あこがれを得た少年
空がとても愛おしい。
ずっと地下深くにいた。緑豊かで、小さいが海もあった。なかったのは絵本の世界にある、透き通るような天井。
―――天井の中に入れるの?
―――ええ。そこで世界に抱きしめてもらうの。
存在を知ったその時から、僕はその青さの虜になった。
「ユグドラル。行くよ」
相棒のドラゴンの背中を叩いて合図し、背に乗った。手綱を引き、ユグドラルが走り出す、徐々にスピードをつけ、ジャンプをするように足を踏ん張る。次の瞬間、ふわりと浮き、両翼の翼を目一杯はためかせ上に向かって急上昇した。風を切り、地上遥か彼方に向かう。
「いい天気だね。風が気持ちいいし、空を飛ぶのに絶好の日和だよ」
ユグドラルの首をさすりながらそう話かけてると、くすぐったそうに首をひねって頷いた。
雲の下までたどり着いた。いつも大体このぐらいの高さを飛んでいる。雲から流れてくる涼しさが心地いいのと、地上の風景がよく見えるからお気に入り。
「もう、あれから一年になるのか」
かかりつけの医者に作ってもらった補聴器をいじりながら、はるか彼方の水平線を目を細めて見つめる。追い風が優しく背中を押してくる。ユグドラルが僅かにスピードを緩めた。首を少し下げ、くぅんとらしくない声を上げる。そんなユグドラルはなんだが怯えを隠し切れない子犬のようだった。
「僕たちは間違ってないよ。これが僕たちのあるべき姿なんだから」
眼下には広大な緑の大地、木々が集まって森になっているところ、深緑の隙間に涼しげな水色が流れている。起伏の激しい山が連なっている横には平らな平原。黄緑が目立ってひらけたところにはぼつぽつと家々が集まり街になっている。山々から離れていくにつれて様々なミニチュアの屋根が増えていき、たくさん集まっているところからはうるさいぐらいの活気が聞こえてくる気がする。
「この景色は最高だね。僕たちだけの特権だよ」
地上からはるか上空へ行き、そこから見下ろすなんてドラゴン以外に空を飛ぶ手段がないこの世界では貴重なことだ。僕たちは特別を掴んでいるというのにユグドラルは切なげに黒曜石のような透き通る瞳を伏せる。こいつはドラゴンの癖に思慮深く、平和主義だ。
僕は困った笑みを作り、憐みの目を臆病なドラゴンに向けた。
「お前は何も変わらないね。リッカが気に入るわけだ」
ユグドラルはますます縮こまる子犬のようになる。ほんとドラゴンらしくない。
こいつがどんな態度をとろうとも、この壮大な眺めも、どんな生き物も受け入れてくれる心広い青さも、一生手放す気はない。せっかく苦労して、あらゆるものを捨てて手に入れたんだ。
ユグドラルが落ちてきたあの日、すべては始まった。