#014「比べることでしか」
――個体数が増えると、識別が煩瑣で難解になる。
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「旅券、もしくは査証の提示を願います」
「はい。どうぞ」
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「恐れ入りますが、市民簡札、または旅行手形の提示をお願いします」
「はい。これですね?」
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「身分証か、個人を特定できる証明書巻を拝見願えますか?」
「はい。こちらで、よろしいでしょうか?」
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「こちらの空白部分に、署名をお願いします。どうぞ」
「はい。お借りします」
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「起きろよ、ユウ。日は高くに昇ってるぞ」
「もう目が覚めたのですか、ピア」
「早起き鳥は虫を捕まえる」
「六文銭は、早起き二日分。端金には違いないですよ」
「今朝の寝覚めは、イマイチな様子だな」
「これが私の通常ですよ」
「そうか? 昨日の審査手続きで、だいぶ疲れてるように見える」
「組織が大きくなれば、制度は複雑になるものですよ」
「それにしても、さぁ。アレを出せ、コレをしろと、いちいち七面倒臭いことをさせるんだな、ここは」
「郷に入れば、何とやらですよ。そういうピアは、何もしていないじゃありませんか」
「そうでもないって。これでも、文句の一つも言いたいのを、じっと堪えてたんだ」
「そうでしたか」
「ひょっとしたら、前にも訊いたかもしれないけどさ」
「もしかしたら、以前にも同じことを言ったかもしれませんが、どうぞ」
「皮肉で返さないでくれよ。――ユウと、そのあとに続けて書いてる名前は、本名じゃないんだよな?」
「そうですよ、ピア。この名前は、養護院の先輩方に付けていただいた名前です」
「そこは、たしか親を亡くして天涯孤独になったあと、運よく拾われた施設だったな」
「その通りです」
「本名を名乗らなかったのは何でなんだ? それとも、親から教えられてないのか?」
「きちんと伝えられましたよ。でも、私の生まれた村では、本名は家族以外に教えてはならないとされているんです。他にも行住坐臥に関する細かな掟があるんですが、村を出てしまえば無用の長物になるものばかりで」
「そこまで訊いてないって。――別に、生真面目に守らなくても良さそうなものだと思うけどなぁ」
「こればかりは、私の私たる拠りどころなので、絶対に譲れません」
「たとえ合理でなくても、か?」
「たとえ合理でなくても、です。……そうしないと、自分を見失いそうで」
「悪い、聞こえなかった。何か言ったか?」
「いいえ。何でもありませんよ」




