お前のためなんだぜ
結局その日寝たのは1時を過ぎた頃。そしてなぜか今俺は廊下を雑巾がけしている。まだ4時だぞ、あのおっさん頭おかしいんじゃないか?
ボス風のおじさんは朝3時30分に俺のほっぺをペチペチと叩き、しまいには耳から数センチ離れたところで拳銃をぶっぱなした。もちろん玉は入っていないが。
「おい、坊主。まさかただで泊まれるなんて思ってねえよな?」
そして、寝ぼけた俺はそのままこの100メートルはあるであろう廊下の掃除をさせられている。あぁ今頃弟や妹。それに母さんと父さんはベッドの中だろうな…。そう考えると無性に涙が出てきた。
「誠…とか言ったか?坊主。何泣いてんだよ」
俺に話しかけたのは昨日俺を部屋に案内してくれた玄界と言う男だ。
「いや、ちょっと家族を思い出してしまって」
「分かるぜ誠。俺だって若い頃は夜な夜な家族を思って枕を涙で濡らしたもんさ」
「え?でも玄界さんまだ見たところ20代ですよね?若い頃って大袈裟な」
俺は苦笑したが玄界さんはぴくりとも笑わなかった。
「誠、本当にお前は何も知らないんだな。この世界では何年たとうとも外見は変わらないんだよ。俺がここに来たのは1981年の5月だ。その時26歳だったから今俺は62歳さ」
さらりと言ったが俺は驚いた。まさか目の前のこのお兄さんがもう62歳だなんて。
「いいか誠。家族は恋しいもんさ。だからこっちの世界にも家族を作るんだよ、俺たちは。どうだ俺たちの家族にならねえか?」
「お気持ちは本当にありがたいんですが、俺にはここは合いません。pkなんて出来ないですし」
「ははw。そうかよ誠。ま、そう思うならお前はお前の家族を作るんだな。ボスだって10日ここで働けば南都まで行ってそれからしばらくは暮らせるお金をやるって言ってたしな」
「ありがたいです」
それから自分の部屋に戻った玄界さんを見送って、俺は雑巾がけを再開した。
それから朝飯を食べた俺に休む間もなくボスは仕事を与え続けた。まあこれで南都で暮らすお金が貰えるんだからありがたいことだが。
その日は結局屋敷の各地を掃除した。もう体はバキバキだった。俺はさすがにこれを10日も繰り返したら死んでしまうと思い、玄界さんに頼んでボスの部屋に連れてって貰った。
「ボス、さすがにこのままじゃ体が持ちません。せめて勤務開始を早朝ではなく朝にしてもらえませんか?」
「駄目だ。お前には働き続けてもらう。さらに言えばこれはお前のためなんだぜ坊主」
「え⁉俺のためってどう言うことですか?たしかに金稼ぎさせて貰えるのはありがたいと思えますがこれはブラックです。正直都市で働いた方が金は楽に稼げます」
「あのなぁ、お前。いくら金かせいだって又カツアゲされたらしょうがないんだぜ。それにお前の魔法レベルをメニューから見てみろ。」
俺はしぶしぶ右手をパーの形に開いてメニューを出した。そして上から4つ目のプロフィールから魔法レベルをタッチした。そこには「黒崎誠、魔法レベル1」と書かれていた。
「な、坊主。魔法レベル上がってただろ。この分なら10日もありゃ技の1つや2つは覚えられるだろう」
「なるほど、そりゃたしかに俺のためになりますね。でも雑巾がけしてるだけで手から炎や氷を出せるようになるんですか?」
「5レベになれば自然と一番初級の技を覚える。無属性以外の火・水・自然・闇・光のどれかからな」
言葉では分かっているけどやっぱり人がいきなり魔法を使えるようになるなんて信じられない。ちなみに部下たちの間では今俺が何属性に目覚めるかを賭けるのが流行っているらしい。ちなみに1番人気は自然、5番人気は闇だそうだ。
何はともあれその話を聞いてこれがバイトではなく修行と知って、次の日もしっかり働いた。今日も掃除だ。すでに筋肉痛だった。あと8日が思いやられるばかりだ。
3日目は組員と一緒に玄関の修理を行った。昨日、俺が奥を掃除している間に他のヤクザが押し寄せ、軽いもみ合いになったそうだ。
何度も鉄を運んだせいで遂に今日、魔法レベルが3になった。ちなみにこの日俺は2日ぶりにホームシックが襲ってきて枕一杯に涙を流した。
4日目俺の部屋に朝早くボスがやってきた。まあもうこの早さにもなれてきたが。
「おい坊主、今日はちょっと違う仕事をやって貰うぜ」
どうせ床掃除じゃなくて、壁掃除とかだろ。
「近くにある都市、ターテンノットへ行って組の銃弾を買ってきてほしい。」
そう言って俺の左手に15万円が置かれた。
「一箱千円の銃弾セットを100箱頼む。残った5万円でお前も護身用に銃くらい手に入れとけ」
「え?いいんですか?わかりました!」
俺は勢いよく玄関から飛び出した。今の時間は朝4時30分。始発が6時発なのをこの時の俺はもちろん知らない。