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第三章 少年魔術師と魔神の卵(3)


 結局の所。

 彼があれから何をしたかといえば、何も出来ていないというのが解となる。

 ノウレッジビレッジから離れた彼は、気付けば自らの所属する組織『ヘテロダイン』のアジトへ辿り着いていた。


「……結局、また戻ってしまったな」


 何も考えていない、完全に無意識な状態。

 けれども彼は、やはりそうであっても、魔術師。

 たった一人――恋した人間を失っただけで、彼の心は暗い闇へと落ちていた。

 しかし、彼は魔術師である以前に、中学生だ。思春期も終えていない少年が、突然目の前で死を目の当たりにしたところで、まともに居られるわけがない。

 勿論、彼は魔術師だ。だから人よりも多く人の死ぬ機会も、殺す機会も目の当たりにしている。

 しかし、それは魔術師だから。

 魔術師と魔術師の戦いで、魔術師が死んだから。

 魔術師と魔術師の戦いの結果、魔術師を殺したから。

 けれど、今回彼が目の当たりにしたのは、それではない。


「私、あなたのことが――」


 彼女が言ったその言葉が、脳内に反響する。


「くっ……!」


 頭を抱え、くしゃくしゃと髪をかき混ぜ、やがてそれすらも無意味と気づき、へなへなと壁に寄りかかる。


「あら、帰っていたのね」


 声が聞こえた。

 その声の主は、ヘテロダインのボス、ユウ・ルーチンハーグだった。


「……あなたは、どうして」

「声が聞こえたからよ。情けない少年の、すすり泣く声が」


 実際には泣いているつもりはなかったのだろうが、頬を伝う熱いそれが涙であることに気づくまで、彼はそう時間がかからなかった。


「最強の魔術師として、手塩にかけたつもりだったけれど、やはり中身はただの中学生だったわね。……男なら、死んだ女のために命をかけるぐらいしなさいな」

「僕は……」

「うん?」


 ユウの言葉に、香月は応える。


「僕は、どうすればいいんだ」

「は?」

「僕は……この感情を知らない。この感情がわからない。今までずっと、魔術師として生きてきたから。普通の人間の気持ちを、あまり理解することができない。だからこそ、であるからこそ、この気持ちがわからない。……実は、さっき式山カノンに再会して」

「そう。戦った?」

「いいえ。会話をしただけです。……でも、カノンは、彼女のことを『互いに想っていた彼女』と言っていた」


 香月は、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出す。

 しかし、一度言葉を紡ぎ出せば、その言葉はとどまるところを知らない。


「僕は……この感情がわからない。式山カノンが、ああ言った理由がわからない。知りたいんです。ユウさん、僕はいったい何を知らないのか」

「そうね……」


 ユウは虚空を見上げ、やがて一言だけ呟いた。


「強いて言えば、あなたと式山カノンの違いは、人間の中身を知っているか、じゃない」


 そしてユウは再びヘテロダインのアジトへと入っていくのだった。



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