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#010「濁り酒」

――古く傷んだ容器に新しい物を入れるべきではなく、新しい容器に古く傷んだ物を入れるべきでもない。

  *

「このお酒は、林檎を発酵させたものなのだそうです」

「飲むのか、ユウ? 前に芋を発酵させた酒を飲まされて、泡を吹いて倒れたじゃないか」

「そんな古い話を持ち出さないでくださいよ。あのときとは状況が違います」

「俺はユウのことを心配して言ってるんだぜ?」

「ご心配には及びませんよ。物は試しです。もし、これがキッカケで峠を越えてしまうようなことがあっても、後悔はしませんから」

「よくもまぁ、そんな命を賭けるような真似が出来るもんだ」

「でも、ピア。もし仮に、ここの主と私たちの立場が逆だったとして、饗応したのに飲んだ形跡が無かったら、信頼されてないと感じるでしょう?」

「拒絶されている気がするかもな」

「それに、これが向こうのアイデンティティーに重要な役割を果たしているものだとしたら、歴史を侮辱されたと憤るはずです」

「話が大きくなってきたもんだな」

「受け継がれてきた伝統の文化や技術は、過去の知恵と経験の結晶ですから、無視する訳にはいきません」

「でも、格式や型枠を守ることに専念しすぎると、補正や修繕できないところまで綻びが広がって、社会の変化に適応できないまま、重圧に押し潰されてしまう」

「そう。ですから、脈々と続く緯線に、時代に合った経線を織り込んでいくことで、将来に向けて素敵な布が完成させることが必要になってきます」

「何事も、革新と調和が大切なんだな。よし、わかった」

「理解して頂けましたね」

「ただし、条件がある」

「何ですか?」

「俺にも飲ませろ」

  *

「心尽くしには、感謝の言葉もありません」

「もう、お発ちになるのですか? 昨夜、酢漬けにした瓜や青菜が、明日の朝に食べ頃になるのですが」

「とんでもない。もう充分、頂きましたから」

「そうですか。お連れさんの酔いは醒めましたか?」

「ピアでしたら、大丈夫ですよ」

「頭痛と胸焼けを訴えていたようですが」

「本当に、問題ありませんから。失礼します」

「よい旅を」

  *

「あぁ、無理。ユウが二人に見える。どっちが本物だ?」

「肩に留まるのは結構ですけど、くれぐれも私の服に戻さないでくださいね」

「吐き気は治まってるから安心しろ。でも、どうにも頭がガンガンしていけない」

「フフッ。遠い東の島には、お米を発酵させたお酒があるそうです。挑戦してみますか?」

「二度と飲むもんか」

「フフッ。だいぶ懲りたようですね」


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