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眠り姫2

横になっているグレンダさんは、僕の目から見てただ眠っているようにしか見えなかった。

胸だって規則正しく上下しているし、顔色だって悪くない。

金の髪は枕に綺麗に広がって、絵本の中の眠り姫のようだった。

食事とかどうやってとっているのだろうと師匠に聞いたら、今時は金さえ払えばその位維持できる医療魔術があると言われた。

「それで・・・どうお見立てますか」

「そこそこ美人じゃないか?」

「師匠、聞かれたのは顔の評価じゃないですよ」

ダミアンさんがはらはらと落ち着かない様子で、顔をのぞき込む師匠を伺う。

唐突に師匠は手でグレンダさんの両瞼をこじ開けた。

全開に開かれた目には青い瞳孔が見え、面白い変顔状態である。

「何をなさいます!」

流石にダミアンさんがたまらず叫ぶ。

孫とも思ってる年頃の娘さんがこんな変顔をよく知らない怪しげな人物にされては、心穏やかにはいられないだろう。

「いやいや、診断上必要なことなのだよ」

「本当ですか?」

僕に確認するようにダミアンさんが視線を向けるが、僕に聞かないで欲しい。

僕だってわからないんだから。

首を傾げてダミアンさんに応えると、不安げな表情が一層顔色悪くなった。

師匠は僕たちに構わずティッシュからこよりを手早く作ると、鼻をくすぐった。

ぶえくしょーい!!と、グレンダさんが寝たまま盛大なくしゃみをする。

「本当に、本当に、診断上必要なことなんですよね!?」

肩を揺さぶって僕に聞いてくるが、僕だって判断不可能なんだって。

「し、師匠。弟子の頭が揺さぶられすぎて壊れる前に、ダミアンさんに説明して下さい」

「瞳孔の大きさとかの対光反応、顔面神経の反射とか診るついでに変顔させて遊んでいただけだ」

「やっぱり遊んでたのですか!」

ダミアンさんが悲痛な声を上げた。こんな変人しか頼る人がいないというのも、この人にとって悲劇に違いない。

「まあまあ落ち着け。お嬢さんが快く変顔してくれたおかげで、概ね把握できた。

うん、ねぼすけのお嬢さんの目を覚まさせるぞ」

確信的なその口調は、上手くいかないことなど何の想定もしていない。

まるで小石を拾う程度の事だと。

不安そうにしていたダミアンさんは、何かを感じたのだろう。

口を閉ざし、全てを委ねるように師匠に頭を下げた。

師匠の口からねぼすけとか聞く事に凄い違和感だったが、空気を読んで僕も何も言わずにおいた。

「さあ準備するぞ、弟子よ。ダミアン殿は退出してくれたまえ。

私の魔術に巻き込まれるからな」

「・・・よろしく、お願いいたします」

ダミアンさんは僕たちを残して、部屋を出ていった。

残された部屋で師匠は持ち込んだ小袋から香炉を出し、香木にマッチで火をつけて香をたく。

そういえば師匠は魔術で火を起こすことも出来ないのだったとその動作で思い出した。

上品な香りが部屋全体を包んでいく。僕は普段とは何処か違った雰囲気の師匠に尋ねた。

「お香は何の意味があるんですか?」

「他人の夢に入り込むときは、このように香をたいて夢を見続けてもらうのだ。

夢を見ていない時に当たると、夢を再び見出すまで出られないからな」

勉強になると、頷く僕など気にせず師匠は掠れた声で呪文を紡ぐ。

暫く響いていた声はやがて止まった。準備ができたようだった。

「結局、夢魔のせいなんですか?それとも無理に飲ませられた薬のせいなんですか?」

師匠は僕を見ると小首を傾げた。

「いくら私でも、流石に夢魔退治につき合わせるほど非道じゃあないぞ!

致死率99%だからな!

いくら師匠の私が鬼教官でも。悪魔でも。デベソでも」

「自分で言って落ち込まないでくださいよ。デベソなんですか」

僕の質問に師匠は無言を貫いた。答えているようなものである。

「・・・多分ダミアンさんも夢魔だって思いこんでますよ」

恐ろしい怪物退治に連れてこられたと、かなり緊張していたのだけど。

その心配はどうやら無いらしい。師匠はいつだって、説明不足気味である。

「うむむ、そうか言い忘れていたか。

夢魔は夢を渡ると言っただろう?つまり、現実世界で薬を飲まされたとか、そういった原因で取り憑かれるものではないのだ。

念のため今しがた確認したが、まああれだけ盛大にくしゃみ出来るのだ。

問題あるまい」

「本当に意味があったんですね!」

「弟子よ。ちょっとでいいから、ホンのちょっとでいいから師匠を信じてくれ」

落ち込む師匠に満面の笑顔で追い打ちをかけておく。

普段の言動を省みて欲しい。自業自得である。

「さ・・・さあ、いざ。快!眠!」

なんか力の入らない師匠の声と共に、僕の意識は奪われた。


視界に写る景色は、全てが曖昧で輪郭を持たない。

蜃気楼の直中のような、あるいは砂嵐に巻き込まれたかのような酷く不安にさせる世界だった。

「・・・少し、外れた所に来てしまったか」

横を見ると、師匠は現実世界と変わらない様子で僕の隣に立っていた。

「ここは?」

「夢の外れだ。夢の主人から遠ざかるほど、全ての物は形を失う。

夢の世界で現実の世界と変わらないほど明瞭に描写されているのは、夢の主人からほんの僅かの距離だけなのだ。

覚えておけ。その明瞭な場所まで近寄らなければ、侵入者たる我々は現実世界に戻ることが出来ない」

「・・・はい」

師匠は見慣れない景色に戸惑う僕にそう告げる。

この人は時々真面目になるから、変化についていけない時がある。

そしてその真面目な調子で、とんでもないことをさらりと言った。

「うっかり夢の中で死ぬと、そのまま心臓止まるから遺書とか書いておいた方がいいぞ?」

「そういうのは現実世界にいるときに言って下さい」

今更言われても、もうどうしようもないではないか。

他人の夢を覗くのにそりゃあ危険が伴うだろうけど、生死がかかるのならもっと早めに忠告して欲しい。

誘われ方が散歩並に軽かったから全然そんな覚悟してない。

「まあ何も悲観ばかりすることはない。他人の夢の中とはいえ、此処は夢!

体が触れているという条件さえ満たせば、好き勝手出来るのだ」

師匠は足下から巨大なリクガメを召還する。

上に座って、亀の鼻先に釣り竿で人参をぶら下げた。亀は人参をめがけてのそのそと歩き出した。とっても楽しそうだ。

「師匠が普段どうしてあんなに寝るのかと思ってましたけど、今分かりました」

この人、全力でいつも夢の中で遊んでるに違いない。

それに振り回されている日常を思いだし、少々腹立たしく思う。

「ふはははは。夢は全て、楽しんだもの勝ちよ!

さてさて、夢の主人に会いに行くぞ。

夢の改変は主人に魔術をかけねばならないからな。

さあ、弟子も何かに乗ってみるが良い!うさぎとか」

「うさぎ?そりゃ亀よりは早いでしょうけど、どうせならもっと早い動物の方が良いんじゃないですか?」

「分からん奴め。亀といえばうさぎなのだ。競争しないだけありがたく思え」

師匠が意味の分からない事をいうのはいつものことなので、言われたとおりにウサギを足下に出してみる。

「・・・ウサギの耳は、三つあったか・・・?」

「いえ、本物は二つだって分かってます。心底不思議な物を見る目で見ないで下さい」

三つ耳があるウサギを出し、意外に技術力の要る作業だと気づく。

僕が不器用な訳ではない・・・と信じたい。

真ん中の耳を引っ込めようとしても消えない。

ならば引っこ抜こうと考え、上に向かって力を入れたら案外簡単にもげた。

「ギャアアアア!」

ウサギが白目をむいて断末魔の悲鳴をあげる。

「なにこの弟子、超怖い!」

「ふ・・・不可抗力です!なんでこんな変なところが現実的なんですか!」

「そりゃモゲたら痛いだろうって思うからだ!モぐな!

モぐんじゃない、剥くんだ!」

分かるような分からないようなアドバイスをされ、傷口に治るイメージを乗せてようやくまともなウサギに変化した。

おびえた目で見られているのは気のせいである。気を取り直してウサギに乗り、歩みを進めた。

進むうちに景色は歪んだ輪郭を得て、更に進むうちにはっきりと認識出来るようになってきた。

例えるならば、水中で裸眼で見ようとしたときに似ている。

「いよいよ近づいてきたな」

周りはどうやら閑静な住宅地である。道行く人の姿は一人も無い。

その中でもはっきりと現実と同じように目に映る建物があった。

大きな門構えに庭付きの家で、マクレガーと表札に書いてある。

おそらくグレンダさんが元々住んでいた本邸なのだろう。

「いざ、デバガメするぞ!」

「で・・・でばがめ??

ああだから亀・・・って、何言ってるんですか!?」

師匠は足下の亀を消すと、意気揚々と建物に入っていく。迷わず庭の方向へと足を進めた。

何の根拠があっての事かと問えば、庭師と逢い引き場所なんて一つだろうと言われた。

「カルロ・・・」

耳に入ってきたのは女性の声。

あわてて姿を壁に隠して覗き見すると、木の下で焦げ茶の髪をした青年と、金の髪のグレンダさんが見つめあっていた。

他人が一切いないこの世界で、僕には普通の恋人同士にか見えなかった。

「好きよ・・・」

そう言って自分からカルロさんの胸に頭を寄せる。

「積極的だな。・・・まあ、理性が脆弱化した願望の世界なんだから当然か」

胸が痛む。だって、彼女は現実世界ではこうならないのだから。

グレンダさんが幸福そうであるほど、僕の胸は痛んだ。

「・・・なんて顔をしているんだ」

師匠は僕の頭を乱暴に撫でた。

「やはり起こすのは止めておくか?

夢にいる限り、お嬢さんは幸福なのだから」

そう師匠は僕を気遣ってか提案してくれる。

思い返せば師匠はこの件に乗り気では無かった。

いつもよく寝ている師匠からすれば、ダミアンさんよりもグレンダさんの気持ちの方がよく分かるのかもしれない。

「・・・それは寂しいですよ。いくら望みが叶えられたとしても」

師匠に答えながら、気がついた。

なるほど『願いの叶う薬』とは『夢の中で願いが叶う薬』なのか。

「これは夢です。本当じゃあ、ありません」

一瞬で壊れてしまう儚いものだ。それにのめり込むのが良いとは到底思えなかった。

あと理由はもう一点。脳裏によぎった未来が、僕に警告したからだ。

「それに『はい』なんて答えてしまったら、師匠は言質を取ったと次から大手を振って眠るのが目に見えます」

「よく分かっているじゃないか!察しがいいな!」

予想通りの回答に思わず脱力する。

師匠は本当に寝汚い。朝たたき起こしても、朝食までの間に必ずまた寝ている。

唯一の救いはジュードさんに倣って物理で説得すれば、それなりにスッキリ目覚めてくれる事ぐらいか。

揺さぶるぐらいでは足りない。これで毎度ごねられたら僕は発狂していたに違いない。

「お前の言うとおり。これは夢だ。幻で、たかが夢なのだ」

僕の回答を肯定して、師匠は頷いた。

「ちゃちな薬で見れる夢など、虚構でしかない。

そのカルロとかいう男も、お嬢さんの望むとおりに動くだけだ。

張りぼて同然の、只の人形だ」

「お嬢さんがずっと目覚めなかったのは、自分で夢に耽っていたせいなんですね」

「全くもって根性があるお嬢さんだ。私ですらジュードが怖いから一応起きるのに。

一ヶ月も夢に籠もるとは、並の精神じゃない」

僕は師匠の話に耳を傾けながら、微笑み合う二人を悲しい気持ちで眺めた。

「夢を見続けることもまた、ある種の強さと言えよう。

すぐに目覚めたカルロじゃあ、つり合わないんじゃないか?

まあ、私はどうでもいいと思っているんだがな!」

師匠はきっぱりと言い切った。師匠には情緒というものが欠けている。

「そこで台無しにしないでください」

僕の視線の先で二人はお互いを労るように口づけを交わす。

「ダミアンさんの為にも頑張りましょうよ」

カルロさんはグレンダさんを閉じこめるように抱きしめた。

「理解しているとも」

二人の口づけは思いを表すようにどんどん深くなっていく。

「さて本題。お嬢さんには目覚めたいと思っていただかなくては」

「師匠」

「こうして夢の内側に入ってしまえば、普通のお嬢さんの夢を改変することなど私にとって簡単な事だがな」

「師匠、師匠」

僕は熱のはいる師匠の袖を引いて注意を引く。

「うん?どうした?」

「早く解決しないと、僕の教育上よろしくないです」

師匠は二人の方に視線を向けた。

そして目を閉じた。

「破廉恥!」

「意外に純真!」

師匠を中心に、突風が吹き荒れた。

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