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道ならぬ恋3

鐘守りが戻ってきたとアドルフが連絡をくれたのはすぐの事だった。

冤罪で職を失わせてしまったことを悔いた神父が、慌てて探して復職させたのだという。

「良かったですね」

「まあ、暫く人間関係が複雑になりそうだがな」

「教会で冤罪ですからね」

戻ってくるしかないとしても、疑った人間の事をそう簡単に許せる人は少ない。

そこはもう僕の手に負えるところではないので、皆が仲良く過ごせる日がくるようにと願うばかりである。

師匠はあくびをかみ殺しながら教会の鐘を見上げた。

ジュードさんは用事があるので、今日は師匠が付き添いである。

先日ジュードさんとアドルフの三人で居たときは白い目を向けていたシスター達が、ほぼ似たような格好の黒ずくめの師匠と僕を見て納得したように頷きあっていた。

分かりやすく魔術師の師弟の格好なのだと、客観的な評価を認識せざるを得ない。

きっと陰で「魔術師ならあの怪しさも納得ね」とか話しているんだろう。

残念ながらその通りなので別に問題はない。僕の心が一般人への憧れを叫ぶだけである。

「鐘守りのじいさん、出てきたみたいだぞ」

「本当ですね」

夢で見たとおりの優しそうな老人は、自分の冤罪を晴らした僕のことを聞いていたのか僕たちに向かって小さく会釈した。

僕もそれに手を振って返事をした。

カラスにつつかれてボロボロになった甲斐がある。

木に登った時、カラス達は僕の白い髪に興味津々で何本か引っこ抜いていった。

その痕は今でも小さな禿として残っている。いくらその内生えてくるとはいえ、精神的な傷は大きい。

その犠牲を経て得た成果に胸を張るぐらいの事は許される筈だ。

師匠は僕とは対照的に興味なさそうに無反応に棒立ちして、こぼすように呟いた。

「結局気付かなかったか」

「え、なにがですか」

「もう答えがくるさ」

未熟者、と続いた言葉に僕は背中を蹴られたような気になった。

そうだ。僕は師匠の修行を最後まで理解出来なかった。

師匠の視線の先で、鐘守りの老人が別の何かに笑顔を向ける。

「あ」

僕はその姿を見て全てを理解した。


それは小さな青い鳥だった。


彼女の髪と全く同じ美しい青い羽根を持った小鳥が、くるくると老人の周りを飛び回っている。

挨拶を交わすように、あるいは愛を告げるように歌う。

それを老人は微笑ましく見守って、僕には聞き取れない何かを鳥に向かって話しかけていた。

あれが彼女の本当の姿。

「僕が見ていたのは鳥の夢ですか」

思い起こせば確かに違和感はいくつも感じていた。

彼女の名前も、教会の名前も教えてくれない。

居るのはいつも高いところで、宙に浮くことが自然と出来ている。

宝石の価値もわからない。それは全て彼女が鳥だったからだ。

気づいてしまえば拍子抜けするほど簡単な事だった。

しかし、僕は夢は人のものであると決めてかかっていた。

「人になりたいと望む、鳥の夢さ。

いつ気付くかなと思っていたのだが、とうとう気付かなかったなあ」

思わず押さえた胸に押し寄せたのは切なさだ。

なるほど彼女は確かに一生をかけて恋をするのだろう。

その短い一生を、あの老人に愛を歌う事に費やすのだ。

障害が多いどころではない。決して叶わない愛を。

師匠は僕を見て慌てたような声を出した。

「なんだ弟子よ。泣いてるのか!」

誤魔化すように僕は潤んだ目を袖で拭った。

「おかしいなあ。何故泣く。わははと、笑ってくれるかと思ったのに。

これはいっぱい食わされたと、鳥に化かされたと。おかしいなあ」

師匠の言っていることにこれっぽっちも同意出来ない。

小鳥の想いの深さを知って、恋の結末に全くの希望が無いのだと知って、僕は心が苦しくて仕方ない。

傍に立って幼子をあやすように顔をのぞき込んでくる師匠は、僕に導くように説明した。

「人に見られたいと望んだ鳥の夢に、お前はまんまと乗せられたのだ。

けれど夢の中で人に見えたのは、弟子が思いこんでいたせいもあるのだぞ。

鳥が描いたイビツな絵を、先入観によって弟子が細部を書き加えて完成させたのだ。

それが弟子の未熟さなのだ。私には徹頭徹尾、鳥に見えた」

そして次に発した言葉に愕然とした。


「ただの鳥だ」


彼女をただの鳥と表現した師匠を遠くに感じる。

なぜ内情を知った彼女に対して、そこまで情無く言ってしまえるのだろう。

「師匠は変です。だって、師匠も見ていたのでしょう?

彼女の思いも知ってしまえて、何で『ただの』と言えてしまうんですか」

師匠は理解できないといった風に首を傾げた。

「鳥は鳥だろう?」

僕は衝撃のあまり呆然として聞いた。

あの感情豊かな彼女を前にして、師匠は最初から最後まで一貫して『ただの鳥』にしか見えていなかったのだ。

それは未熟な僕には到達出来ない境地であった。

それが真実を見通す目だとしたならば、なるほどこれは修行である。

でも、なんて鋼のように冷たく強靱な心であることか。

師匠はそんな僕に苦笑して、優しく頭を撫でた。

「まあそれもお前の良さか。

けど、夢での事に気をとられ過ぎるなよ。現実の姿こそ真実なのだから」

この時ばかりは、素直にハイと頷くことが出来なかった。

かつて師匠はある人の夢を、たかが夢だと言った。

その姿勢は全くブレていない。僕もその時には同じように言ったはずだった。

夢でのことは本当ではないと。

何故、その時のように簡単に言ってしまえないのだろう。

視界の隅で老人と話していた鳥が、空を泳ぐように飛び僕の元へと近寄って来た。

鳥は着地すると、跳ねるように移動して僕の傍に寄った。

「やあ。・・・その姿では初めましてだね」

僕はしゃがみこんで、鳥と視線を合わせて話しかける。

人ではない鳥は当然夢の中とは違って、言葉を返すことは無かった。

それがどうしてか寂しい。

けれど鳥は自分の美しい羽根に嘴を突っ込み、一本を抜き去る。

青く美しい羽根を僕に押しつけるように渡してきた。

そういえば夢の中で、お礼をしてくれるって言っていたか。

「ありがとう」

羽根を受け取ってみれば、宝石にも遜色ない光沢があり輝いて見えた。

それだけでも美しい羽根だったが、何より価値があるのはこの羽根を鳥自身が抜いてくれた事にある。

鳥は一声鳴くと用事は済んだとばかりに再び空へと舞い上がり、円を描くように飛んでどこかへと去ってしまった。

正体に気づけなかった未熟さを認めたとしても、僕はやっぱり彼女をただの鳥だと言うことがどうしても出来ない。

僕は鳥が去っていった方向に目を向けながら、隣の師匠に話しかけた。

「師匠」

「うん?」

「夢であっても。心を交わせれば、僕にとっては本当です」

「ははははは!」

それは僕の反抗に気を悪くしたものでもなく、ましてや馬鹿にしたような笑いでも無かった。

「そうか。言うなあ!嫌いじゃないぞ」

師匠は純粋に楽しげに僕の言葉に頷いた。

けれど、それは決して師匠が僕の考えに同意したという事ではないのだった。

僕が思っていたよりもずっと、師匠は遠い所に居るのだと気づいてしまった。

いつかそれを少しでも理解出来てしまう日が来るのだろうか。

「さあ、用事も済んだことだしとっとと帰ろう」

大きな欠伸をしながら師匠は足を翻す。僕は胸に羽根を大切にしまい遅れてその後を追った。

「さーて。

今日の夕飯は何かな、チキンかな」

僕は意地悪な師匠の一言に冷たい目を向けた。本人は全く気にした様子でも無いのが腹立たしい。

「その無神経さ、逆に尊敬しますよ」

「なんだ弟子。もう二度と出さない方が良いか?」

僕はかなりの長時間の沈黙の後、悔しさを滲ませながら言った。


「・・・・・・・・・・・・半月くらいでお願いします」

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