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友人

鬱蒼とした森の中を、獣道を辿って奥に入り込んでいく。

師匠の迷いのない足取りだけが頼りで、僕は遭難したらどうしようとか不安ばかり抱えてしまう。

それほど深く暗く湿った、先の見えない密度の濃い森である。

普通の森とは明らかに一線を画した気配をはらんでいる。

此処は東の森または死の森、魔の森とも呼ばれている場所だった。

気分が上がらないのは師匠も同じであるようで、体の貧弱さも相まってこまめに休憩をしながら進んでいた。

「師匠・・・あとどれくらいですか・・・?」

「あと一時間くらい・・・」

消え入りそうな声で返事があり、師匠の限界も近いのではないかと思う。

普段出無精な師匠が此処まで遠出して来たのには、勿論理由がある。

師匠の同級生、ローリー・オーツさんの元で暫く修行をさせてもらうのだ。

この提案を聞いた時、師匠の親心が素直に嬉しかった。

師匠は本当に夢魔術以外が壊滅的なので、他の魔術師に基礎だけでも習っておいでと言ってくれた。

僕は今まで誰にも将来を気にしてもらった事が無かったので、正直浮かれている。

そんな僕の内心など露ほども知らず、師匠は荒い息を吐いて座り込んだ。

「もう面倒だな・・・帰ろうかな・・・」

「そこは最後まで格好よくいて下さいよ!」

「弟子をより便利に・・・使い勝手よく・・・ウハウハな毎日・・・」

「なんか聞こえちゃいけない言葉が聞こえてきたような」

暫く動けそうもない師匠の隣に僕も座り、持ってきた水筒から水を飲んだ。

「ううう、ローリーに会いたくないなあ。

でもアイツぐらい安請け合いしてくれる奴もいないし・・・」

「そういえば、ローリーさんってどういう方なんですか?

守護者になれるぐらい凄い人なんですよね?」

「凄いといえば凄い。魔術学校開設以来の天才とか言われてたぞ。

入学時には上級生をブチのめし、中学年には教員をブチのめし。

自分が上級生になった時には近隣の皆様方を含め全員から番長と呼ばれ。

卒業後は武者修行とか言って全国津々浦々の魔術師の元へ赴いては、看板をかけて勝負をしかけるという迷惑行為で名を轟かせ。

ようやく腰を落ち着けたのが、戦う相手に事欠かないこの東の森だ」

凄い。確かに凄い。

しかし僕が望んでいた凄さとは違うというか、超越してしまっているというか。

予想以上の情報に、僕は急に先に進みたく無くなってきた。

「・・・他に人選は無かったんですか?」

師匠は無言で目線を逸らした。師匠の交友関係の貧しさを覗いてしまった気がした。

どうしよう。挨拶代わりに僕もブチのめされるんだろうか。

痛いのは嫌だなあ。でも師匠が折角頼んでくれているのだ。

・・・うん、頑張ってみよう。

その時どこか遠くから甲高い鳥の鳴き声が聞こえた。

それに合わせて慌てて周囲の鳥達が一斉に羽ばたいて逃げ出す。

師匠は目を見開き、立ち上がって辺りを見回した。

「まずい」

冷や汗を垂らして師匠は僕の手を引き、小走りで先を急ぎ出す。

一気に増した緊迫感に、僕は戸惑いながら聞いた。

「あの声は、何ですか?」

「鳥熊。鳥の頭に熊の体の魔獣だ。

意外に鍋にすると美味しい・・・ではなく!超危険生物だ!

あああ、ローリーが全部鍋にし終わったと思ったんだがなあ!」

食べたんですね。そしてローリーさんが乱獲したんですね。

さりげなく常識も吹っ飛ぶ情報を流しつつ、師匠は珍しく必死に足を動かして先を急ぐ。

鳥熊はそんな僕達をあざ笑うかのように草木をかき分けて近づいて来ていた。

足音や鳴き声が、次第に隣にいるかのようなすぐ傍で聞こえるようになった。

僕たちは必死で走るが、併走する影が木の合間に見え隠れする。

人間よりも二周りは大きい、筋肉の塊のような影だ。見えた頭は梟に似ている。

「クルルルルゥ!」

四足歩行の鳥熊が、不気味に首を傾げて鳴いた。完全に標的にされていた。

「し、師匠!ね・・・眠らせましょ、う!」

「そ・・・そうだな・・・!

時人、夢守・・・百年の間にやからうからの・・・ごふっ!

ひもねす・・・ひぃっ・・・ふうふう・・・げふっ」

呪文もまともに言えない師匠に、僕は死を覚悟した。

こんな事なら毎日師匠に散歩でもさせて、体力をつけさせておくべきだった。

もし生還できたら実行しよう。絶対に、絶対にだ!

必死に走る僕たちに向かって、女の子の呆れた声が聞こえた。

「間抜けねぇ。この程度の魔獣も狩れないなんて」

そして正面方向から何かが鳥熊に向かって投げつけられる。

「ガフッ!」

鳥熊の悲鳴に目を凝らせば、氷の槍が眉間に突き刺さっていた。

必殺の一撃を受けて鳥熊の体が崩れ落ちる。

助かった。

危機が去ったのを知って、師匠と僕は倒れるように地面に転がった。

そんな僕たちの前に現れたのは、金髪碧眼の気の強そうな女の子だ。

腰に手を当てて息もまともに吸えない僕らを冷たい目で見下ろした。

「あ・・・あり・・・あり・・・ベスちゃ・・・」

「生憎、私は蟻ではないわ」

「・・・ありがとうベスちゃんと・・・言っているみたいです・・・」

師匠のメッセージを正しく翻訳したが、ベスちゃんと師匠に呼ばれた少女の目が和らぐ事はなかった。

「全く。お師匠様に頼まれなかったら、あんたたちなんか助けなかったんだから!

相変わらず愚図ね!フランキー!」

最初の印象通りになかなかキツい性格であるようだ。

僕は師匠が馬鹿にされて苛つくが、命の恩人であるため反論するのも躊躇ってしまった。

「師匠・・・彼女は・・・?」

「ローリーの弟子のベスちゃん・・・。見たとおりの美少女・・・」

ならば僕にとって礼を尽くさねばならない相手だ。

「ベスちゃんさん、フランキー師匠の弟子のアランです。お世話になります」

「師弟揃って馬鹿なの!?ちゃんとさんを一緒につけないで!

いえ、どっちも嫌ね。ベス様とお呼び!」

今まで僕の周りにいなかったタイプの人だ。

嫌いになるよりも突き抜けて面白いと思ってしまった。

「ベス様」

「そう。それで良し」

ベスちゃんは満足そうである。この人の師匠なんだよなあ、ローリーさんは。

ますます脳内人物像が筋肉隆々の厳めしい覇者に近づいていく。

「さっさと鳥熊を担いでついて来て。今日は鍋よ!」

鳥熊は完全に食材の部類に入るらしい。正に弱肉強食の世界だ。

逞しいベスちゃんの指示通りにどうにか師匠と鳥熊を担ぐ。

ベスちゃんの背中を追うと、そう遠くない森の中に小さな家が現れた。

「お師匠様ー!連れてきました!」

ベスちゃんが大声で呼びかけると、扉が開いて中から一人の男性が現れた。

その姿は僕の事前の予想を裏切り、美男子とも言える細身の青年だ。

あれ、思ったよりもまともそう。

彼は鳥熊を担がされている師匠の姿を見つけ、口の端をつり上げた凶悪な笑みを浮かべる。

「よく来たな・・・我が好敵手よ・・・!」

『とも』と呼んでいるのに、何故か別の意味に聞こえる不思議な現象に見舞われた。

中身はどうやら寸分違わず予想通りのようだ。

師匠は鳥熊を地面に置いて、何処か遠い目をして答えた。

「ヒサシブリー、ゲンキダッター?」

呪いでもかけられたかのようなぎこちない声を、ローリーさんは気にしない。

「ああ、元気だったとも。・・・証明して見せようか?」

「イエ、ケッコウデス。ア、ソウソウ、コンカイアリガトウネ」

「俺がお前の頼みを断ったことは無いだろう?」

「イツモ、タスカッテル!」

本当にローリーさんが苦手らしい。普段以上に不審人物となった師匠は、一刻も早く会話を切りたそうだ。

一方のローリーさんは師匠の何処が気に入っているのかわからないが、本当に親しげに話しかけてくる。

ベスちゃんの不機嫌な顔を見て、確かにこれでは師匠が嫌われても無理はないと思った。

「ソレジャアヨロシク!」

「任された」

師匠は僕を置いて、全力で逃げ出した。さっき鳥熊に襲われた時と同じぐらいの速度である。

過去に一体何があったのだろうか。本当に嫌いなら頼らないだろうし。

まあ、これからお世話になれば聞く機会もあるはずだ。

取り残された僕はローリーさんに向かって頭を下げた。

「よろしくお願いします」

「ふむ」

まるで見定めるように遠慮のない視線をローリーさんは僕に向ける。

「アランといったな。最初の修行だ。捌け」

顎でベスちゃんの倒した鳥熊を指し示す。僕が今までみた生物の中で最も大きい。

師匠。僕はどうやら、相当逞しくなれそうです。

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