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屋根裏部屋2

気づくまでに少し時間がかかり過ぎてしまった。

おかしいと気づいていたのに、それを打ち消すように思考が止められる。

もっと時間がかかれば、より思考を絡みとられてしまっていただろう。

確か、この手の夢魔術は時間がかかればより不利になる。

そもそも、ジュードさんが歯を見せて笑った時点で僕は何か手を打たなければならなかった。

爽やかに笑うジュードさんなんて、今まで一度も見たことが無い。

しかしこの失態は夢魔術師の弟子として恥である。

ここが夢なのだとしたら、僕はどうしてこの普通ではない夢に囚われてしまったのだろう。

記憶を遡ってみるが何かに邪魔されているのか思い出せない。

外出などはしていなかった気がする。家の中で何かが起きたのだろうか。

僕は一人になった世界で首を傾げた。

しかし、あの二人の奇妙な姿は一体何だったのだろう。

夢の中で望みを叶えるのはよく聞く話である。ならば、あのジュードさんと師匠も僕が望んだ姿だったのだろうか。

確かにジュードさんには、何の影もない普通の人のように過ごして欲しいと常々僕は思っていた。

共に過ごしていると僕と師匠のじゃれあいを何処か眩しそうに見つめている時がある。

そんな時はさりげなく話しかけて輪に混じってもらうのだが、時折堪えるように苦しそうな顔を見せる事もある。

きっと、過去に何かがあったのだろう。埋めきれない大きな喪失が。

僕を捕らえているこの夢は、僕の願いを読みとってあんな爽やかな笑顔のジュードさんを演出したのだろう。

ならば師匠のあの姿は?

師匠はどうしてあんな姿だったのだろうか。

僕は師匠に健康体になって欲しいとは思ったが、美人になれとは願ったことなど無い。

ふと、まさかと思い師匠に脳裏で肉付けしてみようと試みる。

それが形をなす前に、誰かの声と共に店先の扉が勢いよく開いた。


「助けに来たぞ!!!」


後光と共に輝かしく登場したのは、腰に手を当てたポーズの師匠である。

ふんぞり返ったその肉体は、異様に体が筋肉で肥大している。

先ほどの美人師匠のイメージを粉々に打ち砕く見事な筋肉質な肉体である。

この師匠こそ夢であって欲しい。全力で!

「美人師匠戻ってきて!」

「へーい!聞き捨てならないその暴言!」

残念ながら、僕はこの筋肉ダルマ姿であっても師匠だと確信してしまっている。分かってしまう悲しさ。

「何ですかその姿」

「いやあ、あのまま誘惑されていたら流石に救済措置が必要だろうと」

筋肉と救済措置。繋がらない筈の二つの単語が不穏である。

でもこの突拍子のなさに、目の前の人こそ師匠だと確信を深めていく。悔しいことに凄く落ち着く。

推測通り、僕は何かに巻き込まれ、夢を見させられているのだろう。

師匠はそんな僕を助けに来てくれたらしい。

「・・・僕は今どんな状況なんですか?」

「昼間になっても起きてこないから見てみたら、自分の部屋で魔道具に囲まれて大の字で床に寝ていたぞ」

「うわあぁああ」

赤面するのを自覚しつつ、脳裏に夢に陥る前の記憶が蘇る。

ベッドの下に置いていた道具を避け忘れ、足を取られて間抜けにも頭から魔道具の山に倒れたのだった。

極々単純に凡ミスである。

それなりに真面目に修行もしてきて、魔術にも慣れてきた今になってのこの失敗は恥ずかしい。

「これじゃあ、師匠のこと笑えないよ!」

「へいへーい!いっぱいいっぱいなのは分かるが、もうちょっと師匠の心も労って欲しいな!」

そもそも師匠が散々魔道具に足を取られ、転びまくるから僕の部屋に持ってくるしかなかったのである。

じろりと横目で見れば師匠は言葉に詰まり、我が身を省みたのかしおらしくなった。弱い。

しかし自分の手に負えない魔道具まで自分の部屋に持ってきてしまったのは大きな失敗だった。

「う、うむ。しかしよく自力で夢だと気づけたな。美人な私に誘惑されて結構ひやひやしたぞ」

「人間という括り以外に共通点ありませんでしたよね」

この妖怪筋肉ダルマを目の前にすると、美人師匠とは雲泥の差である。

筋肉の衝撃が強すぎて、寧ろ何故美人師匠を師匠だと思いこんでいたのか疑問に思えるぐらいの格差だ。

先ほどの予感は気のせいだったに違いない。

冷たく言うと筋肉師匠は大仰な動作で悲しんで見せた。

「そこまでか!?」

鏡を見ろ。いや、鏡持ってなかったな。

「しかし、少し性質の悪い夢だ。強制的に眠らせた上、眠っている事にも気づかせないようにしている。

催眠も含んでるなぁ。そんな道具、持っていたっけ?」

「把握してないんですか?」

「昔、骨董商に言われるがままに買っていた時期もあってなぁ」

だから店に怪しげなインテリアがあれほどあったのか。

今はしていないのだろうが、起きたら何があるか把握するところからしよう。

「魔道具によって強制的に眠らされたなら、それを判別せねばなるまい」

いざ行かん!と、師匠は丸太のような腕で梯子をつかみ、僕の部屋へと突撃する。僕もその後を追った。

部屋をのぞき込んで、想像していなかった部屋の様子に絶句する。

「こざかしい真似を」

師匠が苛立ちを隠さずに言った。

部屋には魔法道具が溢れていた。足の踏み場もない様子で、ごろごろと数多の道具が転がっている。

僕が元々部屋に置いていた数よりも、明らかに倍以上に増えていた。

天井からはランタン型の夢導入具が10個ぐらいつり下がり、ガラス花瓶に見立てた呪具は色違いで5色並んでいる。

2個の独楽が勝手に床を滑り互いに打ち合っていて、足下で踏みそうである。

帽子かけにつるされていた陶器の鳥は6羽の群となり、止まり木のように帽子かけに止まっていた。

金細工の水牛は親子でのんびり貴重な薬草を机の上で食べている。

1つしかなかった催眠具の円盤は3つに増え、起動して壁から僕たちに向かって明滅していた。

本でさえもよく床が抜けないものだと心配になるぐらいの量に増え、天井までびっちり隙間無く積みあがっている。

「僕の部屋が魔道具の楽園みたいになってますね」

「関心している場合じゃないぞ、弟子!」

もしも現実でもこうだったなら売ればかなりの儲けになるのになあ、などと貧乏人の性でついつい考えてしまう。

「どうしましょう。片っ端から壊しますか」

確か鍵となる魔道具は夢と現実世界を繋いでいる為に、夢で壊せば現実でも破壊される筈である。

「それも一案。しかし、折角だ。別の穏便な方法も教えてやろう」

指を一本たて、得意げに師匠は僕に言った。

「夢を引き寄せている魔道具も、夢の主人と同じように明瞭な形を持つ。

しかしそれは極めて小さな範囲でしかないのだ。

つまり夢の主人である弟子がこの場から離れれば、不明瞭になるはずの夢の世界でそれだけが不自然に明瞭に浮き上がるのだ」

「なるほど」

それなら他の物を壊す手間も無い。的確な方法に流石夢魔術師であると思った。

やっぱり本物の師匠は、どれだけ見栄えが良くなくても偽物とは違う。

「それじゃあ、行ってきます」

僕は早速梯子に手をかけ、下に降りる。適当に外まで出て誰もいない町並みを堪能したところで、安眠堂に戻った。

屋根裏部屋では師匠が赤色のガラス花瓶を片手に持ち、襲い来る陶器の鳥を反対の手であしらっていた。

中々忙しそうである。

「その花瓶がそうですか」

「うむ、そうだ」

師匠は陶器の鳥をシーツでくるんで大人しくさせてから僕にその花瓶を手渡す。

よく見ると小さな赤い石が埋め込まれ、生き物のように波打っていた。

「血盟石だな。魔術を保存する効果がある。

・・・壊すもよし、術を解くもよし」

術を解いた方が自分の勉強にもなるし、魔道具自体を壊さずに済むので損失にならないとは思う。

しかし現実とあんなにも違う様子にも関わらず、違和感を感じさせなくする魔術など気味が悪い。

僕は少しでも早くこの歪な空間から脱出したくて、大きく花瓶を振り上げる。

そして床に叩きつけた。

砕け散るガラスと共に、夢が崩壊した。


眼にまず映ったのは、よく見知った天井だ。

僕は本当に大の字になって盛大に転んでいた。

無理矢理寝かせられたせいで働かない頭を少し振り、眠気を払う。

足下には砕かれたガラス花瓶の呪具が散らばっていた。

屋根裏部屋から下を除いてみれば、いつもの鉄面皮のジュードさんと眠そうな痩せこけた師匠がいた。

「・・・現実だ」

矢張りジュードさんは笑わっていない。いつか夢みたいに笑ってくれたらと、願っている。

けれどそれは、現実のこの世界で僕がやらなければならない事なのだろう。

師匠も、この手間がかかる師匠が僕は好きなのだ。

手を伸ばし、僕を助けてくれたのはこの奇人たる師匠なのだから。

階下の光景に胸をなで下ろし、僕は砕け散った破片を箒で片づけた。


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