友人3
僕たちは揃ってローリーさんの前に座らせられた。
ローリーさんは腕を組み、極めて厳しい表情で主にベスちゃんに視線を向けている。
静かな怒りがひしひしと感じられ、何処でつけたのか返り血まで頬についているものだから正に覇王の雰囲気だった。
その怒りを向けられていない僕ですら怖いのだから、ベスちゃんは涙目で俯いてすっかり大人しくなっている。
「・・・それで」
一言低音の声が発せられただけで、ベスちゃんは大きく肩を震わせる。
「どうして俺の言いつけ通りに家に居なかった?
あげく、命じてもいない修行をアランにさせるとは。
そこまでアランが気に入らないか」
「・・・違います・・・アランにフランキーを倒してもらおうと・・・」
「最低限フランキーさんと呼べ。あれはお前の師たる俺の友だ」
ベスちゃんは拳を握りしめ、俯いた顔を上げた。
「どうして、お師匠様はフランキー・・・さんを特別扱いするんですか?
他の人は友人扱いだってしないじゃないですか。
私はフランキー・・・さんがお師匠様の友人だという事に納得がいかないです!
ましてや今のところ次の守護者に指名されている事にも!」
ローリーさんは弟子の主張を聞いて、少しだけ片眉を上げた。
しかし反応したのはそれだけで、厳しい表情から変わることは無かった。
「俺はあいつより強い」
あいつとは師匠の事だろう。
突然の言葉に首を傾げるが、内容には全く疑問も抱かない。
「だが、あいつも俺より強い」
その言葉を僕とベスちゃんは理解出来なかった。あの吹けば飛びそうな貧弱さの師匠にローリーさんが勝てる要素が無い。
しかも前の発言と矛盾している。
二人で首を傾げたのを見て、ローリーさんがため息をついて説明した。
「魔術学校ではな、年に一回トーナメント式の魔術大会が開かれる。
自薦と他薦により選ばれた者同士が、魔術を使って戦うのだ。
最上級生の時、俺は当然のように出場者にエントリーした。
同時に当時変人で名の通っていたフランキーも、からかい混じりの他薦によりエントリーされていた」
僕は師匠の学生時代を思い浮かべる。
今と変わらない不審人物ぶりで遠巻きにされていたのだろうなあ。
友達が少なくて孤立していたのかな。師匠かわいそう。
あっでも想像の中の師匠は快適そうに授業中寝てる。心配いらないな。
「場所は外の広い校庭で、場内に復元の魔術をかけて行われる。
その中でどれだけ破壊がなされても、魔術により元に戻るように」
僕はローリーさんの説明に、状況を思い浮かべながら耳を傾けた。
「俺は一番最初にフランキーと戦った。そうでなければ、戦う機会も無かっただろう。
あいつは驚くほど弱いと評判だったからな。
ふさわしくない場へのこのことやってきた弱小相手に、もう二度と俺の前に立つ気が起きないよう全力で一撃を叩き込んだ」
僕は話の流れから、不屈の精神で起きあがる師匠を思い浮かべた。
「フランキーはその日一番の飛距離で場外まで吹き飛んだ。
地面に顔面をめり込ませ、生け垣の木の枝も折れたな」
そんな事は無かった。師匠はやっぱり師匠だった。
「流石お師匠様」
ベスちゃんは昔話に目を輝かせながら聞き入っている。
彼女にとっては師匠がローリーさんにやられる話なんて、さぞや楽しいだろう。
「俺はそのまま優勝した。当然だ。雑魚ばかりだったからな。
最初に戦ったフランキーの事など、記憶にも残っていなかった。
問題は、その数日後の事だ」
ローリーさんはその時を思い出したのか、険しい表情を若干緩め、手を合わせて擦った。
「授業中の事だ。校庭の端まで道具が飛ばされてしまってな。
たまたま垣根の傍まで近づいた。生け垣の木々は美しく整えられていた。
その時、ふと気づいた。フランキーが倒した木はどれであったかと」
ベスちゃんも僕も、はっと息をのんだ。
「見当たらなかった。俺は修復魔術を行った教師に確認もした。
場外においては何の魔術も使っていないと言われた。
ならばフランキーの残した地面の痕は?折れた枝は?
急いで治療中だというフランキーに会いに医務室に行った。
アイツは重症患者というには、余りに安らかに寝惚けていた。
俺はギプスで巻かれた腕を強引に解いた。何の傷も負っていなかった」
ベスちゃんは目を見開き、信じられないような面もちでいた。
僕は正直それがどれほど凄いことなのか、この二人ほど正確には分からない。
だけど師匠は言っていた。魔術師に催眠魔術はかけづらいのだと。
それを全校生徒、教師も含めた大人数に気づかれないようにかけるのは一体どれほどの事なのだろう。
「目が覚めたフランキーは言った。
『やあやあ、ばれてしまっては仕方ない。どうか秘密にしてくれたまえ。
私は今堂々と眠れるという最高の環境にいるのだ』」
「師匠・・・」
学生の頃から変わらず寝汚いな。凄い人だと分かっても、その力を使う方向性が師匠らしすぎて笑うしかない。
「分かるかベス。俺はフランキーを簡単に倒せるだろう。
戦わせてくれるならば、だ。
そしてフランキーもまた、俺を簡単に倒せるだろう。
だから俺はアイツを俺の友とした」
ベスちゃんは椅子が倒れるぐらい勢いよく立ち上がると、そのまま外に出ていってしまった。
追いかけようとしたが、腕をローリーさんに捕まれて制止された。
「いい。放っておけ。ベスは頭を冷やした方がいい」
確かに外に行っても危険な魔獣ばかりいるので、ベスちゃんのように慣れていない僕はかえって危険のように思えた。
僕は大人しく席に座り直し、ローリーさんと再び向き合う。
「・・・ベスの未熟さで、迷惑をかけたな」
「いえ。お世話になったのは僕の方ですし」
「そうか」
ローリーさんは一呼吸おいてから、緊迫感を解いて椅子に深く座り直して僕に聞いた。
「嬉しかったぞ。フランキーが弟子をとったと聞いて」
「この通り、未熟者ですが」
「何を言う。初めは誰でもそんなものだ」
恐ろしいエピソードの数々を持っている割に、話してみると普通の人のようで拍子抜けである。
課された修行はそれなりに厳しいけども、ついていけないほどではない。
それは僕が、師匠の弟子という立場だからなのだろうか。
そんな事を考えていると、ローリーさんとの間に不自然なほどの沈黙が落ちた。
何か言い出そうとしているようだったので、僕はローリーさんが話し出してくれるのを待つ。
やがて口を開いた。
「フランキーはまだ、いつも寝ているのか?」
「ええ、毎日です」
「そうか、まだ見つかっていないのだな」
「何がですか?」
「夢魔」
僕はローリーさんの顔をまじまじと見た。冗談を言っているようには見えなかった。
夢魔という単語は、僕の中でかなり危険な部類の存在だという事しか情報がない。
そもそも、師匠の寝汚なさに理由があるとすら想像したことがなかった。
「どういう事ですか?」
「夢魔に憑かれた人間は死ぬ。その定めから逃れた唯一の人間こそ、お前の師だ」
致死率99%。そんな事を師匠が笑いながら言っていたのはいつだっただろうか。
その1%分は、師匠本人が生み出した奇跡。
「フランキーが憑かれたのは学生以前、3歳から8歳の間の五年間。
その間にアイツの両親は亡くなった。
それ以来、フランキーは失った自分の時間と両親の仇として夢魔を探し続けている」
言われた情報は余りに衝撃的なものだった。
僕はローリーさんがそれを僕に伝えたかった為に、こうして二人の空間を作ったのだと知った。
師匠、僕は貴方の事を何も知らない。
「恨んで・・・?あの、師匠が?」
「さあな。俺は過去の状況を人づてに聞いただけだからな。
俺は魔術大会後に暫くアイツのストーカ・・・もとい、友情を深めるために調べただけだ。
当時の嘆きは相当なものだったらしい。
当然だろう。目が覚めたら、全てが失われたのだから」
僕を闇からすくい上げてくれた師匠に、僕は全てを委ねて甘えてしまっていた。
僕は師匠の事なんて何にも考えていなかった。
それは普段の明るさから考えると、嘘に思えるような闇だ。
しかしローリーさんは僕があの人の傍に居るために必要な情報を与えようとしてくれている。
「僕は・・・いつも、ただ夢で遊んでいるばかりかと」
「無知は罪だ。しかし、知った後で挽回出来るものもある」
ローリーさんは、優しく笑って僕に言った。
「思い切り迷惑でもかけてやれ。フランキーが仇の事を忘れるほどに」
「はい」
僕は師匠の弟子である事が、何より尊く感じられた。
きっと師匠は本当に優しいのだ。あのままでは死んでしまっていた僕を、見捨てられないほどに。
ローリーさんの所へ来れてよかった。僕はきっと、あの人を支える事が出来る。
「・・・また、修行よろしくお願いします」
「ああ」
とても嬉しそうな笑みに、僕は少しだけ恐怖におののいたのだった。




