その1
美樹がこの街にやってきたのは、文化祭の三か月前のことだった。
「はじめまして、本田美樹です」
初めて美樹が学校に来た日、美樹は私たちが見ている前で、おどおどした様子で自己紹介をしていた。
一通り、転校の恒例行事のようなことを終えてから、美樹は席に座った。私の隣の席だった。
ホームルームが終わってから、美樹の周りにはたくさんの人が集まっていた。どこからきたの。美樹が岡山って答えると、きれいそう、と誰かが言った。私はその会話を盗み聞きしながらも、机の中にしまっていた本を手に取った。どうせ関わることはない。クラスで孤立した私の前に現れることなんて、絶対にありえないことだと思っていたから。私は窓から差し込む朝日をカーテンで隠してから、しおりのページを開いた。
次の日のホームルーム。先生は文化祭の出し物の話を出した。クラスの中心のグループの人が劇がいい、と言い出して、周りの人もそれに賛同していった。私には関係がないこと。別に私は与えられた仕事さえやっていればいいんだから。そう思っていた。みんなを取り仕切る実行委員なんて絶対やらないし、仕事が多い役もやらない。ただただ、脇役に徹するだけ。
「ねぇ、あなたはどう思う? 何かほかに意見はない?」
唐突にかかった声に、私は一瞬、その言葉が私に向けられたものだとは気づかなかった。
「え? 私?」
「うん、あなた。あなたは何かいい案とかはないの?」
美樹は明るい笑顔でそう言った。笑顔がまぶしすぎて、私は目を瞑りたくなった。
昔からまぶしいのは嫌いだ。まぶしいのは、私をいつもたたき起こすから。暗いほうがいい。
「……別に」
「本当に問題ないんだったら、本なんか読んでないで、もっと楽しそうな顔をすると思うけど?」
「……さっきから何?」
私が言うと、美樹はもういい、と言って、立ち上がった。
「先生、あたしと鍵谷さん、一緒に実行委員やってもいいですか?」
美樹が突然そう言いだしたのは、クラスのみんなも、先生も驚いた。
「え、ちょ、待って――」
「みんなもそれでいいよね?」
私の声をかき消すように、美樹は言った。クラスのみんなも、美樹に賛同した。
こうして、私は美樹によって半ば強制的に、実行委員の役に就いた。
それから私は毎日、美樹と一緒に実行委員として奔走した。美樹はクラスの意見をまとめて、どんどん劇の内容を固めていった。私は、決まった内容を基に、衣装をデザインしたり、物語を組み替えたりした。小説に出てくる衣装や、物語の流れを流用したりして、私と美樹は順調にことを進めていた。はじめはいやいやだったが、やっているうちにだんだんと楽しくなって、私は知らない間に、放課後に美樹と話し合うのが楽しみになっていた。初めて友達とクレープを食べた。初めて家の門限を破った。ちょっと前の自分では考えつかないほどのことが起こっていて、それがまたすごく楽しかった。
あの日までは。