第二章 少年魔術師とドリームランド(2)
「ぜえぜえ……。まさかジェットコースターがあれほどまでに大変なものとは知らなかったよ……」
「あれ? ジェットコースターに乗ったことが無かったのかな?」
必要以上に疲れてしまっている香月と、けろっとした表情で笑みを浮かべている春歌。
対照的な立ち位置になっている二人は、今、ジェットコースターのそばにあるベンチに腰かけていた。
ちなみにそれも香月が提案したことであり、春歌は普段見られない香月の表情が見ることが出来て少し嬉しそうだった。
「……少しは心配する、ということも覚えてくれないかな?」
「あら? 心外ね。さすがに心配しているわよ。ただ普段見たことのない表情だからちょっと面白いだけ」
「さらっと悪魔のような発言を口にするね、君は……」
香月は小さく溜息を吐いて、ゆっくりと立ち上がる。
それを見て春歌は首を傾げる。
「もう大丈夫なの?」
「正確に言えば大丈夫ではないけれど、調査は進めないと。少し楽になったから、敵と戦闘が出来ないわけではないよ。それについては安心してもらいたいね」
「遠回しに言っているけれど、ジェットコースターが苦手なら早く言ってね」
「何だろう、今君がとても悪魔に見えるよ」
香月はそう言って深い溜息を吐く。
しかしながら、彼はこの平和な時間を楽しんでいた。この時間が、彼にとって数少ない平和な時間であると認識していた――。
その刹那。
――背後から爆発音が聞こえた。
振り返ると、観覧車が爆発していた。観覧車が炎を立てて、根本から崩れ落ちていく。
悲鳴を上げる市民。しかしながら、香月だけは冷静に状況を見つめていた。
「……まさか、あの爆発は――!」
香月は走り出そうと、観覧車に向かう。
しかし、それを抑えられる。香月の手を掴んだのは紛れもなく春歌だった。
「春歌、いったい何を……」
「あなたは、そうしていつも一人で解決しようとする」
春歌の言葉を聞いて、香月は言葉が詰まってしまった。
「どうして人に頼ろうとしないの? どうして、誰かに力を借りようとしないの? ……あなたは、あなただけの身体じゃないのよ」
「それは解っているよ。けれど……」
「解っていないじゃない!」
春歌は激昂する。
今までの楽しかった表情とは一変して、とても怒りに満ちた表情をして。
「ほんとうに……あなたは何も理解していない。何もわかっていない! だから、あなたは――」
彼女の目からは涙が零れていた。
「……済まない」
それを、どうにかしようと、香月が考え付いた方法は――彼女を抱き寄せることだった。
それで解決するとは到底思っていない。しかしながら、どうにかして解決しておきたいのも事実だ。
「だが、これをどうにかしないといけないのも仕事だ。春歌、それは解っているはずだろう? 君も魔術師の端くれならば、それくらい理解しているはずだ」
魔術師として。
その言葉の意味を理解していない春歌ではない。
「……魔術師として理解していないというつもりで言っているわけではない。それだけは理解してほしい」
「理解している。理解しているよ。けれど――」
「済まない――」
香月は彼女の手を振りほどいて、踵を返す。
「僕はあれをやった魔術師を捕まえる必要がある」
「あれをやったのが魔術師だって……証拠はあるの?」
「無いよ。けれど、ここにあの魔術師が居るということは紛れもない事実だ。だとすれば、あの爆発にあの魔術師が関わっていることも――」
「名前を出せばいいじゃない。誰のことだか知らないけれど」
第三者の声が聞こえた。
声のするほうを振り向くと、ショップの上に一人の少女が立っていた。
少女は笑みを浮かべて、香月たちのほうを見つめていた。
「……まさか、お前は」
「私の名前、か? 私の名前は式山カノン。きっとあんたもそうだから伝えてやろうか。私は魔術師だよ。そうしてあの破壊を実行したのも私だ。紛れもない、私だよ」
「面倒くさいことをしてくれたね、ほんとうに……」
溜息を吐く香月。
しかしポケットに入れていた右手は、そのままだった。
「出すなら出しなよ、コンパイルキューブを」
それを聞いて舌打ちをする香月。
すでに彼の行動は読まれていた、ということだ。
カノンは両手を広げて、香月に問いかける。
「戦いたいのだろう? だったら戦うがいい。しかし――」
パチン、と指を弾く。
同時に、観覧車の爆発から逃げ出そうとしていた人々が、まるで電源が抜かれたロボットかのように一斉に停止する。
そして数瞬の刹那ののち、人々は一斉に香月たちのほうに振り向いた。
その数ざっと百。
百人もの一般市民が、香月たちのほうを向いていた。
「これは……!」
「人形遣い、というのを聞いたことはあるかい?」
カノンはケタケタと笑いながら、香月に問いかけた。




