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#014「比べることでしか」

――個体数が増えると、識別が煩瑣で難解になる。

  *

「旅券、もしくは査証の提示を願います」

「はい。どうぞ」

  *

「恐れ入りますが、市民簡札、または旅行手形の提示をお願いします」

「はい。これですね?」

  *

「身分証か、個人を特定できる証明書巻を拝見願えますか?」

「はい。こちらで、よろしいでしょうか?」

  *

「こちらの空白部分に、署名をお願いします。どうぞ」

「はい。お借りします」

  *

「起きろよ、ユウ。日は高くに昇ってるぞ」

「もう目が覚めたのですか、ピア」

「早起き鳥は虫を捕まえる」

「六文銭は、早起き二日分。端金には違いないですよ」

「今朝の寝覚めは、イマイチな様子だな」

「これが私の通常ですよ」

「そうか? 昨日の審査手続きで、だいぶ疲れてるように見える」

「組織が大きくなれば、制度は複雑になるものですよ」

「それにしても、さぁ。アレを出せ、コレをしろと、いちいち七面倒臭いことをさせるんだな、ここは」

「郷に入れば、何とやらですよ。そういうピアは、何もしていないじゃありませんか」

「そうでもないって。これでも、文句の一つも言いたいのを、じっと堪えてたんだ」

「そうでしたか」

「ひょっとしたら、前にも訊いたかもしれないけどさ」

「もしかしたら、以前にも同じことを言ったかもしれませんが、どうぞ」

「皮肉で返さないでくれよ。――ユウと、そのあとに続けて書いてる名前は、本名じゃないんだよな?」

「そうですよ、ピア。この名前は、養護院の先輩方に付けていただいた名前です」

「そこは、たしか親を亡くして天涯孤独になったあと、運よく拾われた施設だったな」

「その通りです」

「本名を名乗らなかったのは何でなんだ? それとも、親から教えられてないのか?」

「きちんと伝えられましたよ。でも、私の生まれた村では、本名は家族以外に教えてはならないとされているんです。他にも行住坐臥に関する細かな掟があるんですが、村を出てしまえば無用の長物になるものばかりで」

「そこまで訊いてないって。――別に、生真面目に守らなくても良さそうなものだと思うけどなぁ」

「こればかりは、私の私たる拠りどころなので、絶対に譲れません」

「たとえ合理でなくても、か?」

「たとえ合理でなくても、です。……そうしないと、自分を見失いそうで」

「悪い、聞こえなかった。何か言ったか?」

「いいえ。何でもありませんよ」


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