第一章 少年魔術師と少女魔術師(2)
第二次魔術師戦争。
魔術師の脅威が歴史に載っている数少ない事象の一つであり、魔術師を戦争兵器と位置付けた戦争の一つともいわれている。現在でも世界各地で戦争は起きているが、第二次魔術師戦争はそれを位置付けるターニングポイントとなった。
香月たちは中学生であるので当然魔術師戦争に参加できる資格を所持していない。しかしながら、裏を返せばそれは年齢さえ満たせばいつでも戦場へと向かうことができる、ということだ。
「……第二次魔術師戦争のことを、どこまで知っている?」
「どこまで、と言われても……。まあ、少しくらいなら」
「正確に言うと、どのあたりまで?」
「戦争の始まった理由と、その結末くらいしか知りませんよ。その詳細は授業でも習わないから、はっきりとは解りません」
「それでいいから、私に話してみなさい。第二次魔術師戦争は、何が原因で発生した?」
そう言われてしまえば、彼はそれを告げるしかなかった。
小さく溜息を吐いて、彼は話を始めた。
第二次魔術師戦争。それはある一人の魔術師が魔術を用いて子供を殺してしまった、という話から始まる。それは些細な事件だった。なぜそんなことが起きてしまったのか、今となってはあまり語られるべきものではないのだが、現実、それによって戦争に発展したことは紛れもない事実である。
実際問題、第二次魔術師戦争はグレーゾーンたる部分が多い。そもそもの原因が『魔術師が人間を殺したことによる報復』としか描かれていないし、その後の戦争においても魔術師が戦場において優位に立つことを確固たるものにした、としか描かれていない。ことの顛末と、始まりしか描かれていないのだ。
それが教科書であれば問題はないかもしれない。しかしながら、第二次魔術師戦争に限って言えば、それは実際の歴史に関しても言えることなのだ。
「……まあ、それだけでいい。きっと、今の子供には伝えなくていい、と国がそういう方針でいるのだろう。それについては、考えによっては間違いじゃないだろう。しかしながら、それは間違っていると思うわけだよ。だって、考えてみたことは無いかな? 魔術師のことは知らなくていいのか? 違うだろう。正しい歴史を正しく知ることこそが、正しい教育に繋がる。私は少なくともそう考えるのだがね……」
(本当に思うが、どうしてボスはここまで高尚な考えを持っていて、教育者へ進むことは無かったのか……)
香月はユウの話を聞きながらそんなことを思った。あくまでも思うだけだ。口に出すなんてもってのほか。何をされるかわかったものではない。
対して香月は第二次魔術師戦争のことはさっぱり知らない。幾ら彼がどんな優れた魔術師であろうとも、そんなことは自分で調べない限り知ることは出来ないのだから。
「第二次魔術師戦争は、我々魔術師の価値を著しく下げる結果となった。そして魔術師は国に管理されることとなったが、その間を取り持ったのが……世界魔術師連盟、通称『アルカナ・ユニオン』だ」
アルカナ・ユニオン。
アレイスターが世界の魔術師を束ねる組織ではなくなり、その求心力を失ってから――正確に言えば、第二次魔術師戦争によって魔術師が与えた世界への損害を補償するために生まれた組織が、世界魔術師連盟、通称アルカナ・ユニオンだった。アルカナ・ユニオンは、十七名の『長老』により運営されている組織である。その十七名の長老が世界各地にある魔術師組織の管理を行っている。なので、ヘテロダインもそれに当然所属している、ということだ。
アルカナ・ユニオンの影響力は、最初こそ世界にとってはちっぽけなものに過ぎなかったが、その後世界の権力者を後ろ盾にして、実力をつけていった。
権力者たちも、魔術師を断絶させるべきではないことを理解していた。それは当然、世界のためという大義のもと、自分たちに敵意を持った人間を潰す攻撃手段の一つとして保持しておく必要がある、ということだけなのだが。
「……その、アルカナ・ユニオンがヘテロダインに対してこう通知してきた」
そう言って、ユウはあるものをテーブルに置いた。
金縁に彩られた黒の封筒だった。
いかにもそれは高級そうな風貌を見せているのだが、『それ』は魔術師ならば誰もが知っている特別な封筒だった。
「そう。これは、アルカナ・ユニオンが出す『依頼書』だ。今はインターネットが普及している。メールでもソーシャルネットワーキングサービスを使ってもいいだろう。だが、そうであっても未だにアルカナ・ユニオンはこのような手紙を出してくる。古風なのか、変わろうとしないだけなのか。……おっと、今の言葉は失言だったな、忘れてくれ」
ユウは首を振る。それを聞いて香月と夢実は頷いた。
ユウは封筒を開き、中身を見せる。それは羊皮紙に何か達筆な文字で書かれているようだった。さすがに封筒の中身まで見たことがなかったので、彼は心の中で驚いていた。しかしそれは、あくまでも悟られないように――というオマケ付きになるのだが。
「ここには、簡単に言えば、こう書かれている。……『脱獄した魔術師、式山カノンを捕まえろ』と」
「……どうして、アルカナ・ユニオンが首を突っ込んでくる? そして、どうしてアルカナ・ユニオンだけで解決すればいいものを、わざわざアメリカではなく、日本の魔術師組織であるヘテロダインに依頼を?」
「もちろんそんなことに対する理由を、私が知るわけもないだろう? ……ただ、可能性の一つとして言えることは、アルカナ・ユニオンもヘテロダインの急激な成長に期待している、ということだろう。この数か月で二つの魔術師組織を併合しているわけだからね。……まあ、スノーホワイトは協力関係にあるだけだから、あくまでも併合とは言えないけれど」