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傍にいる理由3


 目抜き通りにある一件の家の屋根で、俺は腰を下ろしていた。非常に目立つ場所だったがそんなものは今、全く気にしなくていいことだった。

 ぬるい風が吹いていて、体からにじみ出る血生臭さを吹き飛ばしてくれる。

 見上げた夜空の先には目を凝らすと見える黒い文様があり、常時形を変え続けながら魔術を発動していた。

 特筆すべきはその異様な大きさだ。町を全て覆い尽くすほどの巨大な文様だった。

 目撃する人間がいたら、思わず通りに出て隣人を起こし、騒ぎながら空を眺めるだろう。通りは人で溢れかえる筈だ。しかし実際は誰もこの文様に反応していない。

 人が動く音がする。俺は全く警戒せず、騒がしい音が近づいてくるのをただ待った。

「こんな近寄りづらいところにいるとは、嫌がらせか?」

「・・・・・・ここなら、アレが見やすいと思ってな。フランキー」

 フランキーは息を切らしながら俺の隣に座った。俺と同じようにバルコニーからこの屋根を上ったのだろうが、貧弱な体には辛い運動だったらしい。

「おお、きちんと発動しているな!材料が貴重過ぎて確かめるわけにもいかなかったからなぁ。

よかったよかった」

 その反応は自分の商品を心配する普通の魔術師である。しかし、だからこそ異常だ。

 一体どんな精神構造をしていればその反応になるのだ。『町を全て眠らせて』おきながら。

 俺は冷や汗をかきながら、フランキーの渡してきた血盟石から解放された文様を見上げる。

 その真下にある町からは、一切の物音が失われていた。人の声も、獣の声も、虫の音も。

 あるのはただ、風の音だけである。

 フランキーの魔術は、確かに眠らせるだけのものだった。しかし血盟石一つでこの規模であると、誰が想像できただろう。効果範囲は見当もつかない。

 とんでもない魔術師がいたものだ。これが魔術の真髄であるならば、俺が今までみた魔術師などただのペテン師にすぎない。

 追っ手に襲われ、どうせ死ぬならばもったいないと、その程度の意志で発動させた血盟石に込められた魔術は常軌を逸したものだった。

 町は今、全て静謐に包まれている。この町で暮らして長いが、このような空気を一度も感じたことがない。

「あと、どれぐらい保つ?」

「2時間ぐらいだな」

 フランキーの気負いしない物言いに絶句する。

 この規模で長時間も発動し続ける魔術を作るのは魔術師でない俺からしても明らかに異常だった。

「化け物め」

 俺はフランキーと名乗った魔術師の評価を正しく下した。魔術を極めた魔術師。神話か伝説か。暗黒街の片隅にひっそりといていい魔術師ではない。

「たまに言われる!主にローリーに!」

 フランキーは全く意に介さない。マイペースに、誰だか分からない名前を言った。

 俺は安眠堂で会った時の様子を思い出す。戻って店員をやれだの言っていたのは、暢気なのではない。常識を越えた絶対的な自信からだったのだ。ファミリーに追われる俺の事情など、フランキーにとって児戯に等しい。

 血盟石の使用時間を夜に指定してきた理由は広大な効果範囲を見れば一目瞭然だ。昼間にこれだけの大人数が眠っていたら異常事態だ。夜でも誤魔化せない部分があるだろうが、フランキーならば気付かれないような魔術を織り込むぐらい簡単だろう。 

 不思議な気分で空を見上げる。星空の下に黒く輝く文様は、目を奪う美しさがあった。

 神に祈っても祈りは届かず、悪魔に願っても願いは叶わず。

 そうやって死んでいく人ばかりを目撃して、俺もそうだと思っていた。

 だが魔術師に与えられた圧倒的な力は、救いのように残りわずかしかなかった俺の運命をねじ曲げ、本懐をも遂げることができた。

 生まれて初めて、まともに呼吸ができた。ずっと息苦しく生きてきたのだと気づく。

「いいのか?」

「何が?」

「全員、殺してきたぞ」

 復讐は完遂された。眠っているファミリーの組員たちを殺すことなど、今までで一番簡単な殺しだった。

 ファミリーの上から下まで、全員息の根を止めてきた。

 試すように聞いたが、フランキーは気にした風もない。

「ああ、血盟石を殺しに使ったってこと?ぜーんぜん!だって私が作ったのはただの眠るだけの魔術だし!

・・・・・・それに、拾った猫だけが可愛いだろう?」

 俺は猫か。

 思わず口を緩めた。すっかり飼い主の気分になっているらしいが、これだけの人物であると理解して抵抗する気は起きなかった。

 どうせ、復讐が終わって行く宛もないのである。俺の顔を知ってる奴は全員地獄に送ったので、フランキーの言うとおり店員でも猫でもやってやることはできるだろう。

 しかし素直に頷いてやる前に、少しだけ意趣返しをすることにした。

「嫌だといったら?」

 フランキーは無言で開いた右手を俺に向けてくる。

「5000万リラ」

「・・・・・・は?」

「血盟石。5000万リラ」

 言われたのは首都に家が持てるような大金である。間抜けな声をだした俺に、悪い顔をしてフランキーは言った。

「あれは売り物だと言ったぞ?返せないなら体で返してもらうしかないなぁ。困ったなぁー」

 マフィアの連中でもなかなかしないような悪魔の表情だった。

「・・・・・・分かった、働いてやる。どうせ断るつもりもなかったさ」

「やた!」

 フランキーは屋根の上で小躍りして落ちそうになる。店員の初めての仕事は、店長を落下事故から守ることだった。片腕で引き上げた体は人形のように軽い。

「そういえば名前も聞いてなかったな。名乗りたまえ!」

 少し考える。もう、フミンヘンの死神と呼ばれたあの男は今日死んだのだ。

「そうだな・・・・・・ジュード。そう呼んでくれ」

「うむ。店員第一号!その名もジュード!かっこいいではないか!」

 どうやら気に入ってくれたらしい。本人よりも満足そうに頷いている。変人ではあるが、つきあうのは悪くなさそうだ。

 ふと、気になっていたことを聞いてみることにした。

「しかし、あの血盟石。なぜ俺に渡した?貴重な物だったのだろう?」

 売ればいくら出しても買う者がいただろう。下手すれば戦略兵器にもなり得る代物だ。

「ああ・・・・・・いいのいいの。失敗作だし」

 どこかすねたように言った言葉は、俺には理解を超えていた。

「世界を覆うのは方向性が違ったから、失敗作。・・・やっぱり・・・ないと」

 最後の声は耳のいい俺にも聞き取れないほど小さいものだった。

しかしフランキーの目は悲しい色を映していて、更に問いつめることができなかった。



「そういえば、どうしてジュードさんは安眠堂で働いているんですか?」

 弟子が板に付いてきたアランが、一緒に薬を調合しながら聞いてきた。

 ふむ。なんと答えるか。

「・・・・・・借金のカタだ」

 予想外の言葉だったのだろう。目を見開き、そして揺り椅子で眠っているフランキーを白い目で見た。

「そんな理由で馬車馬の如く働かされていたんですか!」

 フランキーの人徳を数段下げる誤解をさせたかもしれないが、口べたな俺は上手い言い訳も思いつかない。それにまあ、大した誤解でもないだろう。放っておくことにした。

「踏み倒さないんですか?」

「ああ。理由がないからな」

 結構この生活は気に入っているのだ。誰かに追われることもないし、材料を求めて遠出するのも良い気張らしになる。

 フランキーの傍は存外心地よい。あの日の化け物ぶりを潜ませ、暢気に気持ちよく寝ている姿を見る。

 胸の中だけで問いかけた。

 

 おまえ、俺の過去を見て泣いただろう。


 感情の乏しくなった俺のかわりに、悲しんでくれた唯一の人間。

 死の運命をねじ曲げた恩よりも、俺がここにいる理由はそれだけで十分だった。



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