箱庭の迷い人編ー7.花畑スクランブル
りんたとやみは、コウモリに誘われ無事に森を脱出した。
森を出た二人の目の前には、カラフルな花畑が広がっていた。色とりどりの花たちは太陽の優しい光の下で、生き生きと咲き誇っている。
二人が花畑を見渡そうとすると、光のコウモリがパッと散って消える。
「あ……」
「これは……」
コウモリが散った空から、紙が古びて変色している地図がひらりひらりと、りんたの手元に落ちてきた。
地図を見ると、森や花畑、集落らしきものなどの絵が描かれていた。
「この辺りの地図かな?で、これはここに行けというのか?」
地図の左側の方の屋敷に、血のような赤色の○印があった。
「にぱぁ……!」
やみは、花畑の中へすーっと入っていく。
「どうした?」
りんたも、やみを追いかけて花畑を歩いていく。
「にぱにぱー!」
やみは花畑の上に、ごろごろと猫のように寝転がった。
「俺も休憩するか」
りんたはやみの隣に座ると、彼女の体を優しくさする。
やみは、キノコを大切に握りながら花を摘む。それを摘んでは、花びらを一枚一枚千切って遊んでいる。
楽しそうに遊ぶ彼女の姿は、りんたの心を和ませる。
「よしよし……」
りんたは、しばらくそれを見ていた。そのうちやみは、すぅ……すぅ……と眠ってしまう。
「やみたん寝ちゃったか。……なんだか俺も眠くなってきた」
あまりの心地よさにりんたも、あくびをして横に寝そべる。
彼は寝転がると、すぐにうとうとと眠り込んでしまった。
しばらくするとそこへ、黒いワンピースを着た黒猫のような少女……レイナと、りんたと似たような雰囲気の、メガネをかけた少年……ユウリがやって来た。
「コロルル茸じゃん」
ユウリは、スライムの手元にあるキノコに手を伸ばす。
「勝手に奪うのはよくないって」
レイナは、キノコに向かって伸びているユウリの手を掴んで注意をする。
「大丈夫だよ。レイナはいざという時に悪魔らしくないね」
ユウリはもう片方の手で、いつの間にキノコを取っていた。
「あ……。帰ろうか」
レイナも今、そのキノコが必要な事は知っていた。なので止めないで、こっそりとそこを後にしようと促した。
「うん」
ユウリも、キノコを持って空間魔法を唱えようとする……と。
「僕のキノコ返せ……!」
「うぎゃっ!?」
スライムが、ユウリの足にまとわりついて強く引き寄せてくる。
「ゆーりん!?」
「ふんっ……チート級の空間魔法舐めるな……」
ユウリは、すぐに帰ろうとした。しかし。
「にぃ……ぱっ!でろぉ……」
「なんだ……力が…………」
ユウリの力が急に抜ける。スライムが、彼の体中にまとわりついてキノコを取り返そうとする。
「レイナ……!」
「黒花の舞で吹き飛ばす!ダーク・ブロッサム!」
レイナが魔法を唱えると、闇のような黒い花びらが舞う。花びらは、スライムに嵐のように襲いかかった。
のだが。
「効かない……!」
スライムは、花びらを全て吸収していた。
すると、流れ弾が当たってしまったのか側で寝ていた男が目覚める。
「痛いな……。ん……」
男は、スライムの方を見る。
「にぱ!りんた!どろぼー!」
スライムは、男……りんたに向かって叫んだ。
「レイナだけでも逃げろ……!」
ユウリは力が抜けていく中で、レイナにそう告げる。
「分かった」
レイナは、悪魔の翼を展開して飛び去ろうとする。
「てめぇ、何逃げようとしてるんだ?」
「……!!」
気がつくとレイナは後ろから男に抱かれ上げられていた。その上で頭には、リボルバーの銃口をつきつけられている。
「人が寝てる所にコソドロして、俺のやみにまで手をつけるなんていい度胸してるな」
りんたは、引き金に手を添えながら言った。
「そっちこそ急になんだよ……!」
ユウリがなんとか手をそちらに伸ばすと、リボルバーが地面に落ちる。
「ほぅ……」
りんたは、にっこりと微笑んだ。
「……スケッチ・オブ・フィールド」
レイナは、低い声で呟く。
すると辺りが一気に夜になり、花畑も一面深紅のイバラに囲まれたステージになる。蒼く光る月は、闇を照らしながらバックの城を映している。
「お前達もあの吸血鬼の仲間、という事か」
「私たちは吸血鬼では無いけどな」
レイナは、いつもの少女らしいトーンの美声から低い声に変わっていた。先ほどまでのどこか優しさを残した雰囲気も、今は鋭く冷たく紅の瞳を光らせている。
「俺も……負けてる訳にはいかないな」
ユウリは、そう呟くと黒い髪とパーカーが白く染まる。瞳は、ダイヤモンドの刃のように鋭く光らせた。
「はっ……!!」
レイナとユウリは、声を合わせるとそれぞれ自らの束縛を引き離した。
そして、りんたとやみの向かい側に二人並ぶ。
「私達は、この辺りにある闇咲邸というお屋敷の住人」
「丘の上の屋敷、それは幻想に導かれた悪魔の屋敷」
「そして私の名はレイナ」
「俺の名はユウリ」
二人は台詞を合わせ、悪役のようになっている。もっぱらやみとりんたから見ると、悪役にしか見えない訳ではあるが。
「ほぅ……。お前ら俺らに喧嘩を売る気だな?」
りんたはリボルバーを拾い上げ、レイナとユウリに照準を合わせる。
「そっちこそこのフィールドで、ただの銃を向けるだなんてね」
レイナはそう言うと、自らの背丈ほどある杖槍を出現させた。
りんたは、すぐにレイナへ向けて引き金を引く。
「そうはいかないよ?」
レイナに向けて放たれた弾が、光を放ち一瞬で消えた。
それを見たユウリは、口元をにっとさせる。
「ここではこれと、魔法能力で戦うの」
レイナはそう言って、杖槍を小さくした。それは、スペードモチーフのついたステッキになった。
「ステキナペン。持ってるかな?」
「なんだそれは……」
「にぱ……?」
りんたとやみにとって、レイナの言ってることは何のことやらさっぱりであった。
しかしそう思った瞬間。二人は、手の中に何かペンらしきものがある感覚がした。
《ステキナペンとは?やみとりんたの手の中にあったものとは……?》