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友人4

数日後、師匠が迎えに来る日がやってきた。

ベスちゃんはこの前の告白で心境が変わったのか、顔を合わせられないと暫く狩りに出て行った。

強者とみなした者には敬意を表すのがこの師弟の面白いところである。

多分師匠は気にしてないどころか、可愛いとしか思ってないと思うけど。

「おっむかえだっぞー!」

「師匠!お久しぶりです!」

扉を開けて入ってきた師匠に僕は全力で抱きつく。鶏ガラのような体だ。

「え、どうしたの?なんでそんなキラキラしい顔してるの?」

「師匠・・・師匠には僕がついていますからね!」

僕は師匠を安心させるべく、努めて優しい笑顔を向けた。

師匠は失礼にも顔をひきつらせ、ローリーさんにゆっくりと視線を移す。

「何をした?」

「安心しろ。弟子として必要な修行をさせただけだ。

・・・お前の弟子として、な」

師匠はそれだけでローリーさんと僕の間にあった会話を察したらしい。

「おいぃいいいい!お前は!何時も!どうして全力で余計な事をする!」

普段のキャラをどこかへ放り投げて、師匠は頭を抱えて絶叫した。

「この前も!

協会委員だれも賛成しないのによくも私を守護者に指名しやがって!

お陰で魔術協会委員長に呼び出されたんだぞ!

『え?どうして君なの?実は秘められたパワーでもあって変身したりするの?』とかいい年したジジイに真面目に聞かれた時の私の心境を考えろ!

委員長に呼び出されるなんぞ、居眠りしまくっていた学生以来だバカヤロウ!」

師匠が壊れた。僕は師匠を支えるつもりだったのに、どうしてこうなった。

泡をとばす勢いで叫ぶ師匠に、しれっとローリーさんは言葉を返す。

「それは普段の生活を省みた方がいいのでは?」

「黙れ元凶め。私が昔の事を忘れたと思うなよ。

お前がつきまとうせいで、私の学生時代の最後の方は暗黒だ!黒歴史だ!

昼寝スポットは子分をつれたローリーに全部潰されたし!

授業は意味不明に隣に座るし!

教科書を貸してくるな。わざと忘れてるんだよ!」

「師匠、それは感謝すべきですよ」

「うわああん、味方がいない!

まだあるさ!なまじ見た目がいいから、女子学生連中の嫉妬の渦ったら。

危うく女性恐怖症になりかけたね!

ベッドのシーツの下に毎日エンドウ豆入れられるし。

お気に入りの黒いローブは蛍光ピンクに変わってるし。

飲み物には眠気覚ましの薬を混入させられるし!」

師匠の嫌なことを確実についている素晴らしいリサーチ力である。

普段どれだけ師匠がダンゴムシに憧れているか知っているので、そこまで構われてたら流石に可哀想かもしれない。

「お陰で惚れ薬騒ぎだ。薬草学をまともに受けていない私にそんなもの作れるはずないだろう!

しかも作れないなら作れないで、勉強態度に問題ありってどういうことだ!

どの選択肢もアウトじゃないか!」

追いつめられていく師匠が目に浮かぶようである。

はっきり言って自業自得な部分が多すぎるのは気のせいだろうか。

「それで、結局どうなったんです?」

「公衆の面前でフった。分かるか?

告白されてもいないのに、フるんだぞ?意味不明だろ?何のプレイなの?

タイトルをつけるならこうだ。『勘違い女大爆死!~トラウマは猛獣と共に~』」

「え?え?え?」

僕は会話の流れが突然分からなくなった。

師匠の鼻息荒い魂の叫びに、とんでもない情報が混じっていなかったか。

「・・・師匠」

「うん?」

「女の人だったんですか?」

瞬間、周りの空気が止まった気がした。

「言ってなかったか?」

「見れば分かるだろう?」

分かるかい。

ローリーさんの動物的本能のような特殊能力、僕は全く持っていない。

目しか見せない、声もしわがれている、口調だって変人そのもの、胸は皆無。

何処に分かる要素があるというのか。

「嘘だ!家に鏡の一つも持っていない女の人がいるはずない!」

「残念だが、一応、生物学上は女性だ」

ローリーさんの静かな声が、僕の幻想を打ち砕いた。

僕は呆然として地面に手をついた。夢の一つが壊れた瞬間である。

師匠は苛立ちが僕の質問で少し収まったのか、衝撃からすぐに復帰できない僕を横目に大きくため息を吐いた。

「アラン」

「はい」

「夢魔の事を聞いたな?」

「・・・はい」

「悪いが、その件に関して気遣いはまっったく不要だ。

ローリーがどう説明したかは知らないが、私は過去などもう気にしていない」

「そうなんですか?」

師匠の目を見てみたが、確かに薄暗い感情は何も見えなかった。

何処まで信用していいか迷い師匠の言葉の続きを待った。

「夢に耽るのは、趣味と実益を兼ねての事。

だから安心して眠るのを見守ってほしい。

そう、眠るのはハッピーなんだよハッピー!」

急に胡散臭くなってきた。

「騙されるなよ」

「ローリー!いらん事を言うな!」

ローリーさんに噛みつくように言うと、師匠は疲れたように指で眉間のしわを伸ばした。

よく考えれば、師匠が不必要に寝ないように叩き起こすのは毎日やっている事である。

たいして行動に変化があるわけでもない。

「まあ、師匠は師匠ですからね」

「どういう意味?」

「過去があっても。女の人でも。秘められたパワーで変身しても。

僕は師匠の弟子として傍に居ます」

師匠は鳩が豆鉄砲くらったかのような顔をして、その後珍しく顔を赤くして僕の頭を乱暴に撫でた。

「この弟子め!この弟子め!」

これは罵っているのだろうか。

ローリーさんは僕たちの馴れ合いを見て、口元を緩ませた。

「良かった。・・・潰さないでおいて」

「おい」

師匠が洒落にならない声で鋭くつっこむ。

まともな対応をしてくれてたと思ったのが、まさか薄氷の上の安寧だったとは。

「フランキーの見る目を信じてはいたがな」

「本当か?」

ローリーさんは師匠の疑わしい視線を流し、「ところで」と話を変えた。

「お前の要望通り、弟子の面倒をみたわけだ。

俺に貸しが一つあるな?フランキー」

「・・・はあ、まあ、ソウデスネ」

ローリーさんは借金取りと同じような笑みを浮かべて、師匠に言った。

「魔術大会でお前の使った催眠呪文、教えろ」

「昔の事をネチネチと・・・」

師匠は過去の事を思い出したのか嫌そうな顔をした。

魔術大会でもしも師匠が真面目に戦っていたら、ローリーさんに此処までかき回される未来も無かっただろう。

でも僕はローリーさんが師匠の友人でいてくれて本当に感謝している。

「言うわけないだろう。自分の手の内を開かすようなものじゃないか」

「だから、こうして頼んでいる」

師匠は僕が世話になったことで義理を感じたのか、小さく呟いた。

「『スキトキメキトキス』だ」

「師匠、この期に及んでまで嘘つかなくても・・・」

「『スキトキメキトキス』・・・だと・・・!」

僕の窘める言葉を、ローリーさんの驚愕の声が打ち消した。

まさか本当に使っていたのかい。

それを違和感無く使えてしまう師匠の人柄に僕はがっかりすれば良いのか、感動すればいいのか。

「はははははは!はぁーッははははははははは!」

ローリーさんが我を忘れて大笑いする。

気が狂ったかのような笑い方に師匠は眉を顰めた。

「ああもう。面倒くさい事になった!帰るぞ弟子!」

「は、はい」

僕は腕を無理矢理引っ張られるようにして、ローリーさんの小屋を後にした。

後ろからはローリーさんの、獰猛な声が響きわたる。

「はははははは!一週間も前か!この化け物め!」

「化け物って言う方が化け物なんですー!」

なんだろうこの高レベルで低レベルな争いは。

結局の所、仲の良い友人なのだった。

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