アーサー=ギークの日常
ルシアという少女について、殆ど全てのことを知っているーーそう、アーサー=ギークは思っている。
学園の昼休み、いつもの木陰でアーサーはルシアと共に昼食を取っていた。王立魔術学園は聖ジュリアンに生まれたある一定の魔力量を持つものが十三を過ぎたら通わなくてはいけない学園である。花の乙女のルシアと騎士であるアーサー、二人には資格があった。それ故に親がおらず教会で育った彼らも学園に在籍していた。もっとも、花の乙女たルシアは花の乙女が発覚した後の入学なので悲惨な学園生活になっているのだが。
ルシアが作った野菜サンドを食べながら、アーサーはいつも通りの言葉を口にした。
「もっと拒絶すればいいんじゃないか、ルシア」
「うぅぅ、アーサーはそうやって私を責める!! 相手は王子様なんだよ!!」
亜麻色の髪に紅い目の普通にかわいい少女の噛みつくような反応にアーサーはぷっと吹き出す。まるで子犬だ。きゃんきゃんと泣きわめく様は愛らしいがちょっと幼い。分かり切っているのに心底愛しくってアーサーは半分悔しかった。少女は、アーサーを安心な幼なじみだと認識していると理解しているからだ。
「だいたい、クラスも一緒だし、オリヴィア…様はクラス違うし、アーサーもクラス違うし、それでも私なんとか頑張っているもん!」
褒めろとばかりにムキに返してくるルシアは可愛い。それが、自分だけにであるとアーサーは知っているから余計だ。
「うん、知ってるよ」
いつも通りに返して、アーサーはルシアの頭に手を伸ばし撫でる。当たり前のようにルシアはそれに対していつも通り、ちょっと目を剃らしてなすがままにされていた。
アーサー=ギークの恋心はルシア以外には知られているが、ルシアには認識されていない。それは何故かといえば、アーサー=ギークがルシアに惚れたのがかれこれ五歳の時だからである。ルシアに対する態度が花の乙女発覚前も発覚後も変わらなかったので、ルシアはアーサーに言い放ったのだ。
「良かった! アーサーは花の乙女のチャームに引っかからなかったんだね!! 良かった!!」
ルシアの心からの安堵の声に、アーサー=ギークはぶちりと何かが切れる音と何かが生まれる音を聞いた。
ーーこの女、絶対、俺のことを好きにさせて好きだと言わせる。
アーサー=ギークはそれからずっと戦い続けている……主に自分の欲望、それと花の乙女に魅了された者たちと。
「アーサー……ねぇ、アーサーは変わらないよね?」
ぽつりといつものように呟かれた不安そうな言葉に、アーサーはいつものように返す。
「変わらないよ、俺は……ずっとだ、ずっと変わらない」
ほっとしたようなルシアを見て、アーサーは奥歯を噛みしめた。
彼らが育った町外れの教会で、ルシアが花の乙女と発覚したとき、感知される前に知った神父が獣に変身しかけたことをルシアがまだ忘れてないことにアーサーは胸の奥がどす黒い気持ちになる。
『花の乙女! これで、私は! 上に行ける!』
しかも、奴は花の乙女に魅了されたわけではなかった。ただ、自分の出世道具にしようとし、ルシアをモノのように扱おうとしただけである。アーサーはその神父を無我夢中で倒し、なんとかルシアを守りきった後で王が寄越した軍と王がルシアを浚ったのを覚えている。
『馬鹿な奴だ、花の乙女が心から愛さないと名声も力も手に入らないと伝わっておるのに』
『坊主、よくぞ花の乙女を守ったーーこれからは我らが守る、故に安心せよ』
大人の勝手な言い分で、ルシアは王宮にかくまわれ、そして、彼女が王子を愛さなかったから学園へと入学させられたのだ。すべては勝手な大人の理屈の元で動いている、そうアーサー=ギークは知っているのである。
「あー、でも、二年会えなかったのに、アーサーは変わってなくて……本当に良かった」
二年の空白に、再会してからの一年半、アーサーは思い出すとすべてが沸き上がっては流れていくのを感じていた。教会で過ごすのが嫌になり軍に入ったこと、そこから”花の乙女”の力でなく、ルシアに惚れた男として自分の力で出世していくと決め、今のポジションになれたこと……それを変わってないだと……静かに燃える血潮をぐっと堪えて、極めて明るく、それでいてウィットにアーサーは頑張って口を開いた。
「おいおい、格好良くなったとか言ってくれよ」
俺こそ褒め讃えられるべきじゃなかろうか、飲み込んだ言葉はなんのそのルシアはくすくすと笑って卵サンドを片手に唇を動かした。
「え〜? アーサーはアーサーだもん」
このアマ・と憎らしげに言って仕舞おうとアーサーが思った瞬間だった、そう、そんなタイミングなのである。ルシアが爆弾を落とすのはいつも。
「アーサーは昔から格好良かったもの」
にこやかに当たり前といった表情でルシアは告げる。アーサー=ギークの心臓を、鉄の意志をぐらつかせるほどの効果抜群な武器を。
アーサー=ギークは胸を押さえる、駄目だ、好きだとは言えない。思わずしたくなった口づけもできない。俺はこの女に言わせるのだ。格好良いでなく、間違えの無い愛の言葉をーーーーと。
「もうそろそろ、お昼終わるわよ、お二人さん」
鈴を鳴らすという形容詞でも足りない美しい声が突如降ってきたので、アーサーとルシアの距離が一瞬で離れる。
「オリヴィア! いつもありがとう、王子のこと止めてくれて」
「身内のことだし、ルシアの頼みじゃ仕方ないからねぇ…………あぁ、それと騎士アーサーも大儀ではあると思っているのよ、ルシアのことを適度にガス抜きさせてくれるから」
オリヴィア=ラ=ステュアートの冷たい瞳をアーサー=ギークは見つめ直す。学園の成績は学力でオリヴィア王女に勝ったことが一度もなかった。王子よりも優秀であるオリヴィア王女には剣術では負けない、が、オリヴィアが女であるからだとアーサーは思っている。だからこそ、アーサーはオリヴィアに対して嫌な気持ちしか持っていなかった。
「ーー王女のお心遣い、いつも感謝しております」
花の乙女であるルシアは”花の乙女"
だからこそ、今、男嫌いの域に達している。そう、だからアーサーに変わらずにいて欲しいと願ってくるのだとアーサーは思っている。そして、アーサーは思っているのだ。
「お心遣い? 別に(私の)ルシアのためだもの」
「ええ、(俺の)ルシアのためのお心遣いです」
にっこりと笑って告げれば、顔を歪めるオリヴィア王女がいたので、心の底から笑った。
ーー花の乙女であることを望んでいないルシアの心を手に入れるのは、幼なじみで前と変わらない俺かそもそも女でありチャームにかからないはずのオリヴィアどちらかなのではないかと。