オープニング002 噂好きな中学生
「なあ、訊いたことがあるか? 香月」
中学校のある教室にて。
昼休憩が早く終わり机に突っ伏していた少年、柊木香月を起こすようにクラスメイトは言った。
「どうした、保田くん。君は普段話しかける存在では無かったと記憶しているが?」
「そんなことは別にどうだっていいだろ。そんなことより、ニュースでやっていた話を知っているか? あの、消えた囚人ってやつ」
消えた囚人。
彼も普通の一般人ということを偽って生活している以上、テレビのプログラムをザッピングすることも多い。そもそも、魔術師の仕事以外は普通の中学生なのだから、インターネットから情報を収集することも珍しくない。
そして昨日ニュースでやっていたオカルト特集では、クラスメイトである保田が言った『消えた囚人』のことも言っていた。
「聞いたことがあるよ。けれど、だいたいああいうものというのは、フェイクなことが多いんじゃないのかい? 実際問題、都市伝説や噂話の大半はしょうもないレベルのものに尾ひれがついて大きくなったものがほとんどだと聞くし」
「なんだ、香月。君はそういうものを信じないクチか。……まあ、別にいいけれどさ、ただそういう噂だって気になるもんだろ? 少なくとも、俺は興味があるぜ。なあ、だって、囚人が消えるなんてこと有り得ないじゃん。……まあ、今は魔術師っていう人種が居るから、科学で解決できないことは大抵『魔術師の仕業』ってなるのだろうけれどさ」
魔術師の仕業。
それは保田の言う通りだった。かつて科学で実際に起こすことの出来ない『不可解』な事態は、大抵オカルトとして処理されていた。霊的な力が起きていて、それによって発生するものだと――そう理解されてきた。
しかし、魔術師の出現によってそう説明されてきた事象の大半が魔術で実現できる、と難癖をつけるようになってきた。当然と言えば当然なのかもしれないが、実際問題、適当な言い訳をつけて魔術師の所為にしてしまえば、何もかも解決してしまうということなのだから。
しかしながら、あくまでもそれは現実逃避に過ぎない。
魔術師の所為にしたところで、それが魔術師の所為じゃない可能性だって当然有り得るわけだ。そして、現に魔術師は冤罪で幾度となく捕らえられている。残念ながら、捕らえられたあとの処置はひどいものである。釈放こそされるが、その後のケアは一切ない。そのため、魔術師は人権侵害されていても仕方がないことだと政府が判断しているのではないかと認識している団体は、いまだに政府を睨んでいる。政府に対して憎悪を抱いているのだった。
「魔術師の仕業、ねえ。そんな会ったことも見たことも無いような存在に責任を押し付けるのも、どうかと思うけれど」
香月はあえてわざと魔術師の仕業ということをピックアップして、そう言った。
「とにかく、気になることとは思わないかい? まあ、アメリカで起きたことだから、実際問題こっちじゃない。だから関係のないことなのかもしれないけれど……」
「ねえ、香月クン。ちょっといい?」
香月は会話を中断して、そちらを向いた。
そこにいたのは城山春歌だった。春歌は香月のクラスメイトであり、よき友人である。そして、彼のもう一つの職業を知る人物でもあった。
香月は春歌の言葉を聞いて、少々ぎこちなくではあるが、首を傾げる。
「どうしたんだ、春歌?」
「ちょっと、屋上まで来てもらってもいい?」
春歌の言葉を聞いて、香月は頷く。
「それじゃ先に行っているから。じゃあね」
そう言って春歌は立ち去って行った。
「おい、香月。春歌ちゃんとはどういう関係なわけだ? 最近、けっこう親密に話しているように見えるけれど」
「そうか? そう見えるか?」
香月は保田に訊ねる。
保田は頷いて、香月に言う。
「ああ、どう見ても何か親密な関係に見えるぜ。もしかして、二人……付き合っているのか?」
「……そうだな。そうかもしれないな」
「おい、そうかもしれない、ってどういうことだよ。おい!」
「すまん、ちょっと春歌に呼ばれたから屋上まで行ってくる。それじゃ!」
そう言って香月は保田と別れて、彼女の居る屋上へと向かうのだった。