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なんでもない朝に  作者: 青柳藜
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その2

 あの日、私がいつも通り学校に行くと、美樹の席が空いていた。先生は美樹は風邪をひいたって言っていたから、私はひとりで準備を進めた。

 でも、美樹は一週間たっても学校に来なった。さすがにおかしいと思っていたころ、担任の先生はホームルームでこういった。

「実は、皆さんに隠していたことがありました」

 本田さんは、持病によりしばらく入院することになりました。もともと、彼女がここへ来たのも持病を治すためで、本人からは伏せるように言われていたけれど、昨日本当のことを言ってくれって言われたから皆さんに伝えました。先生の言葉が、耳の遠くでぼんやりと響いていた。

 私は学校が終わるとすぐ、先生に美樹が入院している病院を聞いた。無理やり聞き出すと、私はすぐにそこへ向かった。

 エレベーターを待っている時間がまどろっこしくて、私は病院の階段を駆け上がった。目指すは二十階。日ごろから運動をしていない私には十分すぎるほどにきつかった。

「美樹!」

 息を切らして病室のドアを開けた私に、美樹はすごく驚いていた。

「なんで、教えてくれなかったの? こんなに大変なんだったら、私――」

「大丈夫、たいしたことないよ」

 ベッドの上の美樹は、笑顔で言った。

「嘘だ」

 その美樹の声を、私ははねのける。

「美樹、あなたは気づいてないかもしれないかもだけど、あなたがごまかすときって、いつも変に笑っちゃうんだよ?」

 私の言葉に、美樹は少しうつむいた。

「あなたがあたしを心配しちゃうから。あたしはまだあなたと会って一か月ぐらいしか経ってない。だから」

「だから、何?」

 美樹の言葉をさえぎって、私は言った。

「だから忘れてもいいって? 美樹のことを? ふざけないでよ!」

 心の中からはいろいろな思いがあふれていた。水をためすぎた青い瓶から、虹色に輝く水があふれるように、いろいろな色の感情が流れ出していった。

「私は美樹にいろいろなものをもらった。だから、そんな簡単に忘れられるわけないじゃない!」

 あなたのおかげで、私は変われた。

「こんなに素敵な人を、忘れろ、だって? できるわけないじゃない! だってあなたは私の――」

 唯一の、友達なんだから。


 知らない間に、私は美樹に抱きしめられていた。

「ごめんね、本当にごめん。怜奈」

 初めて私の名前を呼ばれた。私はうん、と小さく返した。

「あたし、あなたを悲しませたくないの」


 帰り道。渋谷の交差点で、私はずっともやもやしていた。

 無表情に通り過ぎていく背広姿の男の人、楽しそうに笑うカップル、観光客、人、人、人。

 いま、私の友達が病気で苦しんでいる。それなのに、なんであなたたちは楽しそうに笑っているの? なんでそんな無表情でいられるの? なんで? ねぇ、なんで!? 彼らにそんなことは関係のないことだ。そんなことは十分に分かっていた。でも、だからこそ。美樹が世界の中でどうなっても、世界は変わらないということが、私には腹立たしかった。あんなに明るくて、楽しくて、やさしくて、すごくて、いい人なのに。私みたいに暗い、本当に世界からいらないようなやつが健康で、美樹みたいに、世界が必要な人が病気だなんて、世界はとても理不尽だと思った。あげられることなら、この命、あげてもよかった。でも、あげるのはすごい怖くて、そこで怖いと思ってしまう私は、すごい卑怯な奴だと、そう、実感した。

 私はクラスのみんなと一緒に千羽鶴を折り始めた。文化祭の準備も、美樹の分まで頑張った。美樹のお見舞いにも毎日行ったし、ノートもできる限りきれいにとって、全部美樹のところまでもっていった。

 文化祭まで一か月。千羽まであと八十三羽。そんな時、美樹は転校した。アメリカへ行って、日本でできるものよりもっと高度な手術を受けるためだった。私は、九百十七羽の鶴を前に、枕を涙で濡らした。

 文化祭の劇の主役は、美樹のためにとっておいていた。みんなも、それがいいと言った。劇の内容は完全オリジナル。病気の女の子が、みんなの祈りで元気になるという、とても単純な物語になってしまったけれど、みんなはそれが一番だって言った。劇の名前は、「すべての気持ちを君へと捧ぐ」。


 文化祭当日の朝。私は朝日で目を覚ました。暖かい日差しが、美樹に抱きしめられたような感覚で私を包んだ。

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