箱庭の迷い人編ー1.箱庭の花畑
もしも、誰もが勉強や仕事に縛られず、毎日が楽しくて、
何でも想像すれば出てきて、ずっと遊び放題。
何にも強いられる事ない。かといいつつ義務を持つ必要もない。
そんな世界があったら……あなたは行きたいですか?
《うふふ。まぁた誰かが迷い込んだみたい。ようこそ僕の“箱庭世界”へ。》
「起きろ!お姉様!」
「……ぐへっ!?」
大声と同時に、腹を殴られる感覚が少女を眠りから目覚めさせる。
「やっと目覚めた……。おはよう鈍感ピンク。」
「本当何よ……いきなり殴って起こすなんて……」
見渡せばそこは、お花畑の中。緑が広がるフィールドの中には、色とりどりの花が咲いている。そこに降り注ぐ程よい日差しは心地よくて、再度眠ってしまいそうにもなる。
少女の目の前で、猫耳カチューシャをつけた見覚えのある少女が、半ば何か恨みがあるように聞いてきた。
「……お姉様、これはどういうことめう?」
〈ゆめ……猫耳カチューシャとピンクのフリフリ服を愛用する元気な女の子。本人は自分のことを『鬼畜ゆめ』と名乗っている。〉
少女も、いきなりゆめから腹パンを食らわされたことに対して遺憾を持った。
「知らない。そっちこそいきなり人に腹パンしてきて何のつもりよ」
〈ももか……黒髪清楚で普通に見える女の子。ゆめから勝手に『お姉様』と呼ばれ“姉妹”同士罵りあっている。〉
ももかは、腕を腰に当てため息をつく。
すると、ゆめはキーキーと喚き始める。
「私はどうして今こんな所にいるのか分からない!きっとお姉様のせいだ!早く帰って音ゲーしたい……え?っと……どこに……」
突然、何か思い出せなくなって言葉が詰まる。
「ゆめ?自分の住んでる場所を思い出せないの?ぷぷぷ。もうボケてるのかー」
それを見たももか。ここぞとばかりに、ゆめを指差して笑う。
ゆめの火に油が注がれる。
「何よ!急に思い出せなくなったの!じゃあ、お姉様だって自分の住んでる場所を思い出せるというの?」
ももかは、余裕の表情だった。……出だしは、
「私はねー。えーと、えーと……、ん…………、あれ?…………」
「お姉様もやはり思い出せないんじゃないの?」
「そんなことない。…………っと…………んぇ……………。あーダメだ…………」
ももかの表情は、分かりやすいほどに歪んでいた。
今度はそれを見たゆめが、やれやれと手を横にする。
「やっぱり思い出せないんだ。お姉様」
「うん……」
完全に心が折れ、ももかの負けであった。
それを見ていたゆめ。今度は、ももかの肩をぽんぽんと叩いて話しかける」
「ねぇ、お姉様」
「何よ……今度は」
ももかは、若干すねていた。
「とりあえずアイツ……」
「アイツ?誰?」
「そう。変態メガネでも探しにいかない?」
「変態メガネ?」
「お姉様の片思いの……」
そう言われると、ももかにある一人の人物の肖像が浮かんできた。
「りんた?」
「そうそう。……って言ってもここがどこかも、アイツがいるかも分からないけどね。ここにいても仕方ないし」
「……探しに行こ」
「あ、いきなり何だお姉様!?」
手を差し伸べられていたももか。いつの間にか立場は逆転し、今度は自分がゆめの手を取り引っ張っていた。
《二人は野をかけぬけ、りんたという人を探しに行ったの。さて、見つかるのかなぁ。ひとまず見てみよう。》
野をかけぬけると、ゆめとももかは小さな教会の前にいた。
「とりあえずあそこに行ってみるわ」
ももかはいまだにゆめの手を強く引いたまま、その教会へと入ってゆく。
教会に入ると、小さいながらもしっかりとした造りの講堂が広がる。神々しいステンドグラスから差し込む光をバックに、大きな十字架が二人を出迎えた。
「すいませーん、誰かいませんかー」
ももかは率先して、辺りを見渡す。
「りんたは悪魔だからこんな場所にはいないと思うけど……」
ゆめも、恐る恐る辺りを見渡してみる。
すると奥の方の扉が開いて、黒ずくめの修道着をまとった少女が入ってきた。
「あっ、すいませーん」
すかさずももかが声をかけると、修道女は振り向く。
「何かご用でしょうか」
「変態メガネを探してるんですー」
ゆめが修道女にそう言った。
「変態メガネ……?」
修道女は、首を傾げた。
「普通にオタクっぽい感じで、メガネをかけていて……」
ももかがそう付け足す。すると、修道女は思う節があるようで。
「あぁ……。変態かどうかは分からないけどいましたね」
「えっ。本当ですか?」
「はい、うさ耳パーカーを着たオタクっぽい男子なら」
そう言われ、ももかとゆめは顔を合わせた。
「りんたってうさ耳パーカー着てたっけ……?」
二人はそのまま、しばらく見つめあうまま固まった。
「あの……どうされました?」
修道女が声をかける。
「あ、いやっ。こっちの話ですっ」
「よかったらその変態メガネの元まで案内してくれますかー?」
ぎこちない様子のももかとゆめ。
「えぇ、いいですよ……」
そう答える修道女。しかし、微妙に声のトーンが下がり、少し曇りがかったような表情を浮かべていた。
《そうして、ももかとゆめは教会からしばらく行った先。丘の上のとある屋敷に案内されたの。さぁて、りんたという人はいるのかな?その先を見てみよう。》
「さぁ、着きました。私はここで見守っています」
リゾート風の木の屋敷。三人は、その玄関口までやって来た。
「ど田舎かと思えば意外にも現代的だねー」
ゆめが、チャイムのスイッチを押す。
それから少しすると、扉の中からは黒い猫耳のついたメイドが出てきた。
「あれ、見ない顔ぶれですにゃ……。それにあの教会のハルカ様が出向いて来るなんて珍しいですのにゃ」
メイドは、おっとりとした癒し系の口調で話す。
「クロロ、この子達がユウリに用があるんだってさ。何故だか知らないけれど」
修道女……ハルカの印象は先程とは違い、どこかサバサバした感じだった。
〈ハルカ……教会の修道女。この館の住人に対していい感情を持っていない模様……〉
一方のゆめとももかは。
「ユウリって誰よ……」
「まさかの人違いめうかっ……」
見知らぬ人の名前を出されて、困惑していた。
「あのー……すいません。人違い……」
ももかがそう言いかけるも。
「さぁさぁ、細かいことは気にせずに。中へどうぞですにゃ」
クロロは、扉を開いて手招きをした。
「あ……」
ゆめとももかは、何か言おうとした。しかし、屋敷の中へ無意識的に、吸い込まれるようにして入っていった。
ハルカは、どこか厳しい表情をしながら二人の後をついて行く。
三人が中へと入ると、屋敷の扉が音を立てて閉まった。
《どうやら人違いだったみたい。けど、屋敷の中へと入っていっちゃったね。さて、続きはどうなるのかなぁ。》