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出会いと後悔

僕は襤褸切れを頭に被り、独特の異臭を放つ裏路地をふらふらと歩いた。

まだほんの子供だろうその姿に、道行く人は誰も声をかけたりしない。

当たり前だろう。この場所はこの国で最も闇を隣に生きている場所なのだから。

下手に手を出して、財布を盗まれるなんて日常茶飯事。

あるいは囮で、誘われてついていけば屈強な男に囲まれたりなどしてもおかしくない。

髪も目ものぞき込まなければ分からないぐらいに、深く布をかぶった怪しげな子供になどかける情けは無いのだった。

「おなか、へった・・・」

言うと同時に情けない音がお腹からなる。

泣きそうになりながら、それでも歩き続けなければならなかった。

僕は農村より売られてきたのだった。

それ自体はよくある話だ。そのまま村にいても食い扶持などないのだから。

その事には自分も納得した。せざるをえない現状だった。

そして目の前で金銭のやりとりを親とされ、その人買いが更に人買いへと物のように自分を売り渡した。

親に渡した金の何倍もの金額で。

ふつうの子供であれば、そうはならずいつも通りに漁村などにつれていかれただろう。

しかし、僕は普通の子供とは違った。

その膨れ上がった金額に恐れをなし、また一応生んでくれた親を馬鹿にされたような気がして。

おとなしく引き渡されてたまるかと、人買いの隙をみて逃げ出したのだった。

とはいえ今は出身の村よりかなり離れた街である。行くあてなど何処にもない。

もつれる足を何とか動かし、歩き続けていたがそれもこれまで。

陰のようにひっそりとある店の前で、遂に力つきて倒れ込んだ。

文字の読めない僕には掲げられた看板など気にも止めなかったが、そこにはこう記されていた。

『安眠堂』と。



ふわふわ。暖かい。家でだって、こんな上等な毛布にくるまれた事はない。

此処・・・何処だ!!

僕は目を開き寝ぼけていた頭を首を振って覚まさせた。

体を起こして慌てて周囲を見渡せば、宿屋のような作りの部屋に自分が寝かせられていることに気がついた。

奇妙なのは、部屋中に理解のできないインテリアが飾られていることか。

サイドテーブルには繰り返し同じ動作を続ける金属の鳥がおかれていたり、壁には異国の仮面が、そして天井にはいくつもの札や人形、あるいは全く材質の分からない破片のような物が吊されている。

じわりと汗がにじみ出てくるのを感じる。

これは、もしかすると。

嫌な予感が胸を過ぎる。

昔、近所の子供が言っていた。恐ろしくて怖い魔術師の家には、大概呪いの道具が所狭しと置かれていると。

逃げようと決心したその時。予想外に男とも女とも分からない掠れた声がかけられた。

「起きたか」

口から心臓がでるほど驚いて、声の聞こえた方向を目を凝らして見た。

そこには黒い布の固まりが立てかけてあった。

いや、違う。その奇妙な黒色の物体は、よく見ると人の形をしていた。

口はマスクで隠され、タートルネックを来た上にさらに必要な時期でもないローブをその身にくるんでいる。

その上手袋までしていて、長髪の黒髪に全てのコーディネートを黒で統一しているのだから、唯一外に出ている人間らしい目に気づかず人だと思わなかったのも仕方なかった。

その怪しすぎる格好が、何よりも雄弁にその人物の職業を物語っていた。

「魔術師・・・」

「いかにも」

その人は性別を判断させる材料を全く持たない。声も小さく掠れ、着込んだ服のせいで体つきも不明だ。

知らず唾を飲み込んだ僕を気にした風でもなく、魔術師は勝手に説明し始めた。

「これみよがしに店の前で倒れていたからな。

営業妨害にもほどがある。何せ、おまえ、この店の名前が分かるか?

『安眠堂』だぞ?安眠堂。そこにどう見ても悪夢を見ているおまえが倒れて見ろ。

評判が悪いだろうが」

「す、すみません」

「まあいい。どうでもいい。私はフランキー。

白、おまえ、どうせ行く当てもないんだろう」

白と呼びかけられ、僕はそこでようやく自分が何の覆いもなく顔を晒していることに気がついた。

余りに異質な容姿。白すぎる雪のような髪と赤い目は、今の状況に自分を追い込んだ原因でもある。

僕は、生まれつき色素など持たないアルビノだ。

「僕は、アランです」

そして、怒りを含んだ声色で力強く言った。

「白って言わないでください」

今まで受けてきた差別が脳裏をよぎる。この人も僕をまるで人ではないかの様に扱うのだろうか。

しかし僕の真剣な怒りのまなざしなどまるで気にせず、魔術師は自分の都合だけを言った。

「そうか、分かった。ところで白。私に拾われないか」

分かったといいながら、すぐに白よわばり。

僕は早くもこの人物がかなりの変人であると気づき始めていた。

なんだろう、この、もの凄く、勝手な感じ!

というか、いま僕を拾うとか言わなかったか。

目を見開いてフランキーを見ると、人一人新たに家に迎え入れようという重大な提案を、軽々しく、夕飯のメニューを決めるような感じで言った。

「最近睡眠が足りなくてな。何せたったの10時間しか寝られていない。

10時間だぞ!?これは深刻な人手不足だ。

ついでに体のいいげぼ・・・いや、弟子も欲しかった所だ」

「いや、今下僕って言いかけましたよね」

聞き捨てならない。あと10時間も寝れば十分じゃないのか。

半目でじっと向けられた視線などフランキーは気にせず続けた。

片手でインテリアの陰から皿に乗ったパンを出すと、押しつけるように僕に渡した。

「気にするな。それ食え。やれ食え。パンでも食え。

ついでに恩でも感じて弟子になってしまえ」

「わあ下心丸だしの言葉、ありがとうございます。

弟子になる気は更々ないですけど!」

「そうか残念だ。君の弟子としての最初の役目はまずパンを食うことだ。

そんな皮と骨と諦めきれない希望、みたいな見た目をしてるから倒れるんだ。

私は師として君を堕落させる事から始めるとする。太ってしまえ」

頷いてなど一度もないのにフランキーの中で僕が弟子だと既に決定しているらしい。

この無理矢理押しつけられているパンを食べる事が、僕にとって弟子を了承するのと同義に思えた。

お腹は空いている。しかし、これほど手を着けるのが躊躇われるパンがあっただろうか。

「安心したまえ。そのパンに変な魔法薬は混入させてない」

「そんな心配全くしてませんでした。今言われるまで」

なんだか気にするのも馬鹿らしく思えてきて、一気にほうばる。

パンは、なんの飾り気もないパンだった。

でも、染み渡るように美味しかった。夢中で食べた。

不意に涙がぼろぼろこぼれてきて、自分が自分で思っていたよりも追いつめられていた事を知る。

フランキーは僕が食べきったところでまた何処からかパンを出しては皿に乗せる。

半分やけくそで次から次へと食べる僕に、雛に餌を運ぶ親鳥のようにフランキーはパンを乗せた。

にんまりと笑っているように見えるのは気のせいでは無いはずだ。目しか見えないが。

「なかなかやるな。その食いっぷり、上出来だ。

弟子よ、師は嬉しいぞ!さあ宣言するがいい。『僕はまるまる太って、師匠の一番弟子になります』と」

「絶対言いません。特にその前半部分!

・・・師匠」

最後はぽそりと、付け加えるようにいった。

かあっと頬が赤くなる。何で照れているのだ僕は。

「なぜ顔を赤らめて…は、恋か!」

「違う!!」

早まったか。この通じ合わない人間を本当に師匠としてよいのか自分。

自問自答した。しかし、どうせ他に行く当てもない。どこかでのたれ死ぬよりはましなはずだ。

悪い人では無いように見えるし。変人であるのは確信を持っているが。

フランキー、いや改め師匠は相変わらずのかすれた声で大げさに胸をはる。

「では我が弟子に我が愛する城を紹介するとしよう。

ここは魔術店『安眠堂』。睡眠催眠に関しての専門店だ!

宿屋代わりに使えば5秒と待たずにすぐぐっすり。

売ってる薬の効き目は天下一。目覚めませんとも死ぬまでは。

そして私は夢魔術師、フランキーである。

覚悟しろ。逃れられない快眠の悦楽を!

おののくがいい!迫りくる毎夜の安眠に、どんなヤンチャ坊主だって夜更かし出来ない恐怖を!」

おののく要素がまるでない。夜はどうやら快適そうである。

僕には睡眠専門専門店など聞いたことがなかった。夢魔術師だって同じだ。

なんだその夢魔術師って。僕は一抹の不安を感じた。

「あの・・・夢魔術師ってなんですか師匠・・・?」

おそるおそる聞いた僕に、師匠は絶望の答えをかえす。

「睡眠催眠関係魔術しか修得しなかったからな私は!

他の魔術は下級魔術『マッチの火』すらもできんぞ?」

あ、失敗した。

早速後悔した僕を一体誰が責められるというのだろう。

しかしこの日から、悪夢を見ることは確かに無くなったのだった。

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