第一章 少年魔術師と少女魔術師(3)
「……まあ、話を戻すことにしようか。簡単に言えば、アルカナ・ユニオンはあるカタストロフィについて危惧している、そう言われているよ。私からしてみれば、そんなことは非常にくだらないことだよ。そのカタストロフィが起きることを、私の目が黒いうちに起こさせるとでも思っているのか……」
ユウの話の焦点が徐々にずれていく。
さすがに香月も気になったが、しかしながらそれを指摘出来るような事態でも無かった。
「……あの、ところで、どうしてアルカナ・ユニオンが我々にその依頼をしたのか、ということは結局解らないということですか?」
「解らない、というわけではないぞ。……実は、式山カノンはある組織と繋がりを持っていると言われている。そして、そのソースはアルカナユニオンから流出している」
「ある……組織?」
「魔術師勢力を完膚無きまでに破壊しようと企む勢力のことだ。アンチ、とでも言えばいいだろうか。組織の名前は『リバースアルカナ』、魔術師勢力の排除を目的とする科学技術を信仰する組織のことだよ」
◇◇◇
アメリカの地下通路には、白い鰐が住むという噂がある。しかしながらそれは都市伝説であるから、実際にそれがある……というわけでは無い。しかしながら、それを信じた人間はある場所を無意識に避けるようになる。
それは地下通路だった。下水道と同じになっているためか、そこの足音は水の音と同義になる。
だから、歩くと直ぐに解る。誰がやってきたのか、どういう生き物がやってきたのか……ということが、だ。
暗闇に一つの影が浮かび上がった。完全な闇から、たった一つの黒点が浮かび上がり、それは不完全と化した。
「……式山カノンだな?」
黒点は暗闇に告げる。暗闇には何もない。すべてを飲み込んでしまうからだ。
だが、それは、また違う意味を孕んでいた。
暗闇がすべてを飲み込んでしまうなら、暗闇には何かがあるはずだった。
「……もし、そうだとしたら?」
暗闇の中に居る、何かは答えた。そこで誰かではなく何かとしたのは、そのおぞましい気配が人間から発せられたものであると信じたくなかったからだろう。
いや、そうであったとしても。
それが間違いであると。それが誤った認識であると。誰が理解出来ただろうか?
「お前は式山カノンだ。間違い無い、話に聞いていた通りの性格とその風貌。もはやそれは、式山カノンであることを、お前自身が裏付けているかのように」
「……何だ、知っているのか。つまらないね、相変わらずあんたたちはつまらない」
そして、暗闇は。
その声を最後に霧散した。
残されたのは、一人の銀髪の少女だった。白を基調とした、全身を包み込むようなランジェリーめいたドレスを着ていた。
彼女は小さく微笑むと、話を続けた。
「……まあ、それだから『あいつ』もその団体に所属したのだろうけれど、さ。くだらなくてつまらない。最低で最悪の、彼の組織へ」
「……くだらない話はここまでにしないか、式山カノン。これからは……」
そこまで言ったところで、その言葉を式山カノンは手で制した。
「言わずとも解っているさ、そう、解っているとも。ここからは……仕事の話だ。そうだろう?」
そう言って式山カノンは笑みを浮かべた。それが、相手にとってとても恐ろしいことだった。これから始めるのはおぞましいことだった。はっきり言って、笑顔で話すことの出来る内容などではない。
にも関わらず、式山カノンは笑顔でそれについての内容を始めようとする。出来ることなら、彼らのアジトについて話を始めたいところだったが、計画の最重要パーツである式山カノン本人がそう言いだしてしまえば、もう誰にも止められることは出来ない。
今彼に出来ることは、式山カノンに計画を伝えることだった。
「……ドリームランド。聞いたことはあるか?」
それを聞いて、カノンは首をかしげる。
「ああ。アメリカの企業が資本として、全世界に展開しているアミューズメント施設のことだろう。確か日本にもできた、そう聞いたことがある」
「話が早い。そうだ、ドリームランドは二年前に日本にできた。木崎という場所にあるといわれている。かつてはその市民から批判を受けたものだが……今は手のひらを返したように大感謝、という感じになっている。わかるか?」
「まあ、そういうものだろうな。実際問題、潤えばそれを無視するものだ。仮に、デメリットがあったとしても、それを十分に上回るほどのメリットさえあればいいのだから」
それを聞いた老人は頷く。
「……ドリームランドを爆破する」
ぴくり、とカノンの眉が動いた。
「なぜだ? はっきり言って、破壊する理由も無かろう。それが魔術師に関連するものだったらともかく」
「そのまさか、だ。魔術師組織『ミスガルズ』がドリームランドの運営にかかわっているとすれば?」
「ドリームランドの運営に、魔術師が……? まさか、いや、そんなことが……」
「あり得るのだよ、式山カノン。それにしても、何をそこまで気にする必要がある? 別に、君は魔術師であるが、魔術師には未練も無いのだろう?」
それを聞いて、カノンは頷く。
その眼には、怒りが宿っていた。それも、とても強い怒りだった。
「……そう思ってもらえれば、それでいい。我々も、君を歓迎するよ」
そう言って、手を差し伸べた老人。
カノンは少しだけ考え事をして、そして――手を握り返した。