#010「濁り酒」
――古く傷んだ容器に新しい物を入れるべきではなく、新しい容器に古く傷んだ物を入れるべきでもない。
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「このお酒は、林檎を発酵させたものなのだそうです」
「飲むのか、ユウ? 前に芋を発酵させた酒を飲まされて、泡を吹いて倒れたじゃないか」
「そんな古い話を持ち出さないでくださいよ。あのときとは状況が違います」
「俺はユウのことを心配して言ってるんだぜ?」
「ご心配には及びませんよ。物は試しです。もし、これがキッカケで峠を越えてしまうようなことがあっても、後悔はしませんから」
「よくもまぁ、そんな命を賭けるような真似が出来るもんだ」
「でも、ピア。もし仮に、ここの主と私たちの立場が逆だったとして、饗応したのに飲んだ形跡が無かったら、信頼されてないと感じるでしょう?」
「拒絶されている気がするかもな」
「それに、これが向こうのアイデンティティーに重要な役割を果たしているものだとしたら、歴史を侮辱されたと憤るはずです」
「話が大きくなってきたもんだな」
「受け継がれてきた伝統の文化や技術は、過去の知恵と経験の結晶ですから、無視する訳にはいきません」
「でも、格式や型枠を守ることに専念しすぎると、補正や修繕できないところまで綻びが広がって、社会の変化に適応できないまま、重圧に押し潰されてしまう」
「そう。ですから、脈々と続く緯線に、時代に合った経線を織り込んでいくことで、将来に向けて素敵な布が完成させることが必要になってきます」
「何事も、革新と調和が大切なんだな。よし、わかった」
「理解して頂けましたね」
「ただし、条件がある」
「何ですか?」
「俺にも飲ませろ」
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「心尽くしには、感謝の言葉もありません」
「もう、お発ちになるのですか? 昨夜、酢漬けにした瓜や青菜が、明日の朝に食べ頃になるのですが」
「とんでもない。もう充分、頂きましたから」
「そうですか。お連れさんの酔いは醒めましたか?」
「ピアでしたら、大丈夫ですよ」
「頭痛と胸焼けを訴えていたようですが」
「本当に、問題ありませんから。失礼します」
「よい旅を」
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「あぁ、無理。ユウが二人に見える。どっちが本物だ?」
「肩に留まるのは結構ですけど、くれぐれも私の服に戻さないでくださいね」
「吐き気は治まってるから安心しろ。でも、どうにも頭がガンガンしていけない」
「フフッ。遠い東の島には、お米を発酵させたお酒があるそうです。挑戦してみますか?」
「二度と飲むもんか」
「フフッ。だいぶ懲りたようですね」




