第二章 少年魔術師とドリームランド(3)
「人形遣い……だと?」
「そうさ。人形遣い。……その反応からしてみるに、聞いたことは無いようだねえ。まあ、いいや。別に何度だって説明することは難しい話じゃない。だから、教えてあげよう。人形遣いは……名前の通り、人形を操る魔術のことだ。さて、その人形とは?」
「……まさか!」
香月はその一言だけで、『人形』とは何かを理解した。
そうして、カノンも香月が人形のことを理解したと把握したのか、キヒヒと笑みを浮かべる。
「そうさ。君が思っている通りのことだよ。察しがいいねえ……。伊達にその年齢でランキングホルダーになっていないか。とはいえ、その年齢でランキングホルダーであること自体、魔術師の常識からは大きく外れることになるのだろうけれど!」
「人形。それはまさに、いまここで操られているような『人間』のことを言うのかな?」
歌うように、香月は回答を示す。
「ぴんぽんぴんぽーん。その通りさ、柊木香月くん。やはりその年齢でそのランキングホルダーなだけはある。まったく、出来れば君とは違う形で出会いたいところだったが」
溜息を吐いて、カノンはこう言い切った。
「――死にたまえ、柊木香月クン。君は私にとって大きな障壁となる。そう、だからさっさと死にたまえ。そのほうがきっとお互いのためになる」
そう言って。
コンパイルキューブに口づけたカノンは――ぽつりとつぶやくように、基礎コードを流し込んでいった。
あまりにも小さい声だったので口の動きしか解らなかったが――それでも彼はコンパイルキューブが登場した時点で身構え、同時にコンパイルキューブに基礎コードを入れていく。
「ej・bal・li-a・ms!」
基礎コードはコンパイルキューブを通して、『魔術』として行使される。
魔術師にとってそれはスタンダードであり、ルールであった。
にもかかわらず。
「魔術が、行使されない……!?」
香月は舌打ちする。
なぜ魔術が使えないのか。なぜ魔術が無効化されたのか――ということを。
だが、出来ることならそこで立ち止まって考えず、そのまま後退すべきだった。
そして、わずかにそれに対する対応が遅れてしまった。
刹那、カノンの頭上に生み出された無数の針が香月たちを襲った。
目を開けると、そこは元の場所だった。
針は無数に散らばっており、偶然にも彼らの居る場所には刺さらなかったようだった。
……と、ここまでは偶然と思い込んでいた彼の認識の範疇に過ぎなかった。
ぽたり、と彼の頬に何か暖かいものが伝った。
それに触れる彼は、その指を見つめる。
指は真っ赤に染まっていた。
上を見上げると、そこに居たのは春歌だった。
しかし、彼女の身体は串刺しになっていた。
「……春歌」
見るも無残な姿になっていた彼女を、香月はただ見つめていた。
春歌はそれを聞いて、こちらに身体を向けることなく呟く。
「その様子だと……怪我はないようだね……。よかった、香月クンが無事で……」
息も絶え絶え、という様子で彼女はそう言った。針はすべてではないが、貫通しているものもある。針が何本も刺さっている状況で立っていられること自体が彼女の精神力の強さを位置付けるものとなっていた。
いや、それよりも。
彼は無力なことを嘆いていた。
足がすくんで立つことが出来ない。
自分が無力なこともそうだ。それよりも、身体を挺して守ること――それが理解できなかった。
そして、その理解できないことは怒りへと変わっていく。その怒りは理不尽なものだということは彼にも解っていた。けれど、それを怒りとしてぶつけたかった。誰かにぶつけたかった。
「……何で、君が身体を挺して守る必要があったんだよ……? 僕の魔術が失敗した、僕の背中に隠れていれば少なくとも君は傷を負うことは無かったはずなのに!」
「守られるだけじゃ、駄目だと思ったから」
彼女ははっきりと、そう言った。
春歌は血の塊を吐き出して、なおも話を続ける。
「私、まだあなたにきちんと恩返しをしていなかったから。そして、いつもあなたに守られるばかりだったのを、ちょっとは気にしていたんだよ。だから、いつかはあなたに守られる立場じゃなくて、逆の立場になろう……って。そう思ったんだよ。まあ、まさかこんなことになるなんて思いもしなかったけれどさ」
そこまで言って、彼女はひざを折った。
彼女の体力も、もう限界に近付いていた。
「春歌!」
香月は彼女に近寄って、声をかける。
「もう……。ちょっと頑張りすぎちゃったかな。予想外に頑張りすぎちゃったかも。けれど、私……ちょっとはあなたのことを守ることが出来たかな……?」
「もういい。話すな。そのままにしていろ。そのままにしていないと……」
「ご歓談中、失礼するわね」
カノンは空気を読むことなく、二人の会話に割り入った。
香月はそこで周囲を見渡す。人形はゆっくりと動いていたが、先ほど放たれた無数の針によって近づくことが出来ない状態、あるいはその針が足や身体に刺さってしまってそのまま倒れてしまった人形が壁となってここまで来ることが出来なくなっていた。
まさに不幸中の幸い。
とはいえ、そんな小さな幸福。
今の彼にとってはどうでもよかった。むしろ幸福とは言い難い。目の前には大きな不幸が訪れていたのだから。
香月はカノンを睨みつける。
カノンは笑みを浮かべて、
「いいわあ。人が絶望に染まる表情! 最高にクール! その瞬間を見るために生きているようなものよね。ああ、あの戦争を思い出すわ。あの戦争も面白かったわね。人が泣き叫び、悲しむ姿はほんとうに見ていて楽しかった」