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取得スキルは下(しも)魔法

作者: 拾捨

「くだらない」

騒々しくおしゃべりしながらすれ違った数人の女子高生に、聞こえないよう呟いた。

イヤでも耳に入ってきた会話の内容は、昨日食べたお菓子の話、テレビ番組の感想から始まって好きなタレントに繋ぎ理想の男性像、そしてまだまだ続き…とくるくる変わる。


それらの全てに、内容がない。

世の女子というのはこんなのばっかりなのかと、ため息をつきながらメガネのブリッジを中指で押さえる。

かく言う私もジョシコーセーなんだけど。


人生は一度きりしかないんだ。

その間に少しでも有意義なことをしたい。

実のあることを積み重ねて、自分の一生を誇れるものにしていきたい。

そんな風に考えてるから、周りの浮ついたコたちは反面教師。


特に恋愛話コイバナってのは心底どうでもいいと思う。

だれそれが好きになっただの、その人のことしか考えられないだの、刹那的過ぎる。


無花果いちじくさん、もう帰り?」

呼び止められて振り向くと、長身の男子生徒が微笑んでいた。

池目いけめ先輩。所属してる美術部の、一つ上の先輩。

いつも穏やかで落ち着いていて、歳は一つ違うだけなのにものすごく大人に見える人。


「はい。明日は部室へ顔を出すつもりです」

「そうなんだ。僕も今日はこのまま帰るんだ」

「そうですか」

何の用事もなく言葉を交わすのって、苦手だ。

先輩は相変わらず微笑を崩さないけど、あの眉の形はちょっと困ってるときになる形。

なんだか、申し訳なく思ってると、思いがけない一言が飛んできた。


「ねえ無花果さん、途中まで一緒に帰らない?」

なんてことない言葉だった。先輩の表情だって、いつも目にするのと変わらない、はず。

それなのに、どうして私の胸は高鳴ってるんだろう。


「すみません、急ぐので!」

私は、自分の気持ちが自分のものでなくならないうちに駆け出した。

背中に池目先輩のびっくりしたような声が追いかけてくるけど、よく聴こえない。

彼は何度も同じ言葉を繰り返しているようで、やがてはっきりと頭に入ってくる。

「無花果さん!危ない!」


それが、私が今生最期に耳にした音。

目にしたのは、視界を覆う大きな車の“顔”。

痛みも何もなく、私、無花果いちじく千菜せんなの人生は終わってしまった―――



気がつくと、私はよくわからない場所に立っていた。

周りの風景は原色の絵の具をマーブリングしたようにウネウネと蠢いているし、自分自身の感覚もなんだかフワフワしてて曖昧だ。


「センナさん。無花果千菜さんね」

とてもキレイな女の人の声がしたと思ったら、いつの間にか目の前に声の主と思しきお姉さんが立っていた。


声に負けないくらいキレイな色白の顔。細身フレームの眼鏡が知的美人を引き立てる。

モデルさんみたいな長身、完璧なプロポーションをひらひらした白い布みたいな服?で包んでいる。寒くないのかな。

腰まであるロングヘアはミントグリーンで、どういうわけかうっすら光ってるように見えた。

「私は女神です」

そんな自己紹介を納得させるだけの容姿だった。


「えっと、女神…さま?ここはどこですか?」

「死後の世界ですよ。あなたはついさっき死んでしまったの。死因は交通事故ね」

「交通事故で死…うそ、そんな…」

そんなくだらない死に方なんて。


直前の記憶を辿るなら、先輩からの誘いに舞い上がって道路に飛び出した挙句、車に轢かれた、ってこと。

間抜け過ぎる。

「そっか、私、死んじゃったんだ…悔しいなあ」

これじゃあコイバナに浮かれてる他の女の子のこと何も言えないよ。


「そうでしょうとも。悔しいでしょう悔しいでしょう」

ちょっとオーバーに頷く女神様。

「そんなあなたに!」

かと思えば、右手の人差し指を天に向けてクルクルと回し始めた。


「あの、何やって…おっとと!?」

何もない頭の上から、不意に棒状の何かが落ちてきたのを反射的に受け止める。

ピンク色を基調に、所々白や金の装飾がついた傘と同じくらいの長さの棒。先端にはハートの形をした宝石のようなものが取り付けられている。


コレって、アレだ。小さい頃にテレビでよく見てたやつ。

「何ですかこの魔法の杖みたいなの」

「魔法の杖ですよ」

「やっぱりそうですか」

「それをあなたに授けます。嬉しいでしょう嬉しいでしょう」

ごめんなさい、よくわかりません。



「あなたは死んでしまいましたが、あんまりにもあんまりな死に方だったのでチャンスを与えます」

マーブル空間に正座して、女神様の説明に耳を傾ける。

「その魔法の杖には女神パワーが宿っていますから、魔法が使えます。あなたは魔法少女になったということです」

「魔法少女ですか」

「嬉しいでしょう嬉しいでしょう」

ごめんなさい、まだピンときません。


「それで、チャンスってのはどういう意味なんですか」

よくぞ訊いてくれましたとばかりに、女神様がメガネに手をやりクイッ、キラーン、のコンボを決める。

「今からアナタを一時的に現世へ還します。そこで魔法を使って善行をなすのです」


女神様が、今度は左手の人差し指を私の方へ向けクルクル。

すると、私の首から下が光に包まれた。驚いたりうろたえたりする間もなく光は収まる。

「う、うわ……」

光が収まっても、首から下の異変は収まっていない。

制服姿だったはずの私は魔法の杖と同じ方向性のピンク・フリフリ・コスチュームを身に纏っていた。

フル装備だった。


「ポーチの中を御覧なさい」

言われるがままに腰に下げていたピンクのポーチを空けると、350mlサイズのペットボトルが入っていた。中身は空だ。

「善行をなせば、その『善行ボトル』が『女神水』で充たされていきます。ボトルをいっぱいにすれば、死ぬちょっと前から人生をやり直させてあげますよ」

女神様の言葉を飲み込むまでの所要時間、十数秒。

「嬉しいでしょう嬉しいでしょう」

「……はい!嬉しいです嬉しいです!」



「説明は以上。あとのことは…」

空に向かって指をクルクル。

頭上から、何やら薄い金色の毛玉が落ちてきて、足元をバウンドした。


バスケットボールくらいの毛玉は少々転がっていたが、肉球のついた短い手足が生え転がりストップ。

器用に二本足で立ち上がると、毛玉の真ん中に集まった二つの眼と一つの口が開き、こちらを見上げてきた。あまり可愛くない。


「この子をお目付け役として置いていくから、よろしくね」

「俺はマグってんだ!よろしくな、緑のチェック柄のお嬢さん!」

足元から見上げる毛玉の視線は、私のコスチューム…の、妙に短くてフリフリしたスカートの中に向けられていた。

こいつは、敵だ。


「それじゃ、そろそろ現世へー」

「ちょっと待ってください!大事なこと聞いてなかった!」

首をかしげる女神様。

左手の人差し指が所在なさげに揺れている。

たぶん、あれを回すと現世ワープなんだな。

「私が使える魔法って、どんなのなんですか?」

「ああ、忘れてました忘れてました」


女神様がはたと気付くと同時に、マグが言葉を次いだ。

「センナが使える魔法は、“便通操作”だな」

なにそれ。

今度は私が首をかしげた。


「他人のウンコの“出”を自由にコントロールできる魔法だぞ」

「そうそう。便利でしょう便利でしょう。はい、行ってらっしゃい」


女神様の左指がクルクル回るのに合わせ、周りのマーブル風景もグネグネ歪む。

私は、渦を巻く風景に抗議の声ごと吸い込まれていった。



「何よその魔法!……って、ここは」

状況確認。私は今、昼下がりの公園に居る。

周囲にはまばらだが人が居て、微妙に視線を感じた。

うん、私の姿は他の人にちゃんと見えている。この珍妙ないでたちで。


「ガンガン善行を積んでいこうぜ、センナ!」

マグの声がくぐもって聴こえる。

なぜくぐもっているのか。私の太股にしがみつき、スカートに顔を突っ込んでいるからだ。

コイツを駆除するのってかなりの善行になるんじゃないかな。


「キミ、それ何?コスプレ?」

脚から引っぺがしたマグの毛をブチブチと毟っていると、軽薄な男が話しかけてきた。

「カワウィーね!俺ってけっこうオタクだからさぁー、コスプレ、イイネェーカワウィーネー!!メガネっ娘魔法少女っての?何のキャラ?自分で作ったの?このコス」

脱色した中途半端な長髪を揺らしながら、男が私の衣装に手を伸ばしてきたので咄嗟に後ずさる。

容姿、言動、ついでに変な香水の臭いが鼻につく。


「ちょっとちょっとちょっとぉ~、ヒドいなぁそんな風に避けるなんてさぁ」

にじり寄ってくる男の薄ら笑いに、身の危険を通り越して怒りが湧いてきた。

ちょうどいい。コイツで“試し撃ち”をしてみよう。


手にした魔法の杖を両手で構えると、頭の中に自然と魔法の使い方が浮かんでくる。

「…『ラキソ』!」

ごく短い呪文を唱えると、杖の先のハートからピンク色の光が男のお腹めがけて飛んでいき、浸透した。


「おいおい、何やってんのキミ。あ、もしかしてキャラになりきってるの?」

なおも軽薄な言葉を吐こうとした男の顔から一気に脂汗が噴き出す。

「う…あ、ちょ、ちょっと待ってて!なんだか突然ハラが…」

男はそう言って、やや内股かつ早足で公園のトイレを一直線に目指し始めた。

目的地まではおよそ20m。その中ほどまできた所で、男が全身をビクッと震わせる。

そして、今度は思い切り駆け足でトイレへと消えていった。


「ハッ、いい年して漏らすなんてサイアク!」

男の背中に罵倒で追い討ちをかけておく。いま、私は邪悪な笑顔をしているのだろう。

私の魔法少女姿に惹かれて寄ってこようとしてた子供達が、蜘蛛の子散らすみたいに去っていった。


「この魔法、意外と使えるかも!」

うら若き乙女が使うには下品過ぎるが、かなり強力だ。

今みたいに“悪党”を懲らしめる路線でいけば―――

「あのさあ、魔法は気をつけて使ったほうがいいぜセンナ」

マグが初めてお目付け役っぽいトーンで言う。


「なによ。ナンパ男を撃退したんだから善行でしょ?」

「……ボトル、見てみな」

ポーチに入っている善行ボトルを取り出すと、どこか違和感。

ああ、そうか。最初見た時より大きくなってるんだ。

350mlくらいだったボトルが、今は500mlサイズだ。

「さっきの兄ちゃん、別にやましい気持ちはなかったみたいだな。本当にオタクだったんじゃね?誤解を招くような感じだったのも否定しないけどなー」

「ねえ…どうしてこのボトル大きくなってるの?」

「善行を積めば女神水が貯まっていくけど、反対に悪いことするとそうなるぜ」



悪者をやっつける路線はリスキーだ。

制裁目的ではなく、純粋に、その…お通じが出て喜ばれるポイントを探ろう。


真っ先に思いついたのは病院だ。

待合室には十数名の患者さんが腰掛けている。

私は、意を決して周囲の人々に呼びかけた。

「この中に、便秘で困っている方はいらっしゃいますか!?いらっしゃれば、私が解消します!!」

つまみ出された。


病院はダメだ。よく考えたら、お医者さんの仕事をとっちゃうことになる。

医療がダメなら介護だ。

ちょうど病院の近場にあった施設に飛び込みの慰問を申し出たら快くOKが出た。

お爺さんお婆さんの部屋を挨拶して回りながら、介護士さんたちの会話に聞き耳を立てる。


「田川さん、排便あった?」

「まだ出てない。もう2週間でしょ、まずいよねえ」

「下剤増やそうか」


「田川ハツさん…ここね」

2週間もお通じがないというお婆さんの部屋に訪問。

「ア~、ヨウコさんかね」

「初めまして、私、センナって言います。ヨウコさんじゃありませんよ」

「ヨウコさぁ~ん、ヨウコさぁ~~ん」

お婆さんはベッドから動かず、か細い声でひたすら誰かの名前を呼び始めた。たぶん家族の名前なんだろう。

キリがないので、さっそく『ラキソ』の魔法をかけた。


「田川さん失礼します。オムツ替えにきました」

ちょうど、介護士さんが二人組で部屋に入ってきた。

「ああ、慰問の子。ちょっとオムツ替えるから外へ出ててくれる?」

できれば直接確認したかったけど、仕方ない。扉越しに首尾を確認しよう。


「布団取りますよ~、ってうおぉい!?」

若い男の介護士が驚きの声をあげる。

「どうしたの…うわ!すごい便出てるねぇ!」

一緒にやってきていたオバサン介護士も驚きを隠せない様子。

魔法は効果覿面だったらしい。小さくガッツポーズ。


「まさか布団とったら下半身が土砂崩れ状態だとは…」

「田川さん、ズボンとオムツとるね」

「アア~!寒ゥ~い」

若干慌しい介護士さんたちの声に混じってお婆さんのか細い声。

「ゆき~のしんぐんこおりを、ふんで~、どれがかわやら~」

声を聞くにけっこうスゴイ状況っぽいんだけど、どうしてお婆さんは軍歌を歌い始めているんだろう。

「道さえ知れずって言うかウンコでお尻の場所がわかんないね」

「こいつは厄介だぞぉー」

「ヨウコさぁ~ん」


ここで私、ボトルを確認。

結果、プラマイゼロ。

「ウンコ出す人と処理する人が違うから判定がややこしいみたいだな」



「一体何をどうすれば善行になるのよ…」

最初に降り立った公園のブランコに揺られながらうな垂れる。

横では淫獣がスマホを取り出し、ボソボソと鼻歌混じりにゲームをやっている。


アニメ絵の女の子が描かれた丸いアイコンの並ぶ画面。

毛玉は肉球の手を器用に使い、歌に合わせて流れてくる丸印をリズミカルにタップ。

一曲終わるまでピアニスト気取りの動作でひとしきりペシペシした後、得意満面でこちらに向き直り一言。

「フルコン☆」

殴りたい。


「調子はどうですか」

何の前触れもなく目の前に女神様。

「うわぁぁぁん女神様―!ボク寂しかったよォォォォォ!」

隣のブランコから淫毛玉がシュバッと音を立てジャンプ。

女神様の胸の谷間に飛び込んだ。


「あらあら。全然溜まってないのねぇ。これじゃいつになったら生き返れることやら」

空のままな私のボトルを指でつまんで揺らしながら、完全に他人事って感じで女神様が言う。

なお、マグは100tとか書いてあるハンマーに押し潰され、地面にめり込んでいる。


「何をやっても裏目に出ちゃうんですよぉ…善行って具体的には何なんですか?」

私が問いかけると、女神様は自分の口元に指を添えて思案のポーズ。

「そうねえ、一つだけヒントです。一番ポイント高いのは人を幸せにすることですよ」

「幸せ…」


「そうそう。頑張るのですよ」

それだけ言い残し、女神様は幻みたいに空に染み込んで姿を消した。

「ウンコと幸せがどう結びつくのよ…」

途方に暮れブランコに揺られる私。

その時、公園の入り口に面した道から、子供達の声が聞こえてきた。



「ギャハハハハ、ブリ田ー!」

「ウンコブリブリブリ田くーん!」

「やめろよ!俺は藤田だ!」

「ブリ田怒って漏らすなよー!」

ランドセルを背負った三人組が、同じくランドセルの男の子をはやし立てながら走り去っていく。

からかわれた男の子は顔を真っ赤にして追いかけようとするが、ちょうど私の目の前で転んでしまう。


「ううう…うう~!」

ちょっとかわいい系の顔が、悔しさで歪む。

目尻からポロポロと涙がこぼれるのを見て、私は思わず声をかけた。


「大丈夫?転んでたみたいだけど…あ!血が出てるじゃない!」

キョトンとする少年の手を引き水道で傷口を洗ってやる。

その後近場のベンチに二人で腰掛けたところで、彼はようやく落ち着いてきたようだった。


「ね、さっきの子達って…」

「同じクラス」

俯いて答える彼の目に再び悔しさが滲む。

「……いじめられてるの?」

「そんなんじゃないよ。毎日、俺のことブリ田って呼んでくるだけ。何回イヤだって言ってもやめないんだ」

そういうのをいじめって言うんだと思う。


「何かきっかけとかあるの?」

「ちょっと前に、授業中にお腹が痛くなって…漏らすよりマシだと思って、トイレに行ったんだ。そしたら、森山君がブリ田って呼び始めて、他の連中も一緒になって…」

森山君というのは、さっきのズッコケ三人組のうち太った子のことらしい。

世の男子小学生というのは、未だに学校でウンコした程度のことでいじめの標的になってしまうのか。


ウンコ関連で災難の続く私は、この藤田少年に共感してしまった。

「そんな下らない事で…許せない!さっきの子が首謀者なのよね。見てなさい、お姉ちゃんが懲らしめてあげる!」

息巻く私に、少年は呆然。

「お姉ちゃん、どういう人なの?よく見たらヘンな格好してるし…」

「……通りすがりの魔法少女・センナよ!」



「そろそろ給食の時間が終わる頃ね」

翌日の昼、藤田くんの通う学校の敷地外から中の様子を窺う。

部外者かつ悪目立ちする格好の私が小学校に忍び込むことは不可能だと判断したのだ。

「最近の小学校は特にガードが固いからな」

この淫獣、必要以上に詳しそうね……


彼のクラスの男子は、昼休みになると決まって校庭でドッジボールに興じるのだと言う。

外に出てきたターゲットを、手加減した魔法で狙い撃ち便意を催させる。

学校でウンコをする側に立たせることで、これまでの行いを悔い改めさせる作戦だ。


「センナ、ここからじゃ距離が遠すぎる。『ラキソ』じゃ届かないぜ」

頭の上に乗ったマグが言う。まずそこから降りなさい。

「じゃあどうするのよ」

「そりゃ当然、射程の長い魔法を使うんだ」


当然、当然ね……ああ確かに、スッと頭に浮かんできた。

「準備はできたか?出てきたみたいだぜ」

小太りの男子児童がボールを小脇にグランドへやってくる。

魔法の杖を握り締めて意識を集中すると、先端のハートが点滅を始めた。

見るからにパワーが溜まっていってる。遂にハートが高速回転して、私のテンションを否応なしに高めてくる。


「いけ!『プルゼ』!」

杖からピンク色の極太ビームが発射され、いじめっ子の森山君に命中。

やった、大成功!

森山君は一瞬ビクンッと震え上がり―――ノータイムでズボンに茶色い染みが拡がった。


「うわ!森山がウンコ漏らしてるぞ!」

グラウンドに集まった男子児童の一人があからさまに叫ぶ。

茶染めの半ズボンから液状の“実物”を駄々漏れにした森山君から、男の子達は一気に距離を置く。


「え…どうしていきなり漏らしてるの!?」

「おいセンナ、手加減忘れたろ!射程が長いんだから威力も高いんだよ!」


おそらくリーダー格であったろう少年の脱糞に、水を打ったように静まり返った男子児童達。

その静寂は、一人の心無い発言によって破られる。

「…ウンコ漏れ山くんだ」


それはぶちまけられた可燃性の液体が、僅かな火花でたちまち大爆発を起こすように。

顔面蒼白で立ち尽くす生贄の少年を囲み、火のついた集団が口々に笑いながらはやし立てる。

―――『ウンコ漏れ山くん』と。


「ちょっと、アンタたちやめなさいよ…!」

塀の外から叫んでみるが、高揚した少年達に私の声は届かない。

自分の身に起きた状況をようやく理解したのだろう。森山君は肩を震わせ始めた。

今度は便意じゃない。涙がこぼれるのを、必死に耐えているんだ。


「やめろよ!!」

無邪気で残酷な笑い声が支配した空間に、たった一つの怒声が冷や水をかけた。

まだ声変わりしていない少年の声。それでも、こっちにまで気迫が伝わってくる。

藤田少年が、真剣な目をして周りの少年達を睨んでいた。


「ウンコが出ることがそんなにおかしいのかよ!?生きてれば出るモンじゃないか!生きてることを、笑うな!!」

さっきまで熱狂的に興奮していた子供達は皆、ばつが悪そうに黙っている。


とうとうしゃくり上げ始めた小太りの少年に、少し小柄な藤田少年が声をかける。

「森山くん、保健室いこ」

「う、うん…」

彼の背中は、昨日よりも大きく見えた。



「あの少年たちは、あなたの魔法をきっかけにして生涯の友情で結ばれました。おめでとう、善行ポイント大幅追加です」

現れた女神様がそう言うや否や、ポーチの中の善行ボトルがあっという間に液体で充たされる。


なんかこの水、汚いなぁ。

微妙に白っぽく濁ってるし、よく見ると変なカスみたいなの浮いてるし、ボトルには蓋がしてあるけど有機溶剤と魚介類を混ぜたような臭いもする。

汚いって言うか、これは危ない液体じゃないの?


ともあれコレで私は晴れて生き返れるってことだ。

そう思うと、この禍々しいペットボトルも愛おしく思えてくる。

「センナ、いよいよだぜ。気合入れろよ」

「うん、頑張る!…って、何を?」

疑問符を浮かべる私に、女神様が優しい笑顔で告げる。

「さ、あとはその女神水を全部飲み干せば、あなたは人生をやり直せますよ」



蓋を開けると一層強烈な刺激臭が鼻腔と眼球に襲い掛かる。

全身が、この液体を体内に入れることを拒絶していた。

こんなの飲んだら、私死んじゃう。


「一度口をつけたら、離さずに飲みきった方がいいぜ」

これ500mlもあるんだけど。

マグのアドバイスにリアクションを返す余裕は無い。


「生き返れるんだから、これくらい……!!」

覚悟を決めてボトルに口付け天を仰ぎ、液体を一気に流し込む。

中途半端にトロっとした感触に不快度が振り切れる。

味は、辛いんだか苦いんだか酸っぱいんだかわからない。強いて言えば、“怖い”って感じだ。


「ウッ!ハァハァ、しっかり飲み込めよ」

淫獣が何故か息を荒くして囁いてくる。

意味はよくわからないけど、多分セクハラだと思った。死ねばいいのに。


限界を超えた気合で500mlを嚥下すると同時に周囲の風景がマーブルに歪む。

これは劇物を飲み込んだことでおかしくなっているのだろうか、それとも『元の世界』へワープしようとしているのだろうか。

吐き気がする。あ、こっちが飲み込んだ方の効果だわ。


地面をのたうち悶絶して嘔吐を抑えるうちに、いよいよ意識も遠のいてきた。

闇に沈むマーブル風景。

最後に目にしたのは、いつの間にか取り落としていた魔法の杖だった。



私は制服を着て、いつもの通学路に立っていた。


一回死んで、魔法少女になって、謎の液体を飲んで。

一連の記憶は完全に鮮明で、信じられないような内容なのに事実だったと確信できる。


「私、生き返ったんだよね」

ケータイの日付と時刻を確認。

「…女神様って、説明不足だったけど嘘つきじゃなかったな」

目の前の道路を、見覚えのあるトラックが走り去っていった。


無花果いちじくさん、もう帰り?」

声をかけてきたのは勿論、池目先輩あのひと

ここから先は、私の人生・テイク2。

あの時出会った少年を見習って、私もまっすぐに生きてみよう。

「あの、先輩…一緒に帰りませんか?」


晴れ渡った空の下、通学路。

憧れの人と、とりとめのない会話をする。

今までは遠巻きに見ているだけだった先輩とウソみたいに話が弾む。


楽しい。

ただ言葉を交わしているだけでこんなに楽しいなんて、知らなかった。


「無花果さん、こんなに笑ってくれるんだ」

不意に、先輩がほっとした表情で言う。

「や、やっぱり愛想悪いとか思われてますか?」

「んーと、その…カワイイけど怖いって感じだったかな。中身のない話したら無視されるかも、ってさ」

「うわ、ひどい!だけど、カワイイって部分は嬉しいかな…」


たしかに死ぬ前の私なら中身の話は無視だったと思う。

だけど今は違うんだ。

一回死んで、魔法少女になって、最低に下品な魔法を使って。

それで気付いたんだ。



「“下らない”ことって、幸せですよ」

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