かな声で隣を歩く藍に疑問をぶつけた。
「あ? あー祖母だか曾祖母だかあたりに央雅の姫がいたらしいから……」
「?」
藍の言葉に疑問符を浮かべた初花に、藍は苦笑しながら言った。
「言ってなかったっけ? 涙花と俺は父方、羽矩と茨麻は母方なんだけど、従兄妹」
ポツリと、今更明かされた新事実に初花は驚いて目を瞬かせ、次の瞬間頷いた。
「それなら納得」
「何が?」
藍の理解しきれない所で自己完結させかけた初花に、藍は訝しげに訊いた。
「だって茨麻に会ってから会う人みんな、美形なんだもん」
拗ねたように頬を膨らませポソリと落とされた言葉に、藍は一瞬固まった。
「……藍?」
そんな藍の様子を訝しげに思った初花は、首を傾げて藍を見つめた。
――わかってない……
そう、そんな様子で藍を見つめる初花は、文句の付けようもなく可愛らしかった。
央雅とは無関係で、綺麗系で美人のアリアと小動物系で可愛い愛実に挟まれていたのに加え、央雅の血縁者である姉――実際には叔母だと判明したのだが――曖花の容貌を見慣れていたせいか本人に全くの自覚はないのだが、初花も充分見目麗しかった。
それに加え、この村に来て能力が開花してきたと同時に、その美しさには益々磨きがかかっていることに……肝心の本人だけが気づいていない。
気づいていないというか、気づけていないというか……それは全く持って初花自身の天然気質なせいなのだが。
不思議そうに藍見つめている初花に気づかれないように深く溜息を吐くと、藍は初花を促して螺旋階段を上った。
――自覚させる事は出来なくても、絶対護ってやらなければ
そんな風に決意を新たに秘めた藍の胸中に、初花が気づかなかったのは言うまでもないが……。
××××
衰弱している茨麻を担ぎ、戻ってきた三人――四人を待っていたのは、慌しく邸内を駆けずり回っていたアリアと一久だった。
「アリア! 一久! 何かあったの?」
初花の声にアリアは焦ったように四人に迫った。
「愛実を見かけたりしなかった?」
相当焦っている様子で訊いたアリアに、藍は僅かに眉を寄せた。
「見なかった、が……いないのか?」
「あんな身体で……一体どこに」
掠れたような弱弱しい声で告げ、髪をかき回している一久には構わず、アリアは困ったように言った。
「初たちが出てってすぐ、涙花さんが辺りを見回して『愛実様は邸内にいますか?』って……目は覚めないけど容態は落ち着いていたから――って真白さんは他にも仕事があるって言ってたし、私や一久もずっと愛実についてた訳じゃなくて……部屋に行ったら愛実がいなくなってたの」
珍しく焦り、困惑気味なアリアの声音に藍は羽矩に意味有りげな視線を向けた。
そんな藍の様子に羽矩は深く溜息を吐くと、茨麻を担いだまま涙花の部屋に向かった。
「涙花!」
「……その前に茨麻を寝かせてください」
途中の部屋に茨麻を寝かさずに戻ってきた一行に少し呆れ、涙花は手早く寝所を整えてそこに茨麻を寝かせた。
「涙花、どういうことだ?」
いまだ意識の戻らない茨麻を降ろした羽矩は、前フリなしに涙花に訊いた。
しばしの逡巡の後、涙花は困ったように、どこか苦しそうに口を開いた。
「……わかりません」
「わからないって……」
「だからこそ、お願いしたのです」
思わず言葉を挟んだ藍に、涙花は俯いて答えた。
「どういう意味だ?」
「まだ……何も確証がないのです。私は彼女との接点が全くない――実際にお会いした事もありません。……私の能力とはいえ、体外離脱は私との相性が合いません。だから、ただの思い過ごしであって欲しいのですが……」
苦しそうに言葉を紡いでいた涙花は、勢いよく顔を上げて視線をさまよわせた。
「まさか……」
「涙花、何が見えた?」
驚愕している涙花の視線を捕らえ、羽矩は涙花の頬に手を当てて目を合わせた。
「瘴気、が、漆黒の祭壇に膨大に溜まっています……」
涙花の言葉に、初花が驚いて声を上げた。
「でも先刻、瘴気の殆どを駆逐できたって……」
戸惑いながらも告げる初花に、涙花は呆然としながらも頷いた。
「そのはずです……でも今、一瞬漆黒の祭壇に膨大な量の瘴気を感じました――まさか、結界をはられた?」
驚いたように零された声に、羽矩は舌打ちして草薙剣を手にした。
「確認してくる……藍」
立ち上がり藍に声を掛けると、羽矩はそのまま部屋を飛び出した。
「涙花は八咫鏡で確認を……アリアは真白を部屋に呼んで、初花は――」
「行く!」
初花をどうするべきか悩んでいた藍に、初花はすぐさま同行することを告げ、涙花も頷いた。
「瘴気相手に草薙剣のみでは余るかもしれません」
涙花の言葉に藍は頷き、一久を振り返った。
「一久、お前は……」
「足手まといなのはわかってる、だけど連れて行ってくれ」
どこか切羽詰まったような感じで懇願する一久に、藍は困惑しながらも口を開いた。
「しかし……」
「藍!」
時は一刻を争うものだというのに、普段と違い食い下がる一久に困惑していると、涙花が躊躇い気味に口を開いた。
「一久様は……愛実様のことをよくご存知の方、ですか?」
唐突――とも思えるような言葉に、一久は勢いよく頷いた。
「恋人だ」
一久の言葉に一瞬思案し、涙花は藍に視線を向けた。
「簡易結界をはります――護れますね」
確認の意味での言葉に藍は深く溜息を吐き、初花の知っている幼馴染の『嵐』の仮面を脱ぎ捨てて頷いた。
「承知いたしました」
“央雅の守人”
そう呼ばれるに相応しい雰囲気を一瞬にして纏った藍に涙花は頷くと、一久の額に触れた。
「一久様、簡易ですが結界をはります。瘴気への障壁くらいにはなりますが、あくまで簡易でしかありません。……例え“何があっても”藍の指示に従ってください」
いつもより真剣味を帯びた涙花の瞳に、一久は無意識の内にただ黙って頷いた。
予言めいた涙花の言葉。
その意味を初花たちが知ったのは、全てが終わった後だった……。
To be continued...




