箱庭の迷い人編ー2.闇咲邸の少年
ゆめとももか、ハルカは屋敷の居間へと通される。
「うわぁ……広いっ!」
ゆめは興奮を抑えきれず、飛びまわる。
壁一面の大窓から見えるのは、これまた広々としたベランダ。その先に広がるのは、野原に森に、山。電線一本もない一面の大自然。
居間もこれまた広々としている。アンティーク調の家具やふかふかのソファー。屋敷の外壁に似合う、開放感溢れるリゾート空間が三人を歓迎してくれていた。
「バカゆめ、人の家で暴れるな!」
と、いいつつももかも目を輝かせていた。
それを見たゆめが、ももかの頬をつつく。
「お姉様も興奮を抑えられないんでしょー。」
「だってこんな所に住めたらいいよねー」
ももかは、非日常的なリゾート空間に心を奪われていた。
「お姉様はいつも待機室やホテルで悠々自適してるんじゃ」
「ないない」
「嘘だぁ」
「嘘じゃない」
二人は言い合いになっていた。
「お待たせいたしましたにゃ。」
クロロは、少年を連れてきた。黒いパーカーを着てメガネをかけた、見た目はごく普通の男の子である。
ゆめは、それを見て小声で言ってしまう。
「確かにこれは変態メガネだぁ……」
「失礼でしょ。……あ、すいません」
ゆめの失言に対しももかが、すかさずフォローを入れる。
「え、何が?」
少年は、不思議そうな顔をしていた。あちらには聞こえていなかったようだ。
よかった……。と、ももかは心の中で言いながらため息をついた。
「あ、紹介してなかったね。俺がユウリ。俺に用があるらしいけど、一体何かな?」
〈ユウリ……黒いうさみみパーカーを着た普通のメガネ男子。多分普通の男の子。ここ重要。〉
「いえ、人違いなんですよ!」
「変態メガネを探していたら、修道女がここって言うから……」
ゆめが、更にそう(余計な事を)言う。ユウリは後ろで構えているハルカの方を向く。
次の瞬間。
「ハルカ?見ず知らずの子に対して俺に“変態メガネ”なんて仕込んだの?」
ユウリはいつの間にか、ハルカの背後に回って彼女の耳元でささやいていた。彼の腕はハルカの首を軽くしめ、彼女を引き寄せている。
ハルカもまた、ユウリの方を向いて睨む。
「私はそう仕込んだ覚えはない」
「なら、どういうこと?」
「それはあの子達から事情を聞いてちょうだい!」
ハルカは、ゆめとももかの方を指差した。
「分かった」
ユウリは、一瞬でゆめとももかの前へと戻った。
「うわっ。急に現れた!」
「さぁ、話を聞かせてもらうよ。何がどうやって俺が“変態メガネ”になったのかね」
「だから人違い……」
「まぁまぁ、話はゆっくり座ってからにしましょうにゃ。お茶とお菓子も用意してますにゃ。」
ソファーに囲まれたローテーブルには、クロロお手製のアフタヌーン・ティーセットが用意されていた。
それを見たゆめが、またも興奮する。
「うわぁ……スイーツだめう!まるでお姫様だめう!」
ゆめは、一目散に走りソファーに飛び込んだ。
「こらバカゆめ!人の家で行儀悪い……」
ももかもそう言いつつ、目を輝やかせながら吸い込まれるようにソファーへと向かった。
「女の子はやっぱりこういうのに惹かれるんだね」
「私は惹かれませんがね」
「お前の妹は無邪気に喜んでいたけどな」
「何、妹はまだ小さいから世間を知らないだけよ」
ハルカとユウリも、お互いどこかよそよそしい感じを出しながらも、共にソファーに座った。
「さぁ、ゆっくりとお話し下さいませ……ゆっくりと……ゆっくりとですのにゃ……」
ゆめとももかは、今までの経緯をユウリに話した。
「結局、変態メガネというのは人違いだったんだね」
ユウリは、にこやかにそう言った。
「そう前から言っていたわよ。はぁ」
ももかは、ため息をついていた。
「そう言えば、自己紹介してなかったね。私はゆめ。鬼畜ゆめと呼んでね。トゥンクっ!」
「私はももかよ」
「またの名を淫乱お姉様ー」
「ゆめは黙れ!あ、淫乱じゃないからね?」
「淫乱……?」
ユウリは、きょとんとした。
「だから違いますっ」
ももかがそう言うも、既にユウリの中には淫乱という言葉が引っかかっていた。
「まぁ……俺はユウリ。闇咲邸へようこそ、二人とも」
お互いに自己紹介を済ませた所で。
ゆめとももかがふと頭を上げる。
すると、短時間話していただけのはずなのに窓の外は闇。いつの間にか夜になっているのだ。
「あれ、もう夜?」
「少し話しただけだよね?」
二人は、戸惑っていた。
遠くからそれを見ていたクロロと、二人と話していたユウリは、口元をにやつかせている。
その隣で黙って話を聞いていたハルカの表情が、険しくなる。
「ゆめ、ももか。今日はもう遅いから泊まっていく?」
ユウリがそう言うと、ゆめとももかは目を合わせた。
「泊まっていいの!?」
そして、お互いに瞳を輝かせながらユウリに急接近する。
「いいよ。部屋はいくらでも余っているし。それより、何でそんなに近づいているの。」
ユウリの頭からは、しずく型のエフェクトが出ていた。
「で、ハルカはどうする?」
「私は帰る。本当はいたいんだけど、妹たちの事もあるからね」
ハルカはユウリにそう告げると、玄関口の方へと向かう。
「何かしたら許さないわよ」
ユウリにすれ違いざまにそう囁くと彼女は、すたこらと帰っていった。
「俺は何もしてないんだけどな……。」
ユウリは、天井の方を向いてぼーっとした。しかし、すぐにその事を忘れて正気に戻る。
部屋には、クロロが作るディナーの良い香りが漂っていた。
「もうすぐご飯だ。二人は出来上がるまでゆっくりしてていいよ」
そう言うとユウリは、リビングを出た。
「はーい」
ゆめとももかは返事をすると。
「あの変態メガネより優しいじゃん」
「純粋そうだしね」
“変態メガネ”の陰口を言うのであった。
《人違いだったけど、ゆめとももかは今夜の宿が決まって良かったね。ハルカは相変わらず闇咲邸の事を疑ってるけど……。あっ。例の探し人が目覚めたみたい。今度は暗がりの森へと視点を合わせてみよう。》