箱庭の迷い人編ー5.化け物少女と昼の森
「にぱぁっ。にぱにぱぁっ」
化け物は、嬉しそうに声を上げている。
「全く……。人の家の庭に寄生するのはまだしも……。俺まで傷だらけじゃねーか。後でおしおきね。」
りんたがそう言うと、化け物はにこにこと笑って、彼を包み込んでいたジェル状の体内から解放した。
「とりあえずよろしい」
それで事が済んだと思ったら化け物は、ぺろぺろと彼の全身を舐め始めた。
「はぁ……やれやれ」
りんたは、化け物の頭を撫でた。
「ええぇぇぇ!?りんたの彼女だったの!?」
チャコは驚いていた。庭を荒らし自分達を襲ってきたあの化け物が、今この場ではりんたになついて大人しくしているのだ。
「この度は、うちのやみがお騒がせしました」
「にーぱっ!」
《やみ……にぱにぱと鳴く闇のいきもの。掴み所がないがりんたにはなつく。》
りんたが頭を下げているのに対し、やみはぺろっと舌を出している。
その態度が、沸点が低いチャコの怒りを買うことになる……。
「何よ……人の庭を荒らしておいて。草刈り作業を毎日毎日やらされて!闇とかなんか知らないけど!お前ぶっ倒してやる!スケッチ・オブ・フィールド!!」
チャコがそう叫んだ瞬間、館の中から塗り替えられるように、暗闇に緋色の地面が光る別空間が広がった。
「!?」
りんたは突然のことに驚いている。
「お姉様、どうか落ち着いて下さいっ」
チャオは殺気立っているチャコをどうか止めようと、後ろから抱きしめる。
「うるさいカタブツ!そういう時だけぎゅっとかするんじゃないわよ!!」
チャコは、チャオをワンパンチで地平線の彼方へとぶっ飛ばした。それから、やみを睨みつけて一言吐く。
「あなた、ここで死んでもらうわよ……」
「にぱ……?」
やみは、りんたにしがみついて震えていた。
「俺は知らないぞ……」
りんたは、ため息をついて離れようとした。
するとチャコが、りんたの進行方向へと現れて退路をふさぐ。
「あなたも逃さないわ……」
そう言ってチャコが、りんたに向かって来た時だった。
「にぱぁーっ!」
「ひぃぎゃぁあああああああっ!!」
轟音と悲鳴が響く。
りんたが前を向くと、さっきまで血眼になっていたチャコの姿はなく、代わりに砂ぼこりが立っていた。
「ファック……」
「にぱぁーっ。にぱにぱぁ」
りんたが後ろを向くと、やみが自らの触手を踊らせながら勝利の雄叫びを上げている。
「おぅ……」
りんたは、目を見開いてそれを見ていた。
「どうしたのですか、お姉様……?」
チャオが戻ってくると、何かが陥没したような穴が地面に空いていた。目の前には、自分達を襲った化け物が触手を広げている。
チャオは、若干冷や汗をかいていた。
「安心しろ。やみは俺がいる限り大人しいから」
りんたは、やみの頭をなでながら言った。
「にーぱっ」
やみも、それに合わせてウインクする。
それを見たチャオは、苦笑いをするばかりなのであった。
「さて、そろそろ行こうか。やみも一応謝っとけよ」
「にぱにぱー。にぱり」
りんたとやみが、屋敷を後にしようとした時だった。
「あ、ちょっと待って下さい」
チャオは、胸元からペンを取り出す。すると、空中に光の筋を引きながら一匹のコウモリの形を描いた。
「何だ?」
振り向いたりんたとやみも、それに視線が移る。
すると、チャオが描いたコウモリが実体化する。そして、空中をパタパタと舞いながらりんたとやみの方へと向かい、彼らの周りをくるくると飛び回るではないか。
「にぱにぱ!にぱにぱ!」
やみは、手を伸ばして大喜びしている。
「この森は深いです。一度道を見失い、迷いこむと、一生出られなくなるかもしれません。この森の外には人間達の村があるから、このコウモリに案内させますね」
チャオは、二人に向かって微笑んでいた。
コウモリも、キュッと小さく鳴いた。「早く行こうよ」と言うかのように、二人の前を飛んでいる。
「チャオ、世話になった。ありがとう」
「いえいえ、では気をつけて」
りんたとやみは、コウモリと共に屋敷を後にした。
その後。
「あのメガネザル……覚えと……け…………!」
チャコが、呪いを発するようにうめきながら、陥没した地面から這い上がってきた。
チャオは、傷だらけのチャコを見てフフフと小さく笑う。
「お姉様、今のところはとりあえず諦めましょう。お風呂でも用意しましょうか?」
「流れる水は嫌いよ……」
チャコは、そう言うとふらっと力尽きてしまう。そして、また陥没した場所へと落ちていった。
***
昼でも薄暗い森の中。木漏れ日の中、陽気な男女の歌声が響く。
「あるー日ー。森の中ー。凶竜にー。喰われたー」
「闇咲く魔ーうーさーぎーちゃーん。聖的に喰われたー」
某童謡だろうが明らかに違う。
「にぱにぱ!これ一応全年齢対象!よい子のみんなも見てるからやめるのっ!!」
「そんなの知らねーぞ」
「にぱぁ……」
やみは、りんたに向かってやれやれと首を左右に振った。
「何だ?」
「にぱー。なんでもなぁい」
やみは、そう言ってごまかすとまた歌い始める。
「あるー日ー。森の中ー……」
すると、近くでガサガサという音が……。
コウモリも、キュッ……と鳴くと来た道を逃げるように引き返す。
「どうした?」
コウモリは早くこっちに来るようにと、来た道の方へと空中を飛んでいる。
「にぱにぱ!熊さんにー、でー、あー、っー、たぁーーー!!」
やみが大声で叫びあげた。と、同時に茂みの中から、二人を波のように飲み込んでしまう程の巨大な熊が飛び出してきた。
「こんなこともあろうかと」
りんたはすぐさまスナイパーライフルを取り出すと、飛び出してきた熊に向かって一発撃ち込んだ。
「グゥッ!?」
熊は、声を上げながら血を吹く。そして、そのまま倒れて眠りこんでしまった。
「にぱにぱ!にぱにぱ!」
やみは興奮している。
「麻酔銃で一発だったな」
りんたはセリフを吐くと、銃口から出ている煙を息でかき消した。
コウモリは、安堵のため息をついた。
「にぱっ!キノコ!!」
やみは、キノコを見つけるとそばに駆け寄っていった。
「ん?」
りんたも近づいて、やみが見つめている木の根元を見てみる。
そこにあったキノコは手のひらサイズで、全体的に丸みのあるフォルムで可愛らしく座っていた。しかし色はあまりにも毒々しい。青紫色に気色の悪い白ブチ模様がかかっており、とても食用キノコとは思えない。
「やみたん、このキノコを採るのは……」
「とったのー。お気に入りなの。にぱにぱぁ」
りんたが引いている中、やみは例のキノコを抱えてご機嫌だった。
「えぇ……。分かったけど、食うなよ?それがもし毒キノコで、やみたんが死んだら嫌だからね?」
りんたは子どもに物を分からせるように、彼女の目を見つめて言った。
「にーぱっ!」
やみは、ウインクをしながら敬礼ポーズをとった。
「じゃあ行こうか。」
コウモリは小さく鳴き、二人と一匹は再び村を目指し歩き出すのだった。
もう村は近い。森の中が明るくなっていくのが、それを物語っていた。
《無事に村に辿りつきそうなりんたとやみ……ところで、ゆめとももかはどうしているのかな?再びその二人に焦点を当ててみよう……。》