箱庭の迷い人編ー4.吸血館の化け物
次の日。りんたは目覚めた。
「何だこれは……」
彼が寝ていた部屋中に……いや、彼の上にまで、ツタがうねうねと生い茂っていた。更にそのツタからは、気味の悪い黒紫色の液体がどろどろと滲み出し、服にまでべっとりとついていた。
「気持ち悪いし服も汚れちゃってるじゃん……。ファック……」
りんたは不機嫌そうに言いながら、ツタを取り払い起き上がった。枕元に置いてあったメガネをかけ、生い茂ったツタの中から靴を探し出し、見つけた靴を履いてツルを踏みながら歩き出す。
部屋から出たら、チャコの甲高い声が聞こえてきた。
「何よこれ!また今日も生えて……」
りんたはその声がする広間の方へと、これまたツルが生い茂った通路を歩いていく。
広間へとたどり着くと、チャコとチャオがツタの除去作業をしていた。
「今日は一段とひどいですね……。僕たちも余り寝ていないのですがどうしたのでしょうか」
チャオは、せっせとツタを片付けていた。
一方でチャコは、不機嫌を露わにしている。
「訳わかんない!りんたとか言うメガネザルのせいじゃないの!」
「お客様の悪口ほど失礼な物はありませんよ……お姉様」
チャオがため息をついたその時だった。
「誰がメガネザルだって?………」
いつの間にか、チャコの背後に殺気を放つりんたが構えていた。手にはリボルバー、彼女の頭に銃口を当ててスタンバイしている。
しかし、チャコは物怖じせず強気な顔をしている。
「撃ったとしても吸血鬼は回復が早いから死なないわよ?そっちこそ私の一噛みで死ぬんじゃないの?」
生意気言うチャコに、りんたは口をニッとはにかませる。
「この中に入っている弾は銀でできてるんだぜ?そして銃弾の中には大量のニンニクのすりおろしが……」
「ひ、ひぃいいいっ!?撃たないでぇぇぇえええ!!」
チャコは、顔を青ざめさせながら猛スピードでりんたから離れた。あまりの勢いに壁に激突し、彼女がぶつかった所は壁が壊れて周りもひび割れてしまっている。
それでもりんたは容赦しない。チャコの前にやって来ては首元を掴み、リボルバーの銃口を額に当てる。
「何?撃っても吸血鬼は不死だから命だけは無事かもしれないし?お望みなら銃ではなく、その心臓を銀の杭で打ち抜いてあげようか?」
笑顔でそう話すりんたに、チャコは震えに震え恐怖におののいていた。
「や……やめて……。謝るから……。ごめんなさいぃ…………」
チャコは、震え声で素直に謝った。
「よろしい。」
りんたは、確かにチャコの謝罪を受け取ると、すんなりと銃も手も話した。
「はぁ……。人間のくせに恐ろしいわ……」
チャコは、まだ震えている。
チャオはそれを見て、感動の拍手をしていた。
「りんたさん、凄いですね。あのお姉様をここまで大人しくさせるなんて……」
「いや、いつもの事だ」
りんたは、あっさりと返した。
「ところで、あなたの腕を見込んでお願いがあるのです」
チャオは困った顔をして、りんたに話を持ちかける。
「何だ?」
「実は、このツルについて困っていることがあるのです。いつ頃かでしょう。突如この屋敷に生えてきて、最初は庭中に生えたと思ったら、いつの間にか毎日毎日屋敷の中にまで生えてきて……」
「この鬱陶しい植物を除去する事を手伝って欲しいのか?」
「いや、それは僕たちでやるから大丈夫です。お願いしたいのは、恐らくこの大量のツルの原因であろう、庭に寄生してる化け物を追い払って欲しいのです」
「化け物?」
りんたは、赤地に白水玉で土管から出てきては火を吐くこともある、あの有名な人食い花の姿を思い浮かべていた。
「はい。夜中にチャコと二人で倒そうとしましたが、あまりにも強く歯が立ちませんでした。この森の近くの村の仲間達にも頼みましたが、傷のいくつかを負っただけで、すぐに追い返されたり、姿を見せなかったりして……。昼は幾分か弱ってはいるようですが、僕たちは吸血鬼。日光に当たると身体が焼けてしまうため、外にでれないのです。そこでりんたさん!お姉様を簡単に黙らせたあなたに、ダメ元でお願いしたいのです」
チャオは、りんたの両手を強く掴みながら懇願した。
「いやぁ……。俺に倒せると思うか?勇者でも何でもない、ただのアマチュアスナイパーだぜ?」
りんたは、話を聞く限りの敵のレベルに躊躇している。
(シュルシュル……)
「そこを何とかお願いできませんか……」
チャオは、再度お願いをした。
(シュルシュル……)
「ふむ……。けれどどれだけの物なのか……?」
りんたが化け物のことを考えていると。
突然、彼の足に何かが絡みついた。
「!?」
驚いた次の瞬間。そのまま足が、強い力で引っ張られるではないか。
「何だ!?うわぁあああ……」
引っ張られるがまま転び、そのまま外へと引きずられていく……!
「りんたさん!」
「りんた!?」
チャオとチャコも驚いている。しかし外に出られない二人。りんたが引きずられていったドアの外を、ただ眺めているしかなかった……。
「うわぁあああ…………!!」
りんたは庭の中を、ズルズルズルズルと引きずられている。
地面に擦られているのはもちろん。つるが身体に絡みついては千切れたり、イバラの棘などが刺さったりして彼の体は痛めつけられる。
ガサガサ……!
「イデデ……!」
更に植物が密集している所に足を引っ張られる。同時に、彼の体に植物の葉や枝などが絡み、擦れて痛みが走る。
そして、茂みをしばらく引きずられるとそれはぴたりと止まった。
「痛い……。何だよ……」
りんたは、痛みに喘いでいた。すると。
「にーぱっ。」
幼い少女の声と同時に、りんたの傷ついた体がひんやりしたジェルに包まれる。
「今度はなんだ?まさか、これが例の化け物か。」
りんたは、何となくそう思う。脱出しようと、忍ばせていたリボルバーを取り出した。
「にぱにぱ!らめぇ……!りんた……っ!」
りんたの身体を包んでいるジェルがぎゅっと引き締まる。それは、そのまま締め殺すというよりは愛しい人を離さないと抱いているようだ。
「まさか……。やみたんー?」
りんたがそう呼ぶと化け物は、少女のような可愛い顔でにたにたと笑っていた。
《吸血鬼たちを困らせる化け物の正体。やみたんとは一体?次回に続く!》