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オープニング001 されど罪人は幸せを歌う

 アメリカ、グリーンガーフィール刑務所。

 特別監獄と呼ばれる場所には、実際の科学では太刀打ち出来ないあるジャンルの存在が捕らえられている。

 魔術師。

 コンパイルキューブを用いることで魔術を行使することが出来る、人間。

 しかしながら、魔術師は人間だ。コンパイルキューブさえ奪ってしまえば、その行動はただの人間と変わりが無い。

 特別監獄所属の刑務官であった、リスター・アムロキシスは語る。


「あれは確か……そう、深夜の監獄周回の時のことでした。あそこには筋金入りの犯罪者ばかり集まっているものですから、深夜の周回には緊張感をもって臨む必要がありました。……あ、いや、別にそれ以外の周回じゃ緊張感を持たないでやっているとか、そういうわけではありませんよ。『特に』緊張感をもって臨むべき、と言われているだけですから」


 リスターはさらに話を続けた。


「あのときは寒い夜でした。吐く息がすべて白かったですからね。そしてとても眠かった。……けれど、よく聞いたことがあるでしょう? 寒い夜に眠ってはいけない、って。だから必死に起きていましたよ、ミントのガムを口に放り込んで、噛むごとに口から出て来るその辛さで、何とか耐えることが出来ました」



 ――そして、あなたは『それ』の部屋に到着した。



 聞き手の質問に首を傾げつつも、リスターは頷いた。


「あ、ああ。そうだね。到着して……そこに居たのは少女、だったかな。たしか書類上はそうだと記憶していたけれど、まあ、それは別に今議論にすべきことでは無いと思うから。ただ、これだけは言える。それは少女が歌っていたことだ」



 ――歌う?



「ああ、そうだ。彼女は歌っていた。最初はあまりにもか細くて、とても聞こえる程の大きさでは無かった。辛うじて、『何か歌っているぞ』と思われる程度のそれだった」



 ――それが違和感に繋がったのは、いつの段階でのことになる?



「違和感、か……。確か最初の段階では特にそんなことは思わなかったな。何せ……こんなことを言えば人権団体から苦情が来そうなものだが、しかしそれでもこれは確かな事実だった。特別監獄に入れられた連中というのは、大抵がサイコな人間ばかりだ。具体的に言えば……狂っているマッドな連中だと言えばいいかな」



 ――サイコにマッドか。それは確かに人権団体から苦情が来そうな考えだな。



「だろう?」



 ――話が大分ズレてしまったな。話を続けてもらっても?



「構わないよ。そのあとの話をすればいいのかな?」



 ――そういうことになるね。お願いするよ。



「理解した。……それからの話だが、実はあまり覚えていないんだ。何せ、言えることが僅かしか無い」



 ――それでも構わないよ。僕が知りたいことは、君がすべて知っていること。それをすべて僕に話してくれればいいのだから。



「君も君で変わった人間だ。……いや、馬鹿にしているわけではない。寧ろ逆に尊敬しているのだよ、君のことを」


 聞き手が無言になったので溜息を吐き、大きく頷いたリスター。


「話を戻そうか。私は歌を注意しようと少女のところへ向かった。規律を乱す可能性があったからだ。穏やかな水面を保持するためには僅かな波ですら許されない。そして少女の歌はその波になる可能性があった」



 ――独断で、裁きを加えようと?



「私たち特別監獄の刑務官は、通常の刑務官以上の権限を与えられている。はっきり言って、その場で罪人に処罰を与えることは造作では無い。使い方を間違えれば、の話だが……それこそ息を吐くように理不尽な処罰を与えることだって可能だ」



 ――しかし、それはあくまでも例え話だろう? 実際にそのように職権濫用した人間は居ない。



「その通りだ。特別監獄の刑務官は規律正しい人間ばかりが揃っている。そんなものが罷り通る場所ではない」



 ――まあ、当然だろうね。



「歌を止めろ、と私は言った。もしそれで止めなければ、何らかの処罰を与えるつもりだった。……だが、」



 ――だが? 何か起きたのか、その後に。



「少女は歌を止めなかった。だから私は処罰を与えるために警棒のスイッチを押した。同時にバチバチと電気が弾ける音がした。……そこまでは、そこまでは覚えているのだ」



 ――そこからは、まったく覚えていないと?



 聞き手の言葉に、小さく頷くリスター。


「残念ながら、まったく覚えていない。気がつけば私は医務室に運ばれていた。頭を強く打っていたらしい。しかも話によれば歌を歌う少女なんて居なければ、その牢獄には誰も居なかったなどと同僚は言ったんだ」



 ――君とほかの同僚とで、記憶の差異があるということかな?



「そういうことになる……のだろう。はっきり言って、まったく信じられないのだが……でも、私の記憶は私にしか本当であると証明出来ない。だから、これは、おかしいことなんだ……。紛れも無く、おかしなことなんだよ!」




 画面は変わり、ニュースの画面が映し出される。

 中年のニュースキャスターは難しい表情を浮かべながら、こう言った。


「……というわけで、以上、『グリーンガーフィール刑務所の消えた囚人』特集でした。いやはや、それにしてもとてもオカルトな話題だと思いますが、どうでしょうか――」


 ニュースキャスターはそう切り出して、隣に座っているオカルト研究家の方を向いた。

 彼らは所詮、物事を面白おかしく話すだけで、結局物事を解決させることは無い。物事を掻き回すだけ掻き回して、それ以上は何もしない、くだらない存在だった。

 だから、だからこそ、彼らは知らない。

 色物扱いのように報道したグリーンガーフィール刑務所の事件は、これから起きる大きな事件の、小さな火種になるのだということを。



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