道ならぬ恋2
「・・・という訳で、僕に洗いざらい知ってることを話してください」
「そうやって俺の所に来るあたり、アラン君たら本当にあいつの弟子だね」
アドルフは片手で頭を掻きながら、嫌そうに顔を歪ませた。
それでも逆らう気などないようで渋々腰を持ち上げる。
彼の家は小さなアパートにすぎなかったが、護衛らしき強面の隣人が住んでいるのをちらりと行きがけに目撃した。
鉄面皮のジュードさんに同行してもらわなかったら、対抗出来ない所だった。
実際はアドルフの配下全員僕の顔を覚えさせられているので、下手な通行人よりも無害ではあろうけども。
「セントアダルバート教会ぃぃい?
あそこは早々人の入れ替えなんぞ無さそうな小さい所だったよなあ」
そう呟く内容は僕がアドルフを選んで正解だったと思わせた。
決して狭くないこの町の隅々を、驚くべき記憶力で把握しているのだった。
やっぱり本人がどう否定しようが裏の人だからだろう。
アドルフは音の悪いベルを一度鳴らし、直ぐに現れた玄関先の人影と何かを小声で話し合う。
扉の隙間から覗けた顔は隣人の強面のお兄さんだった。
わあ、裏世界っぽい。
そんなやり取りに少し興奮と居心地の悪さを感じて隣のジュードさんを見たが、全く興味が無さそうな雰囲気で無反応だった。
慣れすぎていて逆に怖い。
ジュードさんも、掘り起こしたらとんでもないモノが出てきそうだと思う。
師匠の飼育係している普段ばかり見てるから忘れそうになるけども。
「・・・ぁー。・・・どな、で・・・。・・・わかった」
アドルフは玄関を閉めると、僕を振り返った。
「確かに鐘守りの男が最近辞めたらしい。
というか、首になったんだと。窃盗を疑われての解雇」
よく情報がそんなに簡単に分かるなと感心すると同時に、予想外の情報に首を傾げた。
「窃盗?」
僕は顔だけしか老人の事を知らないが、とても優しそうな人だった気がする。
「本当ですか?そんな事するような人には見えなかったんですが」
「坊ちゃんらしい発想だねぇ。人は金の為なら簡単に盗みだって出来ちゃうの。
それも守護天使像に使われていた宝石が盗まれたんだっていうから、相当なワルだね」
脳裏には夢で見た鐘塔の映像が蘇った。
鐘が吊された周りには守護天使の華美な像が確かに存在していた。
確かにあの場所で価値のある物がなくなったのならば、真っ先に疑われるのは老人に違いない。
「・・・でもそんな分かりやすく盗みますか?
だって自分しか出入りしていない場所ですよ?」
「俺に聞かないでよ。とはいえ鍵もかかってる建物らしい。
おまけに外から盗むにしても、地上何メートルって話で外部犯なら相当慣れてるねえ。
結局宝石が戻らない限り、誰かが責任を取って辞めなければならないんじゃないの?」
アドルフは興味なさそうに冷たく言った。
「辞めた鐘守りは今何処に?」
「さあ?結構な年寄りらしいし、身よりも無い。
野垂れ死んでてもおかしくないねぇ」
彼女の嘆く姿が思い起こされた。彼女の恋が無惨に終わるのは、何となく気に食わない。
元々、障害の多そうな恋である。
その想いをそっと見守る程度に世の中優しくあってもいいんじゃないか。
「探す」
「何を?」
「宝石!それさえあれば、戻ってこれるんでしょう」
「おお、頑張って」
他人事のようなアドルフの返事に、僕は満面の笑みで言った。
「アンタもだよ!三人で探せば、見つかるかもしれないだろ」
それを聞いてアドルフは顔をひきつらせ、今まで置物のように無言で壁際に立っていたジュードさんは「俺もか・・・」と小さく重いため息をついたのだった。
◆
散々探したのだが、結論から言えば収穫は無かった。
地面に這い蹲って草の根をかき分けるように教会の敷地内で、落下しそうな場所を探し回ったのだが何も見つからなかった。
いくら教会という人が出入りする場所とはいえ、大の大人二人が不審な行動を取っているものだから、シスター達に陰でひそひそと囁きながら白い目を向けられた。
わざとらしく「あー、僕の大事なおもちゃが見つからないなー」などと、子供らしいフォローを入れてみたけどもどれだけ効果があったことか。
そんな涙ぐましい努力もむなしく、手がかりになりそうな物も何も見つからなかった。
僕はそれを夢の中で再び彼女に会い、報告する。
前回と同じく屋根の上にいた彼女は事の次第を聞き、あっけらかんと僕に告げた。
「あ、それなら見覚えあるわ」
「散々・・・探したのに!」
僕は膝から崩れ落ちた。
彼女に確認するのが先だったか。完全に無駄骨である。
僕は虚しさを覚えながら改めて彼女に聞いた。
「何で教えてくれなかったの」
「そんなに大切な物なんて思わなかったんだもの!」
守護天使像に使われている宝石は、天使像の目に使われている鮮やかな紅玉だ。
それが無くなっていれば大問題になるなんて、直ぐに分かるだろうに。
一体どんな感覚の持ち主だ。まさか現実では大富豪の娘だったりしないだろうな。
それともまさか。
「君が盗んだなんて事は・・・」
頭を拳で叩かれた。非力なようで、痛くない。
「そんなことしないわよ!
そんな事をするのはカラスくらいよ!」
僕はあっけにとられ、彼女の言葉を繰り返した。
「カラス?」
「そう!半月前ぐらいかしら。意気揚々と抉り取った赤い宝石を持ってく姿を見たの」
予想もしていなかった犯人に驚く。
てっきり人間だとばかり思っていたが、まさかカラスだったとは。
道理で地面を探しても見つからない訳である。
しかし相手が鳥だと行動範囲が一気に広くなる。巣を見つけるのは大変だ。
「うーん、流石にカラスの行動範囲まで把握出来ないよ」
アドルフの人脈でも、カラスまで網羅されていないだろう。
「カラス・・・カラスねぇ」
三人の人間だけで、この町のカラスの巣を全て調べるなど到底無理な話である。
「ここまでかな・・・残念だけど」
「ちょっと、何勝手に諦めてるの!」
彼女は僕の胸ぐらをつかんで詰め寄るが、そんな事言われてもこれ以上探す手だてがない。
そういいかけたが、彼女の言葉に耳を疑った。
「ちゃんとどの巣に持ち帰ったかまで見たんだから大丈夫よ」
「・・・ホントに!?」
「勿論。私、いつもこの辺りにいるから」
彼女は得意げに胸を張り、指で方向を示す。先には大きな木が枝を茂らせているのが見えた。
僕は問題解決の糸口が見つかった安堵と同時に、違和感を覚えた。
何かを見落としているような、そんな感覚だけがあるものの正体はつかめない。
・・・師匠の言う修行って、結局何の事なのだろうか。
「これであの人も戻ってこれるわよね」
「うん、多分ね」
「よかったぁ」
顔を緩ませ、胸に手を添えて安心する様子を見て、僕も気持ちが緩む。
後は僕が目が覚めた後、木に登ってカラスにつつかれながら巣を荒らすだけだ。
・・・酷くつつかれないといいけど。此処まできたら、そのぐらいの苦労は黙って負おう。
「・・・戻ってきたら、好きって伝えるの?」
「もう言ってるわ。毎日、好き好き好きって」
それは凄いな。驚くべき積極性だ。
「反応は?」
「いつもあしらわれちゃうのよねぇ」
それは逆に言いすぎて本気にされてないのでは。
「頑張って」
「勿論よ」
いつか、彼女の思いの一端が彼に届けばいいと思った。
自信に満ちたとても可愛らしい笑顔で彼女は僕に言う。
「あの人が戻ってきたら、貴方にお礼しなくちゃね」
「・・・いいよ別に」
「あ、期待しないで。私にあげられる物なんて限られてるし」
「?・・・わかった」
僕は大事なことを聞いていない事を思い出した。
「君に会いに行こうと思ってるんだけど、君は誰?」
そういえば、僕は名前も聞いていない。
たった二度の邂逅だが、ここまで話題に出ないのは上手くはぐらかされていたのかも知れない。
彼女は少し目を伏せて、静かな声色で言った。
「じゃあ、教会に来てくれたら会いに行くわ」
視界が白み、夢が遠ざかっていく。どうして彼女は悲しそうなのだろう。
答えが分かるのは、もうすぐだった。




