第二章 少年魔術師とドリームランド(4)
けれど、香月にはそんなこと関係なかった。
「……そんなことはどうだっていい。問題は、お前が春歌を……」
「何を言っているの? あなたが弱いだけじゃない。……それにしても、まさか先程の魔術で人形たちがあなたたちに向かうことが出来なくなるなんてね……。ちょっと驚き。考えないで行動したつもりはないけれど、はっきり言ってやり方を間違えたかもしれないわね」
香月はもう一つのことしか考えられなかった。
春歌はもう何も言ってくれない。
このままだと、彼女の身体も冷たくなってしまうだろう。
その前に――式山カノンにやるべきことがあった。
「お前だけは殺す」
言って、素早く彼はコンパイルキューブを取り出すと、
「――――――」
何を詠唱したか解らぬほど、素早く詠唱を実施した。
刹那、式山カノンの頭上に幾つもの氷塊が出現した。
「……ほう、このような術も使えるとは。しかもまだ余裕があるように見える。……伊達にその年齢でランキングホルダーになったというわけではないようだな」
冷静に。
このような絶体絶命の状況にありながらも、式山カノンは冷静にこの状況を観察していた。
そうして。
式山カノンは再び冷静に判断して、コンパイルキューブを取り出した。
彼女は普通ならば、魔術師が行う普通の流れならば、ここで基礎コードを入力するはずだった。
しかし、彼女はそれを実行しなかった。
基礎コードを入力しないまま、ただ彼女はコンパイルキューブを掲げていた。
「いったい、何を……!」
「まあ、見ているがいいよ。なぜ私がコンパイルキューブを掲げたままなのか、基礎コードを入力しなくていいのか。そう思っているのだろう? 愚問だねえ、悲しいねえ。それすらも解らないということは、やはり中学生という感じなのかなあ」
式山カノンはコンパイルキューブを掲げたまま、目を瞑る。
式山カノンの頭上に透明なバリアが生み出されたのはちょうどその時だった。
「!? そんな馬鹿な、何で、何で魔術を使える!? コンパイルキューブに基礎コードは入力されていないはずなのに!」
「だから言っただろう」
式山カノンは呟く。
「それを知らないのが、まだお子様なんだ……と」
そう言ったところで、式山カノンは耳に手を当てる。
「……なんだ、今いいところなんだが、ロメオ。……急いで帰れ? 了解した、まあ、任務は無事終わったことだしな」
そう言って式山カノンは踵を返し、立ち去ろうとした――ちょうどその時だった。
「待て!」
「……何か用でも残っていたかな?」
香月の言葉を聞いて、踵を返す。
香月はゆっくりと頷き、そして口を開いた。
「……なぜ、魔術師にも関わらず反魔術師勢力に加担するんだ……?」
それを聞いて、式山カノンはほくそ笑む。
「なんだ、それを聞きたかったの。……けれど、教えてあげない。何であなたにそれを教える必要があるのよ。魔術師が魔術師を嫌って、何が悪いのよ……」
そうして、式山カノンは今度こそ立ち去った。
それから操られた人々が、糸が切れたように人形では無くなり普通の様子を取り戻すまで少しだけ時間がかかったが、その間に香月は春歌のすっかり冷たくなってしまった身体を抱えて、魔術を使い――立ち去った。
部屋に入ると、香月は俯いていた。
夢実は俯いたまま中に入ると、座っているベッドの隣に腰かける。
「……お兄ちゃん、いつまでそうしているつもり?」
夢実は彼にそう呟いた。
しかしながら、彼はそれに答えることは無く、ただ俯いているだけだった。
「……お兄ちゃんは悪くないよ。やるべきことはやったよ」
「何でそんなことが言えるんだよ!」
つい、彼は夢実に強くいってしまった。
言った後に気付いて、香月はまた俯いた。
「……ごめん。強く言うつもりはなかった」
香月は小さく頭を下げる。
しかしながら、夢実はそれでも首を横に振り、
「ううん。いいの。私も慰めることが出来なくて。それだけ、お兄ちゃんは春歌さんのことが好き、ってことなんだよね」
「……アイツに」
「え?」
「アイツの告白の答え、結局伝えることが出来なかった……」
それを聞いて、夢実は何も言えなかった。
そして、ゆっくりと立ち上がる夢実は、そのまま部屋を後にした。
これ以上、自分がかけることの出来る言葉は無い。
彼女はそう思いながら、通路を歩き始めるのだった。




