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常連客2

二階の宿泊部屋は、相変わらず不気味だ。

半分が魔術関係の良質な睡眠をもたらす道具で、もう半分は師匠がインテリアとして置いた何の意味もない置物である。

僕にはその判断がつかないので片づけたくても片づけられないのが現状だ。

ジュードさんも壁側に置いてある、大の大人も泣きそうな魔除けの仮面を外して捨てたいと切望していた。

ベッドの上のアドルフさんは、熟睡していたのもあり隈が大分薄れたように思う。

よっぽど眠りたかったのだろう、店に来たときと同じ格好で着替えもせず布団に潜り込んでいた。

トレジャーハンターとか言っていたが、危険な仕事のようだ。

体には大小様々の傷がそこらじゅうにあって、古そうな傷も多かったが最近出来たばかりの瘡蓋の傷も中にはある。

それに加え来たときにも相当ふらふらだったから、怪我もそれはしやすいだろう。

「そろそろかな?」

部屋にある香時計は師匠の言っていた時間にそろそろ到達しそうである。

ジュードさんは結局間に合わなそうだ。一人だけど仕方ない、アドルフさんを起こそう。

僕は床に置かれた枕ほどの大きさの酔漢の人形を見る。

それは金属で出来ているようで、笑った顔の太った男が手に持つ酒瓶を傾けて今にも飲もうとしている格好だった。

僕が人形の手の酒瓶を外すと、小さな音がして男の顔が悲しい顔つきに変化する。

どういう仕組みなのだろう。

「ぁー、」

ベッドの上から声がしてそちらに視線を移すと、アドルフさんがゆっくりと上半身を起こしていた。

「・・・くそ、もう時間か」

「おはようございます」

僕は不憫なアドルフさんを労ろうと、優しい声を心がけて言った。

アドルフさんは僕に視線を向けつつ、寝起きのだるさを抜くように首を軽く回した。

「ああ、今日も変わらず良い腕だった」

目つきが急激に冷たくなり、射抜くような鋭さへと変わる。

「で」

喉元に何かが押しつけられる。それが彼の手であると気付くのに時間がかかった。

「おめーは誰だ」

「はッ・・・!」

喉を締めあげられた。

アドルフさんの大きな手が、容赦なく僕の喉を圧迫する。

ああデジャヴ。最近誰かにも同じように命を狙われたような!

しかも今回の大きな問題は、質問されているにも関わらず、声が出せない状況になっていることだ。

お願いだから答えられないって気付いて!言動が矛盾している。

アドルフさんは修羅場をくぐってきた人間にしか出せない、脅しでない雰囲気を出して僕を睨み付けた。

「ほう、答えねぇか」

答えられないんだって!

どうにか声をだそうとするが、口はパクパク動くだけで音を作らない。

この人うっかりさんなの?うっかりで殺されたんじゃたまったもんじゃないんだけど!

「俺はな、ここの主人に世話になってる恩がある。

おめーみたいな餓鬼でも、知らねぇ奴がうろついてるのを見過ごせねぇ」

そろそろ本気でヤバい。

酸欠で頭が鈍くなってくるのを感じながら、師匠がジュードさんを待てと言った理由に思い当たった。

おそらくいつもアドルフさんはこの店を気にかけてくれているのだろう。

新人の顔を知らなければ、警戒すると師匠には分かっていたに違いない。

しかし、だったらジュードさんが来るまで絶対待ってろって言えばいいのに。

多分大丈夫って、全然大丈夫じゃなかったよ師匠!

「死ね」

うわ、本当に、ヤバ・・・。

意識を失う寸前、駆け込まれる足音と同時に扉が勢いよく開かれる音がした。

「うちの店員だ。手を離せ」

ジュードさんの救世主のような声だった。

手が離され、空気が肺に送り込まれる。

「・・・は、はぁっはぁっ!」

「なんだー、それならそうと早く言ってくれよ!ごめんごめん!」

明るい声で、別人のように軽く笑ってアドルフさんは僕に謝った。

豹変ぶりが恐ろしい。今は普通の好青年にしかみえないのに、一瞬前は完全に裏の人間だった。

「喉を潰されてれば、声が出せないだろう」

「それもそうだ!今、気付いたよ」

この人は致命的なうっかりさんのようだ。この場合、致命的とは周囲の人間を指す。

僕は会う前の優しい気持ちを捨てざるを得なかった。応対するのも命がけである。

よくこの人にイタズラしかけるな師匠!

ジュードさんは困り果てたように手を額に当てて首を振った。

「・・・物事はよく確認してから動けと、俺の時にも言ったはずだが」

「ジュードが軽々と俺をあしらったから、てっきりそれが此処の店員の基本能力かと思ってた」

「此処は傭兵斡旋所じゃないですよ!普通の、魔術店です!」

「そうだったなあ。俺はアドルフ。許してくれるか?」

それは媚びるような笑みで、本当にぞっとする。

誰がトレジャーハンターだ。この人は絶対にマフィアなどに関係した人間だろう。

そんな夢見がちなトレジャーハンターだって信じる人なんて誰もいない。

僕は最低限の接客の仮面を被り、文句を胸に押し込んで言った。

「ええ。・・・よろしくお願いします、僕はアランです」

ジュードさんは事態が纏まろうとしているのを確認し、ため息を一つこぼした。

「アドルフ、もう問題はないな。

俺はアンタの薬を渡す準備をしてくる。量はいつもの通りでいいか?」

「ああ。いつもすまない。助かるよ」

アドルフさんは一階に向かうジュードさんを見送り、それから僕の方を見た。

その目つきはまるで骨董品を鑑定するかのような、丁寧さである。

「なんですか?」

「いや、珍しいものを見たと思って。アルビノだろ、君」

「見たとおりですが」

「ふうん」

アドルフさんは薄気味悪い笑みを浮かべて言った。

「店員ねえ、アラン君本当にそれ、信じてるの?」

「どういう意味ですか?」


「魔術師は、アルビノの人間を『材料』に使うらしいよ?」


久々に、反吐がでる言葉を使われた。

僕は感情のままに、近くにあった酔漢の人形を投げつける。

アドルフの額に命中した人形は、僕の怒りに同調したのか怒った顔に変わった。

「ゴフッ!」

ベッドの上でうずくまるアドルフが体勢を戻す前に、人形に酒瓶を持たせた。

酒さえあれば人形の機嫌がよくなるようだ。心なしか、『任せとけ』と言わんばかりの良い笑顔だった。

「一生寝てろ!」

僕の言葉を聞いたか聞いていないか。アドルフは再び意識を失った。

師匠の助言通り、アドルフの目の前に人形を置いておく。

起きたときに心臓が飛び出るほど驚けばいいのだ。

もう知るか!こんな奴にまともな対応なんてしてやるもんか。

僕はアドルフの対応レベルをミジンコまで引き下げた。

師匠がアドルフをおもちゃ扱いするのは、完全に正しかった。

怒りで胃が捻れそうだ。

極めて悪質な冗談だ。僕が『材料』だと?人間扱いすら、しないとは。

早足でジュードさんのいる一階まで駆け降りる。

普段と違った足音に、ジュードさんが僕の方を向いた。

「どうした?」

「最低の客ですね。僕を魔術師が材料にするつもりだって言ってました」

「・・・そう、か。気にするなよ」

「当たり前です」

心なしか、ジュードさんの返答が遅かったような。いや、気のせいだろう。

鼻息荒く、僕は二階の状況をジュードさんに伝えた。

「二度寝させて起きました。金毟りとりたいなら今です。ついでに路地裏に転がすのもお願いします」

僕の怒りを含んだ言葉に、ジュードさんは大きなため息をついた。

この店のトラブルはだいたいジュードさんに行き着くのだった。

「分かった。アドルフの相手は俺が全部やっておく」

そう言うと、ジュードさんは二階へとアドルフを起こしにあがっていった。

僕が店の奥に移動すると師匠が変わらない体勢で寝ているのが見えた。

この調子では次の食事時までこのままだ。いつもの事である。

ふと、先ほど師匠とかわした会話が蘇った。


「早期熟成、大いによし。収穫がその分、早くなるからな」


いやいや、いつもの師匠の癖のある言い方なだけだ。

師匠は変人だけど僕が本当に嫌なことはしないし、ましてやそんな猟奇的な事をする人ではない。

馬鹿なことを考えるのはやめて、部屋の片づけでもして過ごそう。

僕は乱雑に置かれた本や、片づけられていない機材を整理していく。

『ときめけ片づけの魔法』なんて本もあったから中身を覗いてみたが、残念ながら複雑な魔術本すぎて僕では分からなかった。

こんな本が買ってあるのにこの有様か。この本の著者も無念だろう。

そもそも師匠は夢魔術以外出来ないのだった。

ますますこんな本が購入された理由が謎である。

道具を片づけたいが場所が足りない。

棚も埋まっているし、どうしたものか。

腰ぐらいの高さの棚を少し壁側に寄せたとき、棚と床の間にまるで隠すように置いてあった新聞が出てきた。

僕は最悪のタイミングで、それを発見してしまった。

『アルビノ虐殺相次ぐ。魔術師が高額で取引か』

見出しに息が止まる。

肝心の内容に目を通す前に、ジュードさんがアドルフと二階から降りてくる足音が聞こえた。

僕はそれを見てしまったことを隠す為に、慌ててその新聞を元の場所に戻す。

「・・・どうした」

ジュードさんがいつもの鉄仮面で、僕を見下ろした。

心臓が早鐘のように鳴り響く。

その無表情さが、とても恐ろしく感じた。

「い、いえ。何でもないです」

どうにか笑顔を作って誤魔化す。震える手を強く握って押さえつけた。

「アドルフは帰った。部屋の片づけを頼む」

「分かりました。やっておきます」

どうやら不審がられずに済んだようだ。ジュードさんは特になにも言わなかった。

ゆっくりその場を離れ、アドルフが泊まった部屋へと向かう。

鼓動の早さが収まらない。

僕はどうしてこの人達を盲目的に信用していたのだろう。

ここは暗黒街の一角なのだから。

怖い。

ひたすらに、怖い。

臆病な心が今まで信用していた全てを覆っていく。

部屋のシーツを取り替えながら、僕は全身を震わせていた。


此処から逃げよう。でなければ、僕の心臓は止まってしまいそうだ。

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