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16話



 関わりは持たない、という割には町の南側にも彼ら――さすがに〝カエル野郎〟とは呼びづらい――がいないわけでもないようだ。

 宿屋の窓から、往来の様子を眺めていると、歩くのはほとんどが普通の人々。しかし、道の端や物陰に潜むようにして、ひっそりと彼らは混じっていた。

 彼らの雰囲気は、肩身が狭そうに、しかしどことなく不穏な気配をその隠された顔の下に覗かせているか、あるいはもっと純粋に、他の人々を軽蔑し、悪意でも持っているかのような、邪悪な思考を隠そうともしない醜悪な薄ら笑いのどちらかだった。どちらも人目を避けるようにこそこそと隅っこを歩き、いかにも差別的視線や扱いを受けるのを回避しようとしているようであった。


 もっとも、日もとっぷりと暮れた後だ。お互いの顔も、近寄らねばわからないような暗闇の中。注意していても、端を歩くのがあの陰気臭い連中なのだと気づくものはそうはいないだろう。

 一応この宿屋も大通りに面してはいるのだが、そこからの眺めでも街灯の明かりはまちまちとしか見えない。

 暗い。

 夕暮れ時までの活気の良さはだんだんと鳴りを潜め、道行く人も自分のように飯屋などからの帰りか、あるいは酒場帰りの酔っ払いくらい。


 だからこそ、彼らもいるのだろうか。

 ひっそりと歩く彼らは歩きにくいだろう大きな靴を、しかしそれに見合わないほどに小さくパタパタと鳴らし、闇夜を行く。

 町中にこれからも潜り続けるか、あるいは彼らのねぐらである北部の、全員が隠し事でもしているかのような陰鬱さに包まれた、今まさに闇に沈んだ町に立ち並ぶ不格好で今にも崩れてしまいそうなほどの不安定さを見せるあばら家へと帰るのか、どちらかはわからない。

 ふっと、北の町へと視線を向けると、やはりそこにはわずかばかりに漏れ出る家中の明かりしか浮かばず、貧弱な赤の光は、暖炉で燻る薪の燃えカスのように点々と揺らめくばかりだ。

 しかし、そこには今もきっと、いや、それこそ夜だからこそ人目をはばかることもなく、あのぬかるんだ地面を嬉々としてひょこひょこ歩いているのだろうと想像させた。


 この、南の町のメインストリートとて変わらない。あの先天的か後天的かはわからない質の悪い遺伝病のようなものを患った者たちは、人の活気が戸口の裏へと引っ込んだ後の薄暗がりの中だからこそ易々と姿を見せるのだ。

 彼らがこの町で何をしているのかまではわからない。

 さすがに、人攫いの算段を立てているとは思いたくはないものだ。


 夜空に浮かぶのは逆三日月。

 闇夜を歩くには心許ない光だった。



 ***



 ボドワンはあれきり、話は終わりだとばかりに店を出て行ってしまった。彼の他には、似たような話をしてくれそうな人はいなかった。

 帽子の彼にちらと目をやってもみたが肩を小さくビクつかせた後縮こまってしまった。

 彼もきっと、話してはくれなかっただろう。


 自身もその後は残った料理を平らげて店を出た。

 結局、北部の人たちが本当に人を攫っていたのかどうかはわからず終い。

 彼らがまっとうな人間なのか、それとも少しばかり頭がいかれただけの人間なのか――あるいは化け物なのか。それはボドワンの話だけでは判断しきれない。

 しかしまあ、それも当然か。普通なら人間でないものだとわかっていたならば、近くに住まうことを許したりはしないだろう。ボドワン、いやこの地にもともと住んでいた人たちも、それがわからなかったからこそこんな中途半端な対応をせざるを得ないのだ。



 まあ、彼ら自身のことは正直そこまで重要ではない。問題は、彼らとあの犬共との間に共通項があるかどうかだ。

 ボドワンの口ぶりから、彼らの怪しさは見た目によるものだけではないということが分かった。憶測や噂話に過ぎないのかもしれない。しかし、最後の苦々し気な表情だけは本物のようにも思えた。

 

 もし、本当に外道に生きる連中ならば。

 あいつらのことを知っている可能性は低くはない。

 幸い、数は少なくとも南部にまるきりいないというわけではないらしい。人数的に探すのは難しいかもしれないが、普通の人と見間違えることもまずない。

 北部に足を運ぶのは億劫だったが、これならば都合がいい。

 明日にでも少し探してみようか。



 ***



 簡素なベッドから身を起こす。

 若干かび臭く、ぺしゃんこに潰れたマットレスでは快眠には程遠かった。

 疲れが残っているわけではない。気分的な問題だ。


 部屋が個室でなかったことも理由の一つだろう。とった宿はジューブルッフでも下から数えたほうが早い安宿。とはいっても宿自体3つもないようだったが。つまりは一番目に安いところ。

 屍食鬼探しがどれだけ長引くかはわからないので、節約は重要だ。


 部屋は古びた板張り。歩くたびに床が軋む。

 最低限の掃除はされているようで、ほこりが舞うようなことはなかった。

 寝台は部屋の四隅にそれぞれ1つずつ。それぞれ鍵付きの金庫兼サイドチェストが備えてあるが、なんとも脆そうな木製のそれで、鍵もガタガタであった。壊されて盗まれるという心配よりも、鍵が開かなくなるのでは、というほうが心配なくらいだ。

 結局、一通りに荷物を詰め込んだ革袋は抱いて寝た。


 しかし、それすらも用心のし過ぎだったらしい。薄々気づいていたが、同部屋になった利用者は誰もいなかった。この分だと残りの3部屋にも利用者がいるかどうかは怪しいところだ。

 ここのオーナーの本業はきっと一階の酒場なのだろう。もはや宿屋は趣味の領域だ。



 朝食も昨晩と同じ店で取った。パンとスープと、メニューの中では安く簡素なものを選んだのだが、それでも魚はついてくる。それだけここではたくさん獲れるのだろう。北部でのあの樽を見た後では疑問もわかない。


 食事も終えた。

 昨日はろくに見れなかった、ジューブルッフの町並みを見て回ろう。

 本来なら今頃駅馬車に揺られていただろうことを思うと少し複雑だが、仕方のないことだ。炭坑はもう、諦めた。


 昨日さんざ迷った後だ、ある程度道も覚え、今度は迷うことなく広場のほうへと向かってみれば、昨日の停留所も遠くに見えた。今は出発前の時間らしく、御者が馬の世話をしているのが見て取れる。行先は、バルトーではないどこか。パーヴァペトー経由のどこか、あるいは都市の方だろう。


 広場は小さな噴水を中心とした円状のスペースだ。広場の形に合わせるように敷石も並べられている。噴水の周囲にベンチがあるくらいで、他は特に何もない。いや、円周上に街灯があった。今の時代、街灯はなかなかに珍しい。

 まだ時間が早いからか、道行く人もまだ少ない。機械工場もない小さな町では規則正しい仕事時間というほうが珍しいのだろう。それこそこの時間から開いているのは朝食という需要のある飲食系くらいだろうか。


 一方で店舗を持たない露店商人たちはすでに商いを始めている。客がいないところを見れば準備といったほうがいいのだろうが。

 しかし言っては何だが、ここらの規模の小さな町で商いをしていてもうけはあるのだろうか。

 おそらくは田舎では手に入らない類のものを売っている行商人なのだろうが、いったいどれほどの収入になるのか。

 ちらちらと伺っていると客引きに合いそうだ。昨日世話になった露天商とも目が合ってしまったが、無駄遣いはしないのだ、すぐに目を逸らした。何を売っているのか、気にならないわけではない。昨日ゆっくり見れなかった分特に。

 なんとなく居心地も悪くなり、足早に広場を後にした。



 曲がりくねる道を適当に歩いたところで、同じような景色が続く。

 空は見上げるまでもなく、まだ明るすぎる。

 癖でいつも通りに起きてしまったが、早すぎたらしい。もっと遅くまで眠っていてもよかったかもしれない。

 仕事がないというのも暇なものだ。

 普段ならば朝から夜まで時間が過ぎるのも一瞬だというのに、町の中央の尖塔――時計台を見上げればまだ朝食をとってから30分もたっていない。

 やらなければいけないことがあると、観光でもしようか、なんて羽目を外す気分にもなれずどうにも焦れったさばかりが募る。

 自然歩調も速くなる。時間が無駄にならないのはいいことだが、時間つぶしとしては相性が実に悪い。


 その後も少し歩いてみたが、目当ての彼らは表に出てこない。薄暗い路地裏のほうを覗いてみても見当たらなかった。

 単に仕事をしているだけとも考えられるが、彼らが普通に働いているところなんて想像もできなかった。

 昨日の、北側の町の商店の店主を思い出す。

 無愛想で、不遜で、おそらく無口。

 店の前でどんと座るだけで客引きも売り出しもしない。あれで接客は無理だろう。


 そんな彼らも昼時ならば昼食をとりに出てくるだろうか。昨夜で食堂を利用するということはわかっていたので、あり得る話だ。

 ならばそれまで暇である。

 町を眺めて周っていても、それはそれで暇はつぶせるのだがどうにも時間を無駄にしている気がして仕方ない。


 ああ、そういえばボドワンは一つ気になることを言っていたな。


 ――墓でも、見に行こうか。



 ***



 いきなり墓地への行き方を教えてください、なんて言われたらまず間違いなく怪しまれるだろう。

 ここらでも墓参りの習慣がないわけではない。季節も晩秋から冬に行うのが一般的なようだが、それも先月のこと。少しばかり遅かった。

 更に言えば交通の発達していないこの時代、生まれ育った町を離れるなんてことはそうそうない。鉄道の普及が始まり、また他国から伝わった工業化のあおりを受けて都市部へ出稼ぎに、なんて時代でもあるのだが、それでも少数派だ。

 ゆえに共同墓地に入るのは基本的に同じ地で生きていた人たち。そしてそこに眠る者たちに会いに墓を訪れるのも、やはりそこに住む人がほとんどなのだ。よそ者とは縁遠い場所である。


 町の案内地図のようなものでもあればなによりなのだが、そういったものが登場するのは観光という余暇の楽しみ方が大衆化した、もっと後の時代だろう。

 やはりというか、案内板の類が一番ありそうな広場にも、当然なかった。


 つまり歩いて自力で探すしかないわけだ。

 高台から町を見下ろした際、もっとよく見ておくべきだった。まさか墓地が2つあるなんて、あの時は思いもしなかったから。

 昨日ボドワンにでも聞いておくべきだったか? しかし急に「その墓ってどこにあるの」なんて言えるものでもない。さすがの酔っぱらいでも不審に思うことだろう。

 別にここに定住するつもりがあるわけでもない。そこまで外聞を気にする必要もないのだが、どうも邪険にされるというのは好きになれない。

 できるだけ穏便に事を済ませたかった。

 ……なんだか裏稼業でもしている気分になる。汚れ仕事であることは間違いないのだが。


 とりあえず、町の外周でもぐるっと回ってみようか。幸い、見るべき方向は半分で済む。

 何せ、北部の人たちを毛嫌いするあまりに分けた墓地なのだ、わざわざ町の北側に作るわけがない。

 ならば探すのは南側の外周、その中でおそらく別の町につながっていそうな街道以外の細道。土地に限りのあるような地域ならまだしも、あえて町中に作ったりはしないだろう。


 条件はわかりやすいようで、なかなか難しそうだ。

 まあ、時間だけはたっぷりある。最悪昼を過ぎてしまってもいい。

 日が暮れてからこそ、彼らが本格的に姿を現すのだろうから。



 町の外れに行くほど、当然のように建物は少なくなっていく。密集していた家々も間隔が空いたり、そもそも建物が大きくなっていったり。あるいは、最近できたばかりと思われる物があったり。建物の外観こそはやはり白壁と暖色の屋根とあまり変わりはないが、それでも中心部の密集具合とはかけ離れ、空いたスペースには小さなテラスを設けたり、ガーデニングとまではいかずとも、夏季には咲き誇っていたであろう植木鉢などが脇に置かれていた。

 また、中心のゴシック調の時計台ほどではないが、どことなく建築様式の異なったような建物も、少数派ではあったがちらほらと見られもした。


 そんな中で特に印象的だったのは簡易な木造の建物と、町の外ではあるが、湖に面した造船所だった。


 木造の建物は急遽建てたといった風で、漆喰の塗り壁でも石造りでもないそれは周囲から浮いていた。片流れのシンプルな平屋だが小さいわけでもなく、極端なほどの装飾の少なさから速度と実用性のほうを重視したのだと思われる。

 住んでいる――といっていいのか、利用している人は一般の住民ではない。思わぬところで見ることになったが、鉄道警備隊の制服を着た男たちが出入りしているようだった。

 つまりは彼らの詰め所というわけだ。


 ジューブルッフには鉄道駅はない。最も近いのはパーヴァペトーか、ここよりさらに西へ線路をたどった先にあるどこかの町だろう。

 鉄道警備隊は基本的に鉄道駅のある町に支部を置くのだが、ここは例外というわけだ。

 理由は、先の暴動だろうか。

 ロランスの客から線路を壊そうとした、と耳にした。南部の住人がそんなことをするとはとても思えない。偏見かもしれないがおそらくは、北部の住人の仕業なのだろう。


 そういう理由もあって、二度目がないとは限らないとみて、急遽簡易な支部が設置されたのだと思われる。だからこその質素さ、簡易さなのか。

 ジューブルッフにも駅があったとしたら、きっともっと立派な詰め所ができていたことだろう。

 ここでは北側に線路を敷いているのだが、詰め所がこちら側にあるのは、まあ仕方のないことなのだろう。好き好んであちらに住もうなんて普通は思わない。

 住民性だけでなく、生活水準においてもだ。


 時折外に出てくる彼らは非常に暇そうだ。

 立ち話をしている様子なども見て取れることから、近隣住民との仲は良好なようだ。しかし本来の駅内、駅周辺での警邏、そして駅務員としての仕事のない今の待遇は彼らにとって不満しかないのだろう。どことなく顔に陰りもあった。

 鉄道警備隊に採用されるのは真面目なものが多く、またエリート志向でもある。そんな彼らにとってジューブルッフでの勤務は、意図はされていないだろうが左遷先のようなものなのかもしれない。



 造船所は町の西端、大き目の湖のそばにあった。

 少し興味深かったので、思わず近くまで立ち寄ってしまった。とはいっても、湖の畔から眺める程度だ。

 岸から伸びる桟橋に腰掛け、視線を向ける。


 造船所といえばドックというのだったか、でかい倉庫のような建物、そして立ち並ぶクレーンなどがイメージされるが、そういったものとはちょっと違った。

 例えるならば町工場のようなものだった。

 平屋の建物がいくつか並び、大きな荷物、材料や完成した船などを運びやすいようにか一部の壁が解放されているものが多い。そこが作業場となっているようだ。開けた部分が湖にも面していたたため、桟橋からでも中の様子が見て取れる。


 また、いわゆる漁港の役割も果たしているのかもしれない。それほど距離を置かずに作業場とはまた雰囲気の違う建物がある。それこそ倉庫風の建物だ。あそこで水揚げやら貯蔵やらを行っているのだろうか。



 扱っている船はガレオン船やトロール船のように立派なものではなく、ほとんどがマストも一本の小さな帆船だった。

 大きな船は湖で使うには役不足なのだろう、そういったのはやはり海に面した町の大きな造船所で作られる。

 そしてそのまま海上で運用するのだ。

 それと同じように、湖に並んでいる帆船も、ここで作られたのだろう。そしてこの帆船で、昨日今日と食べた魚を捕るのだろう。

 今日は漁に出ないようだ。帆はたたまれ岸に係留されている。少しばかり残念だった。


 そういえば、川での漁もするのだろうか。

 鱒が出てきたということは、するのだろう。

 しかし小型のエンジンなんてまだできていない。いくらゆったりとした流れとは言え帆船で遡上なんてできるのだろうか。川のほうに船があったかどうかは覚えていない。

 まあ、漁といってもなにも必ずしも船が必要なわけでもない。考えても仕方ないと思考を打ち切って、職人たちを眺める作業へと戻った。



 時折眺めているのに気づいて、こちらに『見ていくか』とでもいうような素振りを見せる人もいた。なかなかに気前がいいようだったが、さすがに作業の邪魔をしてしまうのは悪いと、首を振って断った。それはそれで、申し訳なさを覚えてしまったのだが。

 目的も別であるし、長居するわけにもいかなかった。そう納得しよう。

 結局遠目から見るだけだったが、どうにも今は船を造っている、という風には見えない。

 メンテナンスだろうか。

 新品には見えない、ヨット――イメージのしやすい一人用のそれよりももっと大きなもの――のような帆船を大胆にも分解していた。

 不覚にも男心というか男のロマンというかがくすぐられてしまった。はたから見れば大きな模型を作っているようでもあった。

 普段は水面下に隠れているであろう船体が見れるのも面白い。


 しかし、一番目を引いたのは船ではなかった。

 そこで働いている職人の一人に、どうにも気になる人物がいた。

 それを見つけていこうは、視線はそちらばかりに行ってしまう。

 周りの屈強な男の中で唯一といっていいほどの痩躯。遠くからでもはっきりとわかるほどの縦に平べったい歪な頭部と、体とは不釣り合いに大きな手。

 間違いなく、北部の住人……その特徴を持つものだった。


 あちらに住むものが南側でこうも普通に働いているとはあまり考えづらい。ボドワンが言っていたように、〝混ざってしまった〟ケースなのだろうか。

 彼も別に虐げられているという風には見えなかった。しかしほかの職人と談笑に興じたりはしていない。

 もっとも集中しているだけかもしれないが、なんとも当たり障りのない、というよりも半ば不干渉に近いような関係性を築いているように見えた。


 彼はこちらの視線に気づくと、そそくさと作業場の奥のほうへと消えて行ってしまった。

 これ以上は邪魔にもなるかと思い自分もその場を後にした。



 ***



 そういった、ちょっと気になるものを目にとめながらも町の外周を歩き、時には小道を進んでみたりを繰り返しているうちにようやく墓地を見つけるに至った。

 日はすでにてっぺんを越え、傾き始めていた。

 燦々と降り注ぐ日差しが肌寒い気温の中では心地いい。空は快晴。雲もほとんど見当たらない。

 北の空だけが、どことなく灰色じみていた。




 予想よりも少し時間がかかってしまった。

 外周をまわるだけならもう少し早いかとも思ったのだが。時折寄り道もしてしまったし、仕方ないか。


 墓地内はやや色の褪せた芝に覆われている。

 周囲は常緑の木々に囲まれ、外界とは仕切られている。丁寧に剪定されたそれは北部の鬱蒼とした林とは正反対だ。おそらくは植樹されたものだろう。

 中央には石畳の通り道があり、時折左右へと枝を伸ばしている。


 墓はあの陰気な湿地帯と比べ圧倒的に多く、また種類も様々だった。

 大別することはできるが、それでも個々のバリエーションが多く、ある種雑然としている。

 オーソドックスなのはプレート状の墓石、あるいは十字架を立てているだけのもの。大半がこれらだ。次に多いのは大きく縦に長い、棺桶のようなもの。地面に横たわるようにされたそれは、表面に十字のマークが描かれたものもある。


 そして、最も印象的なのは柱や屋根すらも持ったもの。小さな神殿や教会、あるいは祠といったところか、墓というにはやや豪勢に見える。それらは自分の身長より大きいものがほとんどだ。あまりにも自身の持つ墓のイメージからかけ離れていて、一瞬何かの施設かと勘違いしてしまった。しかしそれらもちゃんと周りと同じように、丁寧に区画分けされた墓地内に並んでいた。

 まさかこんなところで文化の違いを覚えるとは思わなかった。


 石畳の道を歩き、広めの敷地を一周してみるも、墓地内には荒らされた様子など見当たらなかった。それどころか清掃も行き届いている。頻繁に人が掃除にでも来るのだろう。

 たしか、墓の管理は自治体が行うのが定例であったはずだ。

 あの陰気臭いほうの墓地はどうなっているのかと聞いてみたいところであったが、生憎そう都合よく管理人がやってくるなんてことはなかった。


 墓地内は実に平和だった。静謐な空気に満ちているとはいえ、陰鬱さはない。春や夏に比べてやや緑も褪せているが、今でも小鳥のさえずりさえ聞こえてきそうなほどには穏やかだ。

 言ってしまえば、期待外れだった。



 自分が求めているのは、無残に荒らされた墓と、そこにたむろする墓荒らしたちの存在。

 下卑た笑いに口を歪め、だらだらと汚らしく唾をまき散らす不浄のヤツら。そんな化け物どもが墓を掘り起こし、土の下に穏やかに眠る者たちをその牙でもって犯している光景を求めているのだ。

 ある種神聖な空間の中に、彼らのような冒涜的なものの姿を望むのは、きっと、いや間違いなく罰当たりなのだろう。

 しかし、どうしても必要だった。


 それがない以上、ここにいる意味もない。


 時間を大いに無駄にしてしまった。

 少しばかり期待していたため、落胆もそれなりだ。

 思わず天を見上げる。

 白く輝く太陽が、今ばかりは憎らしかった。



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