表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なんでもない朝に  作者: 青柳藜
1/3

その1

 美樹がこの街にやってきたのは、文化祭の三か月前のことだった。

「はじめまして、本田美樹です」

 初めて美樹が学校に来た日、美樹は私たちが見ている前で、おどおどした様子で自己紹介をしていた。

 一通り、転校の恒例行事のようなことを終えてから、美樹は席に座った。私の隣の席だった。

 ホームルームが終わってから、美樹の周りにはたくさんの人が集まっていた。どこからきたの。美樹が岡山って答えると、きれいそう、と誰かが言った。私はその会話を盗み聞きしながらも、机の中にしまっていた本を手に取った。どうせ関わることはない。クラスで孤立した私の前に現れることなんて、絶対にありえないことだと思っていたから。私は窓から差し込む朝日をカーテンで隠してから、しおりのページを開いた。

 次の日のホームルーム。先生は文化祭の出し物の話を出した。クラスの中心のグループの人が劇がいい、と言い出して、周りの人もそれに賛同していった。私には関係がないこと。別に私は与えられた仕事さえやっていればいいんだから。そう思っていた。みんなを取り仕切る実行委員なんて絶対やらないし、仕事が多い役もやらない。ただただ、脇役に徹するだけ。

「ねぇ、あなたはどう思う? 何かほかに意見はない?」

 唐突にかかった声に、私は一瞬、その言葉が私に向けられたものだとは気づかなかった。

「え? 私?」

「うん、あなた。あなたは何かいい案とかはないの?」

 美樹は明るい笑顔でそう言った。笑顔がまぶしすぎて、私は目を瞑りたくなった。

 昔からまぶしいのは嫌いだ。まぶしいのは、私をいつもたたき起こすから。暗いほうがいい。

「……別に」

「本当に問題ないんだったら、本なんか読んでないで、もっと楽しそうな顔をすると思うけど?」

「……さっきから何?」

 私が言うと、美樹はもういい、と言って、立ち上がった。

「先生、あたしと鍵谷さん、一緒に実行委員やってもいいですか?」

 美樹が突然そう言いだしたのは、クラスのみんなも、先生も驚いた。

「え、ちょ、待って――」

「みんなもそれでいいよね?」

 私の声をかき消すように、美樹は言った。クラスのみんなも、美樹に賛同した。

 こうして、私は美樹によって半ば強制的に、実行委員の役に就いた。

 それから私は毎日、美樹と一緒に実行委員として奔走した。美樹はクラスの意見をまとめて、どんどん劇の内容を固めていった。私は、決まった内容を基に、衣装をデザインしたり、物語を組み替えたりした。小説に出てくる衣装や、物語の流れを流用したりして、私と美樹は順調にことを進めていた。はじめはいやいやだったが、やっているうちにだんだんと楽しくなって、私は知らない間に、放課後に美樹と話し合うのが楽しみになっていた。初めて友達とクレープを食べた。初めて家の門限を破った。ちょっと前の自分では考えつかないほどのことが起こっていて、それがまたすごく楽しかった。


 あの日までは。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ