#019「グリーン・キャニオン」
――立ちはだかりし壁、乗り越えり。返り見れば、その存外に薄きことに気付きたる。
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「お帰り、ユウ。手紙が来てるぜ」
「手紙ですか。誰からですか?」
「それが、差出人は書いてないんだ。よほどの恥ずかしがり屋だな。はい」
「ありがとう、ケン。用心するに越したことは無さそうですね。……この封蝋は」
「早く開けてくれよ」
「開ける必要は、ありませんよ。これは、ただの悪戯です」
「読みもしないで、何で分かるんだ?」
「こんな回りくどいことをする人間は、私には一人しかいませんから」
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「あら、ユウさん。眠れないのですか?」
「スイこそ、遅くまで起きるものではありませんよ。でも、ちょうど良かった。頼みたいことがあるんです」
「わたしに出来ることなら、何でも引き受けますよ」
「そう言ってもらえると助かります。この先に、緑の谷と呼ばれる場所があるのですが、すぐに、そこへ行かなければならない用事ができましてね。長く掛かるものではありませんが、しばらく留守にすることになりそうなんです。そこで、ピアの相手を頼みたいのですが、お願いできますか?」
「いいですよ。ピアさんは面白いから、一緒にいて楽しいもの」
「ありがとう。それでは、お任せしますね」
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「いやぁ、それにしても深い谷ですね。川が糸のように細い」
「こんなところに呼び出して、一体、何をするつもりですか、エフ」
「この前は、思わぬ邪魔が入りましたからね。おかげで、計画が狂ってしまいました」
「冷血卑劣なエフの計画通りになんか、させて堪るものですか」
「オォッと。抵抗する気ですか? それなら、こちらも容赦しませんよ」
「もう、逃げ回る生活は懲り懲りですからね。ここで、すべてを決着させましょう」
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「ハァ。ハァ」
「もう、一本もナイフは残ってないでしょう? 大人しく負けを認めたほうが、身のためですよ? どう足掻いたところで、ジェーは僕に勝てない」
「ングッ。……わかりました。降参です」
「素直で、大変よろしい。さぁ。そんな崖っぷちに座り込んでいては危険です。こちらへ、いらっしゃい」
「恥ずかしながら、チラッと下を覗き込んだせいで、脚が竦んでしまいまして」
「ハッハッハ。それは、いけませんね。腕を貸しましょう。――ノワッ」
「いつだって、詰めが甘いですね」
「クッ。不覚でした。手を離しなさい」
「離しませんよ。エフには、私と一緒に地獄を巡ってもらいます。――ソレッ」
「嫌だ! まだ僕は、死にたくない」
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(ごめんなさい、ピア。もう私は、一緒に旅をすることが出来ません。これからは、ケンやスイと仲良くしてください。それで、私の分も幸せになってください。それから、神様。罪深い私ですが、もしも魂というものが不滅で生まれ変われるのなら、今度は小鳥の姿にしてください)




