残念ですが、聖剣は非正規使用者に抜かれてしまいました。
──"聖剣"。
それは、主人公が仲間達と共に強大な敵に立ち向かうような冒険譚に出てくる、最高の性能を誇る武具の一つである。
しかし、その在り方は千差万別であり、4つに分けた悪しき者の魂を封印するために聖地の奥に封印されていたり、邪竜を1000年間封印するための手段として城の最奥部に結界で封印されていたり、挙げ句の果てには悪しき者の手に渡ったことで突如所在が分からなくなり、人殺しに使われていく内に剣に宿る精霊すらも悪に染まって"血塗られた魔剣"と化し、洞窟の奥深くに封印されてしまっていたりするものまで様々である。
そして、とあるファンタジー世界に存在している聖剣・メイナスもまた、村の外れの森の奥に設けられた台座に突き刺さった状態でその真の力を封印し、次なる勇者の出現を待つ聖剣の内の一振りであった。
「ふんぬ……っ、ぐぎぎぎぎ……!!」
そんな台座の上で少し腰をかがめ、両手で剣の柄をがっしと掴んだ三十代ぐらいの冒険者の男が、魔法の支援効果が掛かった状態の全力で引き抜こうとする。
しかし、男は聖剣を台座から抜くどころか、ただただその個性的な顔を面白おかしく変化させ続けるだけである。
結果、その挑戦の制限時間が終了を告げたことにより、列に並んでいた次の挑戦者が聖剣を抜く番となった。
〔ホント、人間ってロクなのが居ないわね……〕
台座に突き刺さっている聖剣──メイナスは、勇者にしか聞こえないその声で、吐き捨てるようにそう言った。
メイナスの台座の前には長蛇の列が並び、自分の番が来ると台座前の会計を担当している村人に挑戦料を渡し、メイナスを抜こうと試みている。
その村人が会計を行っている少し手前の位置に設けられた看板には、こう書かれていた。
『聖剣抜剣チャレンジ 1回800G 制限時間90秒
聖剣を抜けば、君こそが世界を救う勇者だ!』
──と。
(くくく……一時はどうなることかと思ったが、聖剣チャレンジのお陰でがっぽがっぽ……更に最近は魔物の動きが活発化しとるお陰で挑戦者も増える一方……。いやはや、聖剣様々じゃの)
列の最後尾案内をしている村長は、とぼとぼと村の宿へ帰っていく挑戦者達を見送りながら、心の中でほくそ笑んでいた。
──そう、この村では"聖剣が勇者以外に抜けない"と言うことと、"聖剣を勇者に渡すという先祖代々の役目"を利用し、十数年前から観光産業としてメイナスを利用していたのだ。
そして、その腐った心は開始以来徐々に村全体に感染を広げ、村民達は最早「聖剣チャレンジ」無しでは立ち直るのが難しいほど、メイナスに頼り切った生活を送っていた。
〔……勇者様、早く来てこの人達を懲らしめてくれないかしら……なんて願ったところで、すぐ来てくれるはずも無いけど〕
この先何年待てば良いんだろう、とメイナスは聞こえぬ言葉を零す。
そして、聖剣チャレンジの本日の募集が締め切られ、その最後の一人が受付の村人に挑戦料を渡す。
すると、その挑戦者の男は、村人に向かってこう言った。
「悪ぃ、ちょっと荷物預かっててくんねぇか?」
「いえ、それは構いませんが……お兄さん、お一人ですか?」
その言葉に、メイナスは呆れを通り越して逆に感動すら覚えてしまったのも、無理も無い話だろう。
勇者の魂を持たぬただの男が、魔法の効果も無しに自分を引き抜こうとしているのだから。
「ああ、オラ一人だ」
「さ……、左様でしたか……」
「よく分かんねぇんだけんど、皆オラにゃついてけねぇっつって、向こうから居なくなっちまうんだ。
……ところでよ、スキルや魔法ならどんな手を使って抜いても良いんだよな?」
「ええ、違法薬物や禁術指定されている物で無ければ何でも構いませんよ。
では、私からはせめて、抜けるよう祈らせて頂きますね」
〔そんなこと、微塵も思ってない癖に……〕
メイナスは村人に聞こえぬ悪態をつきながら、本日最後の挑戦者を認知する。
その男の眉は太く、顔付きは男前と言えなくも無い程度には整っている。歳は2、30代頃とまだ若い。
旅慣れているのか、くたびれたマントを羽織っており、その剣は度重なる研磨で刀身が大分短くなっている。
しかし、真っ直ぐな瞳を持ったその男であっても、勇者の魂を宿しているわけではない。
「故郷の皆の仇を討ちてぇんだ……。聖剣よ、オラに力ぁ貸してくれ……!」
その小さな呟きに、メイナスは何ともいたたまれない気持ちに包まれる。
この男は、とても真っ直ぐな心を持っている。
だが、いくら優れた人格者であっても、勇者の魂を宿していなければ自分をこの台座から抜くことなど出来ない。
〔ごめんなさい……〕
挑戦者の男の手が柄を掴み、引き抜こうとする。
しかし"魂の波長が一致しない限り、封印の台座からは抜けない"という呪いが掛けられているメイナスはうんともすんとも言わず、一切微動だにしない。
「流石聖剣だ……、ビクともしねぇや……」
男は様々な持ち方でメイナスを抜こうとするが、当然1ミリすらも抜ける気配は無い。
すると、「後60秒ー!」という村人の声が聞こえたタイミングで、男がスキルを発動する。
「"魔闘衣"、2倍だァッ!!」
〔…………〕
男の全身を淡い赤色のオーラが包んだその光景を見ても、メイナスは特に何も思わなかった。
魔闘衣は全ての身体能力を何倍にも強化するスキルだが、魔力制御が難しく、少し調整を間違えれるだけでそれが死に繋がるような危険を伴う技である。その調整の難しさは、過去メイナスを使ってきた歴代の勇者ですら、4.4倍まで引き上げるのが限界だった程だ。
「やっぱこんな程度じゃビクともしねぇか……。
3倍ならどうだ……っ!!」
〔へぇ……、中々やるじゃない。でも……〕
メイナスは、年齢の若さの割に扱える最大倍率が高いことに感心する。
しかし、その倍率の魔闘衣に支援効果を付けた状態で抜こうとした挑戦者も勿論居る。
メイナスの身体は台座に突き刺さったまま、相変わらず一寸たりとも動いていない。
すると次の瞬間、メイナスは信じがたい台詞を聞くことになる。
「なら……っ、6倍だっ!!」
〔………………は?〕
今のは自分の聞き間違いだろうかと、メイナスは困惑する。
だが、今聞いた台詞を精査しようとするよりも前に男が纏っている赤いオーラの色が見たことの無い濃さになった事と、むしろ引き抜かれようとしている自分が若干痛みを感じているという現実を前に、困惑などしている猶予すら与えられることは無かった。
「後30秒ー!」
それに加えて、制限時間が残り3分の1を切ったという現実が、メイナスを諦めモードへと引き戻す。
〔確かに凄い才能だけど、流石に無理よ! これ以上続けたら、あなたが壊れちゃう!! お願い、もう止めて!!〕
まさか、自分を引き抜くのに挑戦しただけで死者が出たなど、あまりにも夢見が悪すぎる。
メイナスは勇者以外に自分の声が届かないという性質を忘れ、挑戦者の男に訴え続ける。
──だが、メイナスはこの時声を掛けるのに夢中で、気付いていなかった。
自身の刺さっている台座から、今まで一度も聞いたことが無い異音がし始めている事に。
そして──
「もう少し……、保ってくれよ、オラの身体!
"魔闘衣"、8倍だーーーーーッ!!」
挑戦者の男の身体を包んでいた赤いオーラの様相が、ガスバーナーの炎のような勢いのあるものへと変化する。
眩く煌めく赤い光を放ち始めたそれは辺り一帯を包み、メイナスや村人達の視界は、一瞬にして赤の色に染まっていく。
そして、視界を覆っていたその光が次第に治まり、一同は徐々に視界を取り戻す。
「……あ……、ああ……っ、あああああああっ!!??」
最初に声を上げたのは、挑戦者達を金ヅルとしか思っていない腹黒村長であった。受付を担当していた村人は、その光景に尻餅をついたまま口をパクパクと金魚のように開閉させるのみである。
〔一体何が…………へ?〕
メイナスも視界を取り戻し、周囲の状況を確認しようとするが、すぐに凄まじい違和感に気付く。
〔何で、下に……?〕
何故、地面に刺さっているはずの自分が、自分を両手で掴んだままの挑戦者を上から見ているのか。
〔何か、暗い……?〕
何故、聖剣を握っている男に大きな影が落ちているのか。
〔それに、やたら重いような……〕
何故、自分の切っ先の方でやたら重力を感じるのか。
メイナスは、恐る恐る切っ先の方を捉え──
「〔なんじゃこりゃああああああああ!?〕」
腹黒村長と同時に、絶叫した。
メイナスは、確かに挑戦者の男の手に握られ、確かに抜かれてはいる。
だが、その切っ先は未だ台座に突き刺さったままであり──つまり、男が無理矢理抜こうとしたことで台座はおろか、メイナスに掛けられている"抜けない呪いが及ぶ範囲の地面ごと"ぶっこ抜かれてしまっていたのである。
「や……、やった!! 聖剣が! オラ、聖剣を抜いたぞーーー!!!」
メイナスが現実とは思えぬ光景に度肝を抜かれていると、魔闘衣を纏ったままの挑戦者の男は歓喜し、メイナスをぶんぶんと振りながら小躍りする。
そしてその結果、振られているメイナスに遠心力が働き、その刀身に凄まじいGが不規則に襲い掛かる。
そのGは、神が遣わした鉱物・オリハルコンで精製されたメイナスの刀身を軋ませるほどであり──
〔待って、ちょ待っtぎゃあああああ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃい!!〕
当然、メイナスもその激痛に聞こえぬ悲鳴を上げ続ける。
しかし、当然ながらと言うべきか、その現実に異を唱える人物が一人居た。
「待てぇぇぇぇぇぇい!! 反則ッ!! それは反則じゃぁぁぁぁぁ!!」
それは、聖剣チャレンジで村の貯蓄を肥やしていた村長であった。
〔この男に仲間がついていけないのって、そう言う意味かーーーッ!!
そして腹黒村長ナイスッ!! 今回だけは流石に感謝したげる!!〕
メイナスは確かに、挑戦者の男の力になってやりたいとは思った。だが、こんな形で使われ続けていては流石に身が持たない可能性が十分にある。
だが、挑戦者の男も黙ってハイそうですかと従うわけがなく──
「何だよ、抜けたんだからオラのもんで良いじゃねぇか!!」
「抜けたと言ってもお主のはただの力技じゃろうが!?」
「力技で抜いたらこうなっちまっただけだろ!?
違法じゃなけりゃどんな手段でも良いってルールにあったぞ!?
オラ別に反則事項に触れてねぇだろ!?」
「常識と言う物があるじゃろ!?
肝心の台座から抜けとらんではないか!!」
二人の言い争いが、村外れの森に木霊する。
だが、挑戦者の男が放った次の一言が、村長に決定打を与える事となった。
「でもよ、"台座から引き抜け"なんて一言も書かれてねぇぞ?」
「えっ……」
そう指摘を受けた村長は、受付を担当していた村人から聖剣チャレンジのルールを書き記した紙を奪い取り、血眼になって全文を確認する。
──しかし悲しきかな、挑戦者の男が言ったとおり、そこの引き抜いたという定義に"台座から"とは一言も書かれていなかった。
「……………………」
だが、まだだ。まだ終われない。
ここに無いなら、小さな文字で端っこに書き加えてしまえば良いだけのこと。
村長はそう考え、懐に入っている鉛筆を取ろうとして──パラパラと土が落ちてくる感覚と共に、自身に影が落ちた事に気が付いた。
「いやー悪ぃ悪ぃ。オラ曲がったことが許せねぇ性分でよぉ。
……ふざけたことすんなら、おめぇぶっ潰すぞ?」
「どうぞ……、ご自由にお使い下さい……」
聖剣(地面付)を軽々と力技で振るわれて脅迫された村長は、アッサリと男に聖剣の所有権があることを認めてしまったのだった──。
◇ ◇ ◇
──"聖剣"。
それは、勇者が魔王に立ち向かうような冒険譚に出てくる、伝説の武具の内の一つである。
しかし、その佇まいは千差万別であり、光の差し込む森の中にある謎の台座に雨風に晒され続けた状態で刺さっていたり、聖なる神殿の地下空間にある台座に刺さっていたり、挙げ句の果てには長い間放置され、錆びきった状態で洞窟の奥深くの地面に刺さっていたりするものまで様々である。
そしてこの世界の聖剣は、なんとあろうことか非正規の使用者に無理矢理引き抜かれてしまったことにより、台座とその周辺の地面が刺さったままの状態で戦槌のように振り回され続けている。
「行くぞ、"輝炎斬"六連撃ィ!!」
"輝炎斬"──元はただの"火炎斬"だったスキルが、聖剣で使用したことによってキラキラのエフェクトが付き、魔物に対して与えるダメージが大きくなったスキル──によって、行く手を阻んでいたギガンテス達が、その身体の一部を聖剣(の切っ先に付いた地面の塊)によって潰されながら絶命していく。
……当然ながら剣の刃が届いていないため、肝心の炎の力を宿した刀身が当たっていないのだが、敵の身体にぶつかれば当然メイナスに掛かるGも大きくなるわけであり──
〔ギャアアアア折れる折れる折れるっ、刀身折れちゃうううううう!!〕
今日も勇者以外に聞こえることの無い叫び声を上げながら、メイナスは非正規使用者によって使われ続けている。
これは、力ずくで無理矢理聖剣を抜いた一人の男による、冒険の物語。
頑張れ、メイナス! 非正規使用者がいつか君を手放すその日まで、折れないよう気合いで耐え続けるのだ!!
〔無理じゃボケェェェェェェエ!!〕
ぱっと思いつきで書いた読切です。
お読み頂き、ありがとうございました。