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眠り姫1

弟子になってから数週間がたつが僕には心配が一つできていた。

勿論師匠が変人であること以外に、だ。

この店、本当に客が少ないのである。僕が来てから普通に店先に来店した人は一人もいない。

「ここ、潰れるんじゃないですか?」

思わずジュードさんに聞いてしまったのは仕方ないだろう。

ジュードさんはどうやら普段から表情筋が死んでる部類の人らしく、能面のような顔を僕に向けて言った。

「固定客がいるから大丈夫だ。・・・ギリギリだが」

そういってジュードさんは仕入れてきた薬草類をゴリゴリとすりこぎで潰していく。

作っているのは強力な睡眠薬だという。主力商品だとか。

買っていく人は未だ見ていないけれど。

ジュードさんは僕に基本的な調剤の仕方を教えてくれている最中だ。

因みに師匠はいつものようにぐうすか寝ている。

あれ、僕の師匠だれだっけ?

「店番目的とか僕のこと言っていたので、てっきりもっと忙しいのかと思ってました」

「違う。逆だ。少ないからだ。稀に来る客を、こいつに店番させてたら大概逃すだろ」

「なるほど。でも、ジュードさんがいますよね?」

「俺は稀少な材料探しで忙しい。接客も出来ないしな」

その時、店のドアベルが涼しげな音を立てて来客を告げた。

僕たちは顔を見合わせ、すりごぎを置いてあわてて店先に出る。

居たのは仕立てのよいスーツに身を包んだ老紳士だった。

「いらっしゃいませ」

老紳士がぎょっとした顔をしたのにつられ、視線を辿ってジュードさんをみる。

そこには動かない表情筋を無理矢理動かし、目を限界まで見開き口の端を持ち上げたジュードさんがいた。

なにそれ怖い。

おとなしめに表現して快楽殺人鬼のような表情である。

接客が出来ないと自称する訳である。店の売り上げにまで悪影響がありそうだ。

「ジュードさん、無理して笑わない方がいいですよ!

・・・と、お客様いらっしゃいませ!どんなご用件でしょうか?」

「ふ・・・ふむ、この店は睡眠関係の専門だと聞いたのですが。店主様はおりますかな?」

老紳士は無表情に戻ったジュードさんから僕に視線を移すと、そう聞いてきた。

「えと、睡眠薬はこっちの棚ですし、『イイ感じの夢』が見られる道具はあっちです。

『ひたすら何かに追われる悪夢』も取りそろえてあります。

そういったもの以外をお探しという事ですか?」

「ええ、そうです。夢魔術師に解決していただきたい事案があるのです。

勿論報酬はお支払いいたします。取り次いでいただけませんか」

僕は老紳士の姿を改めてみる。綺麗に整えられた髭に、アイロンがしっかりかけられた上質な生地のスーツ。

履いている靴もブランド物で、履き潰されていない。

僕は商人の子供ではないのでそれ以上の事は判断出来ないが、それでも金払いは良さそうだった。

ジュードさんに確認の意味で視線を送ると、頷いて奥の部屋へと戻っていく。

「すぐお呼びいたします」

「ありがとう」

そして奥の部屋でぷぎゃッという叩き起こされた音が聞こえた。

首根っこを掴まれるようにして師匠がジュードさんに連れられてくる。

「い、いらっしゃいませぇ。よくも私を起こすぐらいの用件をもって来やがりましたな。

話だけでもお聞かせください。

親切、丁寧、迅速がモットーのこのフランキーが、皆様の不安に最もらしく相づちを打ちながら聞き流します」

「師匠、接客対応が最低すぎます」

寝ぼけ眼を擦りながらそんな事を言う師匠は、客の前だというのに僕に向かって言う。

「そもそも、私が何で店を構えたと思う?

店先ですやすやうたた寝しながら店番したいが為だぞ。

そこに起きている店員二人もいる。完璧なはずだ。相手を迎撃するに、完璧な布陣を組んだ。

なのに何故私が起こされるんだ!」

「知らん。このジイさんに聞け」

そうジュードさんが師匠の首を無理矢理両手で老紳士の方に向けた。

師匠の首から何かが壊れる音が聞こえたが、気のせいだろう。

というか、やっぱりジュードさんの接客も相当に酷いものである。

この短時間でこの店の異様さに耐性をつけたのか、老紳士は全てを無視して丁寧な一礼を師匠にした。

「はじめまして夢魔術師様。

私はマクレガー商会を経営しているアダム・マクレガー様にお使えしております、ダミアン・バックスと申します」

「ふむ。その優雅な一礼。ただ者ではないな!」

「お褒めに与り恐悦至極。本題を申し上げても?」

「かまわん、許す!」

僕は接客というものが根底から崩れる師匠の態度に目眩がした。

もしかしなくても、僕が一番この面では常識人なのだろう。そして無力だ。

「アダム様には一人娘、グレンダ様がいらっしゃいます。

16歳になる、それは可愛らしいお嬢様なのですが・・・もう一ヶ月ばかり、目が覚めないのです。

どうか、目を覚まさせていただきたい。報酬はこんなものでよろしいでしょうか」

そういって、手にしていた鞄から紙をとりだしこちらに見せつけた。

初めて見たが、手形というものだろう。

文字はまだ苦手だが、何とか数字は読めた。冗談みたいな大金だった。

しかし師匠は全く興味を持った様子もなく、言い捨てた。

「状況を話せ状況を。順序が違うだろうが。

いつ!だれが!どのように!なにを!どうした!

それも話さず大金を押しつけようとは、全くこのせっかちさんめ。

よくよく聞いてみたら実は狸寝入りでしたーなんて事もあるかもしれないじゃあないか」

おお、なんだかまともな事を言っている。僕は初めて師匠を見直した。

一応本業だから煙に巻かず対応しようとしているのだろう。

ダミアンさんも失礼しましたと手形をしまい、師匠に向かって詫びた。

「始まりは2ヶ月前に、庭師のカルロとお嬢様が恋仲だと判明したことでした。

当然カルロにお嬢様を任せることなど出来ませんので、アダム様はお嬢様を別荘に移し、カルロを首にしました。

後はゆっくり心の傷を癒してお嬢様が落ち着いて下さればと、そう思っていたのです」

「ふん、まあ親が子の神になった気になるのはよくある話だが?

これは嫌われたな。確実に。やーいやーい。パパ大嫌いとか言っただろ」

ダミアンさんは目を伏せて額からこぼれる汗をハンカチで拭いて言った。

「言ってました。その通りでございます」

「それから一ヶ月間、ふて寝してると」

それだったらダミアンさんが此処に来ている意味はないだろう。

師匠の戯言を否定して、話を続けた。

「違います。逆恨みしたカルロが別荘まで追ってきて、怪しげな薬をお嬢様に飲ませ心中を図ったのです」

「薬?」

「ええ。何でもどこかの魔術師に『願いの叶う薬』だと聞いて購入したようです」

「そんな夢物語、あるものか」

「まさしく。同じ薬を飲んだカルロはほんの数日寝込んだだけで、すぐ目が覚めたのです。

しかし、お嬢様は今も目が覚めない」

ダミアンさんは後悔するように唇を噛みしめると、師匠に向かって頭を下げた。

「どうかお力添えを!お嬢様は私にとっても孫のようなもの。

どうしてもお助けしたいのです!」

それは僕からみても、誰からみても、真摯な態度だった。

此処まで師匠に適当な応対をされても、下手にでていたのだって偏にグレンダさんを助けたいが為なのだろう。

これで断れる人間はそうはいないだろう。無表情のジュードさんだって師匠の決断を促すように無言で見ている。

そして、師匠は高らかに言った。

「断る!」

「うえええええ、師匠なんでですか!?師匠最低だあ!」

「な、何故ですか?金額が足りませんでしたか!?」

思わずダミアンさんと一緒に師匠に詰め寄る。

師匠は僕たちを鬱陶しそうに見つめると、もの凄くどうでもいいと言わんばかりに片耳を小指でほじりながら言った。

「私以外でも十分じゃないか。小娘のふて寝を叩き起こすぐらい」

「だからふて寝じゃないってダミアンさん言っていたじゃないですか」

「夢魔術師様!貴方以外頼る人もいないのです!

ひいきの魔術師にも診てもらったのですが、これは夢魔の仕業ではないかと。

ならば自分の手には負えないと匙を投げられたのです!」

青ざめて師匠に縋るようなダミアンさんは必死だった。

初めて聞いた夢魔という単語に、僕は首を傾げる。

「夢魔ってなんですか?」

「師匠が説明してしんぜよう。えっへん。

夢から夢を渡る奴でな?

そいつに入り込まれると夢の世界から出られなくなって、現実世界では植物人間みたいになってしまうのさ。

まあ、撃退するのは至難の業だから、本当に夢魔だったらそこらの魔術師の手に負えないのは分かるが。

勿論、私以外のな!」

「おお・・・夢魔でも退治できると!」

ダミアンさんは師匠の言葉に希望を見いだしたのか、目に涙を滲ませて師匠を見ている。

しかしこの人の場合、話半分に聞いていた方がいいですよ、と胸の中だけでダミアンさんに忠告した。

「どうすればお引き受けくださるのでしょう、金額が足りないのならば私の給料からもいくらか上乗せいたします」

「金の問題じゃない。私の睡眠の問題だ」

きっぱりと言い放つ内容は相変わらず自分勝手である。

問題が金額でない分、余計にたちが悪い。

ダミアンさんは懐に手を入れると、すっと一枚の手紙を師匠に差し出した。

「実はフランキー様をご紹介して下さった方がいるのです。

ご存じでしょう。東の森の守護者、ローリー・オーツ様。

この方の紹介状をもってしても、ご助力いただけませんか」

東の森は恐ろしい魔獣が生息する場所である。

そこに住まう魔術師はそれらが人に近寄らないよう、管理且つ研究目的で狩っているのだという。

当然、魔術師として超一級の実力者だけがそんな危険地帯で住むことが出来るのだ。

「そんな人と、どうやって知り合ったんですか師匠」

「たまたま同じ年に魔術学校に入学しただけの他人だ」

それを人は同級生というのだろう。

それは運がいいというか、いやこうして仕事を押しつけられているのだから師匠にとっては不運なのか。

嫌そうに渋々受け取った手紙を流し読みし、読み終えた所で紙飛行機を折って作ると部屋の中に向かって飛ばした。

目的もなく飛ばされ、落下地点にゴミ箱のような気の利いた物はなく床に落ちるだけである。

そして皆の注目を浴びながら、師匠は諦めのため息をついた。

「・・・わかったわかった。このフランキー、確かに仕事を承った。

大船に乗ったつもりでいろ。マグドゥール山の天辺まで連れていってやる」

ダミアンさんは意味不明な師匠の例えを無視し、ほっと一息ついた。

「ありがとうございます!すぐに迎えを寄越しましょう」

「ただし!我が弟子も連れていくからな。

師匠の素晴らしい仕事ぶりを見せつけるのだ!」

全力で断りたい。しかし、ダミアンさんの子犬のような縋る目が僕に向けられ、断ることは出来なかった。

ふと、初めてあった人に、まるで普通の対応をされていることに気づく。

・・・そういえば僕の特異な見た目について言及されなかったのは久しぶりだ。

まあ、この三人の中では僕は極めて平凡に見えるのだろう。

それが何だかおかしくて、悪いことばかりではないなと少し笑った。


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